桜まい散る頃に

作:中の人

ここは765プロダクション。
しがない雑居ビルの2階に事務所をかまえている。
・・・はずだったが、今や、事務所は六○木ヒルズにも
引けを取らない大きな事務所となった。
俺はここで、プロデューサーをやっている。
だが、それももう、潮時だと思っている。
今プロデュースしているアイドル・・・「天海 春香」のプロデュースが終わったら、
俺は引退をするつもりだ。
事務所はこんなに大きくなった。従業員も雇えるようになった。
もう俺が出る幕もないだろう・・・。 


・・・そんなことを思ってから、早2ヶ月がたった。
春香は持ち前の明るさと、時折見せるボケ(・・・なのか?)のおかげで、
今や、アイドルランクはAという、正真正銘のトップアイドルとなった。
今日も、国民的TV「HIT−TV」の出演を控えた春香が、
いつものように、元気よく事務所へやってきた。
「プロデューサーさん。おはようございます♪」
「ああ、おはよう。春香。」
「今日はあのHIT−TVへの出演ですよね〜。楽しみです!」
と、春香はいつにも増して嬉しそうだ。
つられて俺も、笑ってしまう。
だが、春香には、まだ言っていなかった。
そう、この番組を最後に「天海 春香」は引退しなければいけないことを・・・。 


・・・無事に「HIT−TV」の出演も終わり、着替え終わった春香に、
「春香、よくがんばったな。今日はいつもがんばっている春香に
俺が晩飯をおごってやろう!」
というと、春香は
「本当ですか!プロデューサーさんっ!じゃあ、私前から行きたかったお店が
あるんですよ〜♪」
と、それこそ目を輝かせて喜んでくれた。
「はははっ、そんなに喜んでくれると、俺もうれしいよ。ただし、あんまり高いのは
やめてくれよ?」
「わかってますよっ、プロデューサーさん。ささっ、早く行きましょ〜よ!」
と、駆け足で走っていくので、
「おいおい、あんまり慌てるとまた転んじまうぞ?」
と、言うと、
「だいじょ〜ぶですよ、ほら・・・って、きゃ〜!」
という声の後に、
「ズッテ〜ン!」
という盛大な音が俺の耳に届いた。
「大丈夫か!?春香。」
と聞いてみると、
「あいたたた・・・。えへへっ、少しはしゃぎすぎました。」
と、頬を少し赤らめながら、答えた。
俺は春香のそんな笑顔に内心ドキドキしながら、
「そうか、んじゃあ気を取り直して、レストランに行くか!」
と、平静を装いながら言ってみると、
「はいっ!」
と、さっきの痛みはどこへやら。元気よく答えてまた走っていった。
俺はそんな春香を笑顔で見ながらも心の中は複雑だった。
(俺は・・・、春香に「引退」という現実を突きつけなければいけない・・・。
今日・・・。でも、でも俺はっ・・・。くそっ、俺はどうすればいいんだ・・・。) 


レストランで俺はサラダ、春香はパスタを注文した。
しばらくして、サラダとパスタが同時にやってきた。
「うわ〜、とってもおいしそうです!」
と言って春香はさっそく食べ始めた。
・・・だが、俺は引退のことが頭から離れずにいた。
そのせいか食欲もあまり出ずにいた。
そんな俺を見ていた春香が口にした言葉は、俺をハッとさせた。
「・・・やっぱり、引退って本当だったんですね・・・。」
「・・・!春香、どうしてそれを!?」
俺が驚いて聞いてみると、春香は淡々と語り始めた。
「・・・だって、最近のプロデューサーさん、ずっと変でしたもの・・・。
妙に私に気を遣ってくれたり、レッスンの時もどこか上の空だったり・・・。
だから私、社長に聞いてみたんです。そしたら、
『君はHIT−TVを最後に活動停止が決まってしまったのだ・・・』って・・・。
だけど私、後悔はしていません。だって、この2ヶ月は私にとってとてもいい思い出に
なったし、こうしてプロデューサーさんと出会えたのも、1つの縁ですもの。」
「春香・・・。ありがとう、春香。」
「そ、そんな、とんでもありませんっ!お礼を言わなきゃいけないのは私のほうです!
こんな私をトップアイドルにしてくれたプロデューサーさんには、
感謝の気持ちでいっぱいです!プロデューサーさん、今までありがとうございました。」
その言葉を聞いた時、俺は思った。
(春香・・・。こんな俺をここまで慕ってくれるなんて・・・。そんな春香に俺も
精一杯の恩返しをしたい・・・。!、そうだ!うん、これなら春香も喜んでくれるだろう・・・。
・・・このままじゃ終われない。こんな形でこの世界、降りられない!)
あるアイデアを胸に秘め、俺は春香にこう言った。
「・・・春香、1週間後に、事務所へ来てくれ。大事な話がある。」
春香はそんな俺にキョトンとしながらも、
「はい、わかりました。」
と心強い返事を返してくれた。 


