ロケバス

作:名無し

 その夜、オレたちの乗ったロケバスは、高速を都内に向かって、ひた走っていた。
今回、如月千早の新曲PVの撮影に出掛けたオレたちだったが、
絶好の天候と絶妙のシチュエーションに恵まれたおかげで、撮影はトントン拍子に進んだ。
とは言え、撮影が順調だったという事は、その分休憩時間もそれなりだったわけだが。

「皆さんが私のために、朝早くから働いてくれてるんです。
今が撮影のチャンスなら、私だけ休んでるヒマなんてありません。」

 こと仕事に関しては、自分にも他人にも容赦がないが、
元々が生真面目で優しい千早は、そう言ってほとんど休憩も取らなかったおかげで
なんと、1日で全撮影スケジュールを消化。
その後、撮影スタッフ共々、上機嫌でロケ地を後にしたのだった。

しかし頑張った分、撮影終了時には緊張が解けると同時に、どっと疲れが出てしまい
千早は帰りのロケバスに乗り込んだ直後、早々に毛布を被って眠りについていた。 


「う…うん……。」

 前の席で、うとうとしていたオレは、千早の声で目を覚ました。
後ろを振り返ると、走っている振動でズレ落ちたのだろう。
首までスッポリと被っていた毛布が、膝の上辺りまで落ちていた。

「よっこらせっと…。」

 オレは立ち上がると、寒そうにしている千早の毛布を掛け直そうと手を伸ばした。
しかし、オレ自身もさっきまで眠っていたのと、揺れる車内での中腰の姿勢は
どうにも、手先がおぼつかない。

 そこで、オレは一旦千早の隣に腰を降ろし、再び首の辺りまで毛布を掛け直していた。
すると、今まで窓の方に体を預けていたのが、寝返りを打つように、オレのほうに向きを変え、
そのままオレの肩に頬をすり寄せるような格好のまま、右腕を抱え込むと、
再び可愛い寝息を立て始めた。

「オ、オイ、千早……。」

 あわてたオレは、小声で呼んではみたものの、眠ったままの千早は反応を見せず
逆に、気持ち良さそうな微笑みを浮かべるだけだった。 



オレはしばらく、どうしたものかと考えていたが、
とりあえず、空いた左手で毛布を掛け直し、そのまま様子をみる事にした。

(疲れている所を起こすのもかわいそうだし、もうしばらくしたら、サービスエリアで
トイレ休憩だしな。)

 一応、辺りの様子も窺ってはみたが、幸い、スタッフも気心の知れた連中だし、
それ以前に、疲れて眠りこけているのばかりだった。

 こうして、しばらくじっとしていると、オレの右腕越しに千早の体温が伝わって来て
その心地良い暖かさに、思わずオレも、うとうとしてしまう。
実の所、右腕を抱えられているという事は、モロに胸を押し付けられているわけなんだが
なぜか千早だと、そんなにドキドキする度合いが少ない。
これが、あずささんだったりしたr……。

 とか何とか、バカな事を考えているうちに、オレも眠ってしまっていたらしい。
再び意識を取り戻したのは、オレを揺する感触と、千早の困惑した声だった。 



「プロデューサー…。やっと目が覚めましたか?
あの…。何で…、何でプロデューサーが、私の隣にいるのですか!?」

 千早は、毛布の端を握ったまま、腕を組むようにして、オレの顔を見上げていた。

「それはだな。千早の毛布がズレ落ちて、寒そうにしてたから、オレが掛け直そうと…。」
「で、でも、プロデューサーは、確か前の席に…。」

 そこでオレは、揺れる車内でやりづらかった事や、隣に座ってからの事を説明した。

「そうだったのですか…。私、眠っている時、何かに抱きつくクセがあるみたいで
今日も気を付けて、ちゃんと腕を組んで眠っていたのに……。」
「途中、結構寒そうだったからな。
まぁ、気にするな。イザとなったら、いつでもオレが隣に座ってやるから。」

 恥ずかしそうに俯きながら話す千早の頭に、ポンと手を置くと
再びオレを見上げた千早の顔は、ほんのりと紅潮しているように見えた。

「ハ、ハイ!あの…、お願いします……。」
「ハハハ。ところで、他の連中は何処に行ったんだ?」
「さぁ…。私が目を覚ました時には、誰も乗っていませんでしたが。」 



 オレが窓から外を窺うと、どうやら、どこかのサービスエリアに停まっているらしい。

「サービスエリアのようだな。」
「そのようですね。あっ!こっちに来るのは、スタッフのみんなじゃないですか!?」

 同じように外を窺っていた千早が、こちらにやって来る一団を見つけて、そう言った。

「そうか!じゃあ、オレも元の席に…。」
「ダメですっ!!プロデューサー!」

 一旦、腰を浮かべかけたオレの腕を引っ張り、そのまま隣の席に座らせた千早は、
オレの腕を抱えたまま、声を潜めて、話し始めた。

「プロデューサーの席が、出て行く前と替わっていたら、逆に怪しまれます。」
「そ、そうか!?じゃあ、どうする?」
「と、とりあえず、寝たふりをして、やり過ごしましょう。」

 そう言うと、千早はオレにしがみついたまま目を閉じ、オレもそれにならって
目をつぶって、狸寝入りの体勢についた頃、ドヤドヤと人が乗り込んで来る気配がし始めた。 



「あれ!?まだ寝てますよ。この2人。」
「くそ〜惜しいな。起きてたら、思いっきり冷やかしてやろうと思ってたのに。」
「まぁまぁ。プロデューサーはともかく、千早ちゃんは起こしちゃかわいそうだろ。」
「それもそうッスね。でも、いいなぁ。千早ちゃんと寄り添って…。」

「まぁ、その分キッチリと見返りはいただきましょ。
しばらく行ったら高速を降りるから、どこか良さげな所で打ち上げといこうや。
当然……。プロデューサーのおごりで!」
「イイッスね!オレ、いいトコ知ってますよ!じゃあ、前に行ってナビやって来ます。」
「おぅ!任せた!それまでお二人さんには、もうしばらく良い夢でも見といてもらいましょうか。」

 何とも、ひどい相談がまとまったようで、ロケバスは再び動き始めた。
オレの隣では、全部聞いていた千早が、可笑しそうに体を震わせている。
オレは、この後訪れる事態に、サイフの中身を心配しつつ、
もうしばらく千早とこうしていられる事を、まんざらでもないと考えていた。

おしまい 




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