真と、プロデューサーと、繋がった想い

作:名無し

 10月も半ばを過ぎた頃、秋も深まりをみせるこの時期に吹く心地よい風が、
伸ばし始めたボクの髪を優しく撫でていく……。

(なーんてね、らしくないか)

 ボクは少しニヤけつつ、事務所までの道のりを歩いている。

(それに確か秋に吹く風って、あんまり良い意味で使われなかったような……ま、いっか)

 思い出すのも早々に切り上げて大きく伸びをしたボクは、顔を軽く叩いて気合を入れた。
「よーし!! 今日もレッスン頑張るぞーっと!」
 ボクは勢い勇んで事務所『765プロ』に入り、そしてすぐにお目当ての人を見つけ開口一番、
「おっはようございまーす、プロデューサー!」
 ボクは最高のテンションで挨拶をする。
「おはよう、真。今日も元気一杯ね」
 その人は穏やかな顔で挨拶を返してくれた。
 そう、目の前にいるこの女の人は、アイドルをしてるボクのプロデューサーなんだ。
 初めは、女の人がプロデューサーって事が意外だったからちょっと不安だったけど、
今じゃ『ランクB』、いわゆるトップアイドルまで後一歩、って所までボクを……
いや、ボク達を導いてくれてる頼もしい人なんだ。

(とっても優しくて、ボクのこともちゃんと女の子扱いしてくれるし。へへっ)
 
 なんて事を考えていたからか頬が緩んでいたらしく、
「ふふ、何か嬉しい事でもあったのかしら?」
 って聞かれちゃった。

(はい! 嬉しいんです。こうやってプロデューサーに会えるだけでも、嬉しいんです!)

 ほんとは言いたいけど、恥ずかしいから誤魔化しちゃうボク。
「い、いえ! ……あれ、美希はまだ来てないんですか?」
「ええ、少し遅れるって連絡をくれたわ」
「そうなんですか。美希にしては珍しいですね、いつもボクより早いのに」
「そうね。とりあえず、美希が来るまでゆっくりしていたら?」
「うーん……はい、わかりました」
 ボクは有り余る元気を早くレッスンに注ぎたい衝動を抑えて近くの椅子に腰を下ろし、
来る途中で買ってきた少女マンガ雑誌を読み始めた―― 

『真琴。最近のあなた、少し変よ。何か思い詰めているような……』
『! お姉様は私の気持ちを、ちっとも分かってくれない!』
『真琴!?』
『口を開けば美樹ちゃんの事ばかり。私の……私の事なんてどうでもいいんですね!』
『どうでもいい訳無いでしょう、私は……』
『くっ……!』
『! 待ちなさい、真琴っ!』
――尚子の制止を振り切り、走り去る真琴。二人はどうなってしまうのか?

(次号に続く、か……)

「はあ……」
 ボクは、つい溜息をついてしまう。
 全部とは言わないけど、この漫画の展開は今のボクと境遇がちょっと似てる。

(しかも、名前が『真琴』と『美樹』だもんな。偶然にしちゃ出来すぎだよ……)

 あ、ちなみに『美希』っていうのは、ボクと一緒にユニットを組んでる娘なんだ。
 『星井美希』って名前で、活動を始めたばかりの頃は、仕事もレッスンも今一やる気が感じられなかったけど、
『あの事故』が起きてから、彼女は見違えて、精力的に打ち込むようになった、んだけど……。
 プロデューサーの包容力の広さからか、初めの頃から美希は懐いてたけど、
事故で守って貰ってから益々ぞっこんになって、甘えっぷりも一段と増した……。
ボクが一緒に居ても、腕を組むのは当たり前、頬にキス、膝枕etc……。

(そりゃあ、あそこまでして守って貰ったんだから、惚れ込む気持ちだって分かるけどさ……)

 小さい頃から男っぽく育てられた故のボーイッシュな外見(最近は少しイメージチェンジを図ってるけど)と女子校通いの環境からか、
後輩、同級生、果ては先輩にまで言い寄られたりする王子様的立場のボクだから、逆に誰かに甘えたりする機会が無い。

(でもボクだって、あんな風におもいっきり甘えてみたい……) 

だけど、二人の間に水を差してしまうんじゃないか。
それが原因で三人の関係が破錠しちゃったら……と思い、ボクは一歩を踏み出せないでいる。
 事務所の皆だって、ボクがこんな事を考えてるなんて、露とも思ってないだろうな……。
 美希の事は嫌いじゃ無い。だけど遠慮無しにプロデューサーに甘える美希を見ていると、ボクは正直嫉妬を感じてしまう。 
 
(もし、ボクが美希みたいに甘えたいなんて言ったらプロデューサー、どう思うのかな?
 優しい人だから、きっと受け入れてくれると思うけど。だけど、もし拒絶されたりしたら……)