・・・1週間後。
春香は約束どおりに事務所へ来てくれた。
俺は春香を別室へと連れて行った。
「プロデューサーさん。話ってなんですか?」
そう聞いてきた春香に、俺はこの1週間で決まったことを話した。
「ああ。お前が引退するに当たって、俺は春香がどうすれば悔いを残さずに、
この芸能界から引退することが出来るかをこの1週間ずっと考えた。そして、社長とも
相談した結果、春香、お前の引退コンサートをすることになった!」
「ええっ!?引退コンサートですか!」
「そうだ。驚くのはまだ早いぞ。コンサート会場は・・・ドームだ!」
「ええっ!本当ですか!?」
「ああ、本当だ。今日から1週間はそのコンサートに向けての
レッスンだ!出来るな、春香?」
と聞いてみると、春香は
「はいっ!もちろんです、プロデューサーさん!」
と、いつもの明るい笑顔で答えてくれた。俺はその笑顔に負けないように、
「よし、じゃあ俺はレッスン室で待っているから、着替えたら来い!」
と、ありったけの元気で返した。 


・・・それからの1週間は、本当に忙しかった。
春香のレッスンが終わると、次に、コンサートの衣装選び、曲選び、そして、
家に帰れば、コンサートの主な流れを各スタッフと電話で相談・・・。
そんなこんなで、コンサート当日はやってきた。
会場にはすでに、予想を遥かに超えるファンが詰め掛けていた。
「春香、準備はいいな?」
俺は春香に聞いてみた。すると春香は、
「はいっ、プロデューサーさん。ここまで来たら、後はやるだけですから。」
と、答えてくれた。
「その元気があれば大丈夫だな。じゃあ、いってこい!」
「はいっ!」
そういうと、春香は元気よく、ステージに飛び出していった・・・。
コンサートは大盛り上がりで進んでいき、曲も、残すは後1曲となっていた。
「みなさ〜ん、今日まで私を応援してくれてありがとう!これが、皆さんに送る
最後の曲になります!それじゃあ、聞いてください!
最後の曲は『太陽のジェラシー』です!」

もっと遠くへ泳いでみたい、光満ちる白いアイランド
ずっと人魚になっていたいの 夏に今Diving・・・

俺は、ステージの袖で知らず知らずのうちに泣いていた。
(俺の最後のプロデュース・・・。春香、お前を選んだことは後悔していない。
だけど、それも今日でおしまいだ。春香、今まで俺にいろんな楽しい思い出を
・・・ありがとう・・・) 


「春香、お疲れ様!コンサート、大成功だったな!」
コンサートが終わった控え室で、俺は春香に開口一番、そう言った。
「プロデューサーさん!はい、ありがとうございます!」
と春香も大いに喜んでいるようだ。
実際、コンサートは大盛り上がりで、本当なら、午後5時に終わるはずが、
アンコールの繰り返しで、終わったのは、午後8時であった。
「これで、春香も悔いを残さずに引退できるな?」
「はい。けど・・・。」
春香はまだ何か物足りなそうだった。
「どうしたんだ、春香?」
「あっ、はい・・・。できれば・・・その・・・。」
「???」
「あとで少し、お話できませんか?」
「ああ。いいよ。」
「本当ですか!?」
「ああ。んじゃあ、俺は後片付けがあるから、着替え終わったら、玄関で待っていてくれ。」
「はいっ!約束ですよ?」
「はははっ。わかったわかった。」
俺はそういって控え室を後にした。 


