大っ嫌い

作:となめし

「お疲れ、春香」
「き、緊張しました……」
今日はトーク番組の収録だった。春香は何度もこけそう(トーク的な意味で)になったが、
そういうとこも含めて春香らしさが滲み出るトークになったと思う。
「あのぅ……私の話どうでした?」
春香が上目使いに俺に聞いてきたが、
「春香ちゃーん!今日、よかったよー!またよろしく頼むよ!」
番組のプロデューサーがそう言って春香の肩を「ぽん」と叩いた。 
「……えへへ、褒められちゃいました」
春香は嬉しそうにもじもじしている。
「俺も春香らしさが出ててよかったと思うよ。さ、事務所に帰ろうか」
「はい!……えヘヘ」
余程嬉しかったのか、車に乗ってからも終始春香はご機嫌だった。 

が、しかし……
「終わっちゃった……」
数日後のオンエアを見終わった春香は唖然としていた。
「あんまり使われてなかったな……」
春香のトークはあまり使われていなかった。他のゲストのキャラが濃かった……というのが原因だろう。
「私、あんなに頑張ったのに……」
がっくりと肩を落とした春香に、
「そう気を落とすな。初めてのああいう番組だ。使われはしなかったものの、春香のトークはかなりよかったと思うぞ」
俺が励ましの言葉をかけるも、聞く耳を持とうとしない。
「でも、テレビで映らなくちゃファンのみんなはがっかりじゃないですか……そんなのアイドル失格ですよ……」
春香は更にがっくりと肩を落とす。
「は、春香?なにもそこまで思い込むことはないぞ?」
そして俯いたまま小声で呟く。
「……プロデューサーさんもそう思ってるんじゃないですか?」
「え……?」
春香がソファーから立ち上がり、テレビを消す。
「私の歌、最近あんまり売れてないですよね?」
デビュー曲『relations』がスマッシュヒットし、一気に世間に名を轟かせた春香だが、
最近の『ポジティブ』や『魔法をかけて』は売れ行きが伸び悩んでいた。 

「そう……だな」
否定できない俺は素直にそう答えた。
しかしそれが春香を怒らせてしまったようで、堰を切ったかのように俺に怒りをぶつけてきた。
「歌で売れなくなってきた私を、今度はテレビで見世物にして再利用しようとしてるんじゃないんですか……?」
「おいおい……俺は決してそんなことは考えてないぞ?」
「じゃあ……!じゃあどうして最近ボーカルレッスンがないんですか!?ビジュアルとダンスばっかりじゃないですか!」
いままで何度か意見の食い違いはあったが、春香がここまでまくし立てて怒っているのは初めてだ。
「と、とにかく!少し落ち着け!」
「いやです!落ち着けません!」
そして、春香は



「プロデューサーさんなんて……大っ嫌いです!」



と言って事務所を飛び出した。
「大嫌い……か」
春香に言われた言葉を口にする。 


どうして急にバラエティであるトーク番組の仕事を持ってきたのか、春香が疑問を抱くのは当然だ。
だが、俺は春香が言っていたようなことを考えてこの仕事を持ってきたわけじゃない。
その誤解を解くために、
「早く追わないと……!」
さっきの番組が終わったのは11時。女の子が外を出歩くには遅すぎる時間だ。
俺は椅子に掛けてあるコートを引ったくるように手に取り、事務所から飛び出した。



春香は案の定、事務所近くの公園のブランコに座っていた。
彼女は遠距離通勤のため、ここらの地理をあまり把握していないのだ。
キィ、キィとブランコがゆれる音がする。
「……春香」
はっ、と春香は後ろを振り返って俺を見るが、すぐにまた前に向き直る。
そして独り言のように話し始めた。
「プロデューサーさん……ホントはわかってるんです。このままだと私売れないアイドルになっちゃうって」
俺は黙って春香の後ろに立ち尽くす。
「よくいるじゃないですか、一発屋、みたいな人って。
このままだと、私もそうなっちゃいますよね?……だから私焦ってたんです。
もっと歌をうまくならなきゃ!って感じで。でも、プロデューサーさんは最近、一切ボーカルレッスンやってくれなくて……」 

春香の言葉が途切れ、かわりに聞こえてきたのは鳴咽だった。
「うっ……くっ……うぅ……だ、から、その焦、り、が、不安に、変わっ、ちゃ、って……っく……」
俺は春香の隣のブランコに腰を下ろし、高さが足りない分は足を延ばす。キィ、キィとブランコが軋む。
「ごめん、春香がそういう風に考えるのは当然……だな。でも、俺はそういう考えで仕事やレッスンをやらせてるんじゃないんだ」
ちらりと隣を見る。春香は俯きながら、ぱたぱたと大粒の涙を膝の上に落としていた。
「relationsがスマッシュヒットし、春香のイメージはシリアスで情熱的っていうのが世間に定着した。
いや、定着してしまった。そしてそれは春香、君自信も無意識にそのイメージを自分の中とりこんでしまっている」
だからな春香、と俺は続ける。
未だに泣き止んでいない春香がこっちを見る。 

「一度そのイメージを払拭しなきゃと思ったんだ。ファンのイメージと、なにより春香自身のイメージを。
そして、歌にもっと幅を持ってほしかったんだ」
「は、い……」
「それに、普段の春香はそんなキャラじゃないだろ?
『プロデューサーさん!おはようござい……って、きゃあ!?ドンガラガッシャーン』てのが春香じゃないか」
俺が口調も似せて春香の真似をすると、本人は泣きながらもくすくすと笑い、似てないですねと呟いた。
「だから、ファンの人に歌を通した春香のイメージじゃなくて本当の春香を知ってもらいたくて……」
「トーク番組に……ですか?」
あぁ、と俺は頷いた。
「じゃあ、ボーカルレッスンをしなかったのは……」
「それはただ単にボーカルに比べて春香はダンスとビジュアルが劣っていると思ったからだ」
「そう、ですか……」
疑問点は以上です。というように春香は再び黙りこくって俯いた。
ふと時計を見ると、時刻はもう深夜に近づいていた。とっくに終電は乗り過ごしている。
俺はブランコから立ち上がり、一応は誤解を解いたから今日のところは解散しないと……。と考え、
「なぁ春香、終電とっくの昔に乗り過ごしてるから俺が送って……」
行こうか?と聞きたかったのだが 
「ひっく……うぁ…うぅぅ……!」
春香の二度目の涙が俺の言葉を失わせた。 
「プロ、デュー、サーさん……ごめ、ん、なさい……!」
「いや、謝るのは俺のほうだよ……ごめんな」 

春香の頭に手を置き、くしゃくしゃとリボンを揺らしながら撫でてやる。
「だから、泣き止んでくれ……な?」
ブランコに座っている春香の目線に合わせるように俺はしゃがみ込む。
しかし春香は、違うんです。と俺の手を払うかのように首を振る。
「プロデューサーさんは私のことを一生懸命考えてくれてたのに……私、大嫌いなんて言って……!」
「春香……」
「これからも頑張ります……もっともっと頑張ります……だから……だから私のこと……」
嫌いに、ならないで、くだ、さ、い……。と消え入りそうな声で呟いた。
俺は、はぁ、とため息をつく。その反応を見た春香がさらに泣きそうになる。
「ったく……俺を誰だと思ってるんだ?春香のプロデューサーだぞ?
春香がいくら嫌いって言っても俺はプロデュースを続けるし、レッスンもさせる。それに……」
不意に言葉を切った俺に涙の溜まった瞳で疑問の視線を送る春香。
「……それに春香のことは大好きだから、トップアイドルになるまで面倒見たいんだよ」
我ながら恥ずかしいことを言ってしまった。無意識のうちに頬を人差し指でポリポリとかいていた。
「ぷろ、でゅー、さ……」
じわっと春香の目に涙が上乗せされ、春香がブランコから俺に飛びついてきた。
ぐらりとバランスを崩すが、何とか踏み止まる。 
「わたしも、ぷろ、でゅ、さ、さんが、だい、す、きで、す」 







翌日、俺と春香は事務所で目を覚ました。
……言っておくが、決して一夜をともにしたわけではない。
あの後、事務所に帰って来た俺達はここに泊まることにした。
夜も遅かったし、車で春香を送っても時間がかかる、という理由でだ。
んっ……と体を伸ばす。さすがソファー体がビッキビキだぜ……
もっと寝心地のいいソファーを買わなくちゃ……そのためには……
「頑張んなくちゃな」
自分に言い聞かせるように独りごちる。
「頑張るのは私ですよ?」
独り言じゃなくなってしまったようだ。
テーブルをはさんで向こう側のソファーには春香が寝ころんでいた。
「起きてたなら『おはようございます!』の一言くらい言ってくれよ……」
「えへへ……すみませんでした。プロデューサーの寝顔がすごく可愛くて」
得しちゃいました、と笑いながら。
「まったく……昨日はあんなに泣き虫さんだったのにな」
俺が言い返してやると春香は毛布を頭まで被り、消え入りそうな声で、
プロデューサーのいじわる……と言った。
「さて……今日は春香のために料理番組の仕事をとってあるぞ」
それを聞いた途端、ホントですか!?と言いながらがばっと毛布から出て来た。
「あぁ、料理もできちゃうかわいい女の子ってところをアピールしてこい」
そして昨日の涙はなんのその、満面の笑みで再びこう言った。



「プロデューサーさん!大好きです!」




(了) 






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