 ボクは、机の上でパソコンと睨めっこしているプロデューサーの横顔を、ぼんやり眺めながらそんな事を考えていた。
 すると視線に気付いたのか、プロデューサーはボクを見て言った。 
「なーに真? もしかして私の顔、何処か変?」
「いえ! ち、違うんです。ただ、ちょっと」
「ちょっと、何?」
「え、えーと……」

(しまったなぁ……「なんでもありません」、て切れば良かった)
 
 でも、考えていた事が事だけに、少し躊躇しちゃったんだ……。
「真、言い辛いなら、無理に言わなくても良いのよ?」
 ボクの顔が困惑していたのだろうか、プロデューサーは気遣ってくれて、鏡で自分の顔を見始めた。 

(……)
 
 一瞬それに縋って話を切ろうとも思ったけど。

(今、言ってみようかな? でもどうやって言おう。何か良い切りだし方は……あっ!)

 もしかしたらこれは、自分の気持ちを伝えるチャンスかもしれないと思い直し、咄嗟に昨日あった事を思い出して言った。
「じ、実は、プロデューサーの目を見てたんです」
「目? 目がおかしいの?」
「いえ、おかしいとかじゃなくって、その、相手の考えって目を見ただけで読めるのかな、と思って……つい」

(名づけて、『目でボクの気持ちを分かって作戦』、なんちゃって)

「ふーん。目を見ただけで、か。ふふふっ」
 プロデューサーがにこやかに微笑んだ。
「お、おかしかったですか?」
「ううん、素敵な事だと思ったから、ね」
「素敵、ですか?」
「私はそう思うわ。だって目を見ただけで読むなんて、相手の事を十分理解していないと出来ないことよ。
自分の事を分かってもらえてるのは、それだけでも嬉しいわよね。
何て言うのかな……強い絆を感じる? うーん、ちょっと大袈裟かしらね」
 目を閉じ、胸に手を当てて、しみじみと語るプロデューサーにボクは見入ってしまった。
「んー、絆ですかー。じゃあやっぱり、夫婦とかだと強いものなんですね」
「夫婦? 真のご両親?」
「はい。昨日、母さんが、父さんに『もう長い付き合いなんだから、考えてることなんて、目を見れば、一発だ』って……」
「そう。ふふ、ご両親とても仲が良さそうだものね」
「プロデューサーも、そう思いますか?」
「ええ。そうだ、ご両親にはまた改めてご挨拶に向かおうと考えているの。お正月とか、どうかしら?」
 実は少し前に、ボクの両親とプロデューサーは会ったことがある。
ボクが髪を伸ばし始めた事とも関係あるんだけど、それはまた別の話。
「あ、母さんも、『また来てもらいなさい』って言ってましたから、ぜひ!
 でも正月じゃ、ボク達も仕事が多いんじゃないですか?」
「その辺りは、なんとか都合を付けてみるつもりよ。……と、少し話がずれちゃったわね。
それで結局、真は私の考えを読めたのかしら?」
「え、あ、うーん……、ごめんなさい、読めませんでした」
 そりゃそうだ、母さん達の話は本当でも、咄嗟の思いつきで言っちゃった事だから、目なんてロクに見ていなかった。

(読んで欲しいのは、ボクの方だしね……)

「あ、でも、パソコンを見てるから仕事の事かな、なんて……」
「当たりよ、ほら」
 そう言って、パソコンの画面を向けて、ボクを手招きするプロデューサー。ボクは近づいて確認してみる。
「あ、スケジュールですね」
「ええ、二人の人気と比例して仕事も多く来るようになってるから、マメにチェックをしておかないとね」
 画面には来月分のスケジュールが、ビッシリ埋め込まれていた。

(さすがに『ランクB』にもなると、かなり仕事も増えるんだなぁ……)

 なんて思いつつ見続けるボクの目は、ある一点に集中した。 

(11月23日、☆HAPPY BIRTHDAY MIKI☆ ……あ、そうか、美希の誕生日って来月だった。
確か、ボクの誕生日の時に言ってたっけ。何かプレゼント、考えてとかないと……。プロデューサーは何を贈るんだろう……)

「今、美希の誕生日の事を考えているでしょう?」
「えっ!?」
 ボクは、突然言われてビックリしてしまった。
「な、何で分かったんですか?」
「長い付き合いなんだから、考えてることなんて、目を見れば、一発よ」
 プロデューサーは、昨日の母さんの台詞を言いながら、パチッとウインクをして答えた。
「す、すごいですね! 長い付き合いって言っても、まだ半年位なのに」
「ふふふ。私は二人のプロデューサーよ。
二人の事は毎日考えているし、二人の気持ちや考えている事は、誰よりも理解してあげたいの」
 関心するボクに、プロデューサーは優しく語ってくれる。
「プロデューサー……」
「だからね」
「わっ!?」
 その瞬間、ボクの背中にプロデューサーの腕が回り込んだかと思うと、そのまま胸に抱き寄せられた。
「えっ、あっ、プ! プロデュー……」
 突然の事にどぎまぎして、言葉に詰まっちゃうボク。
「私は、私にして上げられる範囲でだけでも、あなた達の望みを叶えてあげたいの。
……だから真。遠慮なんてしないで、いつでも私に甘えていいのよ」
「あ、うっ……うぅ……」 