「プロデューサーさん、遅いですよっ!」
「すまんすまん。スタッフの人に捕まってな・・・」
「もう〜。それじゃあ、近くの公園ででも、話しませんか?」
「ああ、わかった。」
そして、俺達は近くの公園のベンチに腰を下ろした。
「・・・プロデューサーさんと出会ってから、今日までいろいろありましたね・・・。」
「そうだな・・・。けど、どれも今はいい思い出になったじゃないか。」
「そうですね。いい思い出がたくさん出来て、よかったです。」
「春香はこれからどうするんだ?」
「私ですか?私はまた1からやり直そうと思ってます。」
「アイドルの活動をか?」
「はい。もう一度やり直して、いつかまた、プロデューサーさんの所へ戻れるように・・・」
「・・・そうか。えらいな、春香は。」
「えへへっ、そうですか?そういうプロデューサーさんは、どうするんですか?今後は。」
「俺か?俺は・・・、近くのコンビニでアルバイトでもするよ。」
「プロデューサーさん、もうプロデュースはしないんですか?」
「・・・ああ。俺もプロデューサーを引退するんだ。」
「そうですか・・・。ねえ、プロデューサーさん。」
「何だ?春香。」
「また・・・、メールしてもいいですか?」
「メールか?ああ、いいぞ。」
「ありがとうございます。プロデューサーさん。・・・あっ、もう、こんな時間・・・。
お父さんやお母さんが心配してるし、帰らなきゃ・・・。」
「そうか。なら、送っていってやるよ。」
「大丈夫ですよ、プロデューサーさん。そんなことされたら、
別れが悲しくなっちゃうじゃないですか。」
「・・・それもそうだな。わかった。じゃあ、ここでお別れだ。」
「はい。プロデューサーさん。また会う日まで・・・、さよならです。」
「ああ。春香、元気でな。」
そう言って、俺達2人は最後の挨拶を交わした。 


・・・あれから数年が経った。
春香は今や、知らない人は居ないほどまでになっており、最近では海外進出の
話も出るようになっていた。
対する俺はあの日の公言どおり、近所のコンビニで店長をやっていた。
それでも、あれから春香はときどきメールを送ってきていた。
内容は、その日の仕事の感想だったり、はたまた仕事の相談だったりいろいろだった。
そして今日も1日が終わり、俺が家で遅い夕食を食べていると、ふいに携帯が鳴った。
(こんな時間に、メールか・・・。一体誰だ?)
放っておくとうるさいので、渋々携帯を見てみると、そこに写ったアドレスは、
Spring-fragrance4.3@・・・
(春香か。どうしたんだ?こんな時間に・・・。)
俺は不思議に思いながらも、本文を読んでみた。
『プロデューサーさんへ。
もし、このメールに気づいてくれたなら、大事なお話があります。
明日の夜7じにあの日の公園で待ってます。春香より』
(このメール・・・、なんだかいつもと様子が違うな・・・)
と、思いつつも食べかけのラーメンが冷めてしまうからと、そのメールに対する
推理はそこでストップしてしまっていた。 


次の日はいつもより早く上がらせてもらい、6時30分には公園へ着いていた。
「さすがに早く着きすぎたな・・・。」
冬は過ぎたといっても今はまだ4月。夜になると肌寒さが襲ってくる。
「うう〜っ、さみ〜な〜。」
と俺が思わず口に口に出して答えると、
「はいっ、これで暖かくなりますよ。」
と俺の前に暖かい缶コーヒーが差し出された。
誰かと思い、顔をあげるとそこには・・・
「春香!」
「えへへ〜っ。お久しぶりです、プロデューサーさん♪」
とそこにはあの日と変わらない姿で晴香が立っていた。
「ああ、久しぶりだなぁ、晴香。隣、座れよ。」
「はい。それじゃあ、お邪魔しますね。」
と晴香は隣に腰掛けた。
「あれから、活動はどうなんだ?」
「はい、次のプロデューサーもとっても優しくしてくれて・・・。それに、活動も
とっても順調で・・・。おかげで、海外デビューの話まで出てきちゃいました。
そういう、プロデューサーさんはどうなんですか?」
「俺か?俺は前にいったとおり、コンビニで働いているぞ。これでも店長なんだぜ?」
「店長さんですか!?すごいです、プロデューサーさん!」
「いやいや、それを言うなら海外デビューの話まで出るお前のほうがすごいじゃないか。」
とそんな話を一通り終えたところで、
「それで晴香、メールに書いてあった話っていうのは、一体なんだ?」
と俺は当初の目的である、メールの話について聞いてみた。
「・・・はい。私が海外デビューを控えているっていうのは言いましたよね。
その時に事務所の社長が『海外デビューするということは、当然海外で住むことと
なるわけだ。そうなると、君のパートナーである者も当然、君が最も信頼の置ける
人物でないといかんのだよ。』って・・・。私、考えました。一生懸命考えてやっと
昨日、決断しました。プロデューサーさん、私と一緒に海外へ行ってくれませんか?」 


・・・一通り話を聞き終えた俺は静かにこう言った。
「晴香。俺は確かに春香のプロデューサーだ。だが、それは過去の話であって、
今の君には、別のプロデューサーがいるだろう?その人は、晴香自身も『優しいし
いい人だ』って言ってたじゃないか。何が不満なんだい?晴香。」
「別に不満なんかはありません・