(プロデューサー、プロデューサー……)
 その言葉を聞いたボクは、嬉しくて……本当に嬉しくて、その暖かい胸を涙で濡らした。
 
 それから数分後、落ち着きを取り戻したボクは。
「……へへっ、プロデューサーには何でもお見通しなんですね。……突然過ぎてビックリしちゃいました」
「いつかちゃんと言ってあげなくちゃ、て思っていたの。今日はいいキッカケがあったから、ね」
「ははは……」
「真、あの事故のことも考えて遠慮していたんでしょう?」
「……はい」
「だから私も、真の思いを考えて言うのを抑えていたわ。
でも、もじもじしているあなたを何度も見ていたら、なんだか私が焦らしているような気がして……ごめんね、真」
「そんな! プロデューサーが謝る事なんて!」
「いいの、謝らせて。二人に平等の愛を与えられないのは、プロデューサー……ううん、人として失格だもの」
「そ、そんなに……」
「だから、本当に遠慮しなくていいの。これからは好きなだけ甘えて頂戴ね」
「で、でも美希が! 美希がどう思うか……変に思われたり、嫌われたり……」
「大丈夫よ。今のあの娘は、ちゃんと話せば分かってくれるわ。安心して」
 プロデューサーはそう言うと、ボクの頭を優しく撫でてくれた。

(プロデューサーが言ってくれると、ほんとに安心できるんだよね) 

 それから30分程が経った頃……。

「遅れてごめんなさいなの! プロデューサーさん、真くん」
「おはよう、美…」
「み、美希!?」
 美希がやって来た、それも大きな変貌を遂げて。
「美希、その髪……」
「切ったんだ……」
 美希は、長く伸びていた金髪をバッサリ切り、そして茶色に染め直していた。
「うん! ねえねえ、どうかな? 変じゃない?」
 その場でクルッとターンをして、ボク等に感想を求めてくる。
「ず、随分思い切った事したんだね」 
「……もしかして、遅れたのは髪を切っていたから?」
 驚くボクとは対照的に、プロデューサーは冷静な面持ちで聞いた。
「そ、そうなの……最近真くん、髪伸ばし始めてるから、
美希もイメチェンしてみようかなって……か、勝手に切っちゃ不味かったかな?」
 プロデューサーの反応が以外だったのか、美希の顔が曇っていく。
「……ふふふ、大丈夫よ、とっても似合ってるわ」
 ふっ、と顔を和らげてプロデューサーは美希を褒めてあげる。
「ほんとっ!?」
 途端に、ぱぁっ! と花が咲いたように笑顔になった美希。
「でも、今度からはちゃんと私に話してから決めるのよ。
急な変化は仕事にも影響が出るかもしれないから。良い方にも、悪い方にも」
「う、うん。分かったの」
「けど私は、良い方に行くと思うかな」
 プロデューサーはさっきボクにしてくれたように、優しく美希の髪を撫でてあげている。
「あはっ」 

(……うぅ)

 とても嬉しそうに笑う美希に、ボクは心が『チクリ』としたのを感じ、目を閉じた。けど、その時……。
「美希も髪を切って、真も悩みが解消して、二人とも心機一転ね」
「わっ!?」
「あっ!?」
 同時に驚くボクと美希。
立ち上がったプロデューサーが突然ボクと美希の肩に腕を回し、包み込むように胸に寄せたからだ。
ボクにとって今日、二度目の不意打ち。
「プ、プロデューサー……」
「プロデューサーさん!?」
「トップアイドルまで後少しよ! 三人で力を合わせて、絶対に頂点に登りましょうね!」
 プロデューサーが力強くボク達を励ましてくれる。
「はい!!」
「もちろんなの!」
 ボク達も力強く返事を返す。
「よし! それじゃあ、レッスンに行きましょう」
 そして、事務所の出入り口に向かおうとするボク達。
美希はそのままプロデューサーと腕を絡ませているけど、ボクはまだ踏ん切りがつかなくて離れていた。

(や……やっぱり、ボクは)

「真」
「え?」
 ふいにプロデューサーが立ち止まり。
「ほら」
 空いている方の腕を上げて、プロデューサーがボクを呼ぶ。
「あっ……」
「来て」
 穏やかに微笑むプロデューサー。
 もう、ボクに迷いは無い。
「たぁ!」
 照れ隠しの為に妙な気合を入れて、ボクは腕を絡ませた。
「ふふふ」
「へへっ……へへへ」
 ボクの顔、きっと緩みっぱなし。でもいいんだ、これからはこの至福をいつだって味わえるんだから。
「よーし!! 今日もレッスン頑張るぞーっと!! へへへっ!」
「???」
 美希が一人、きょとんとしていた。

 おしまい 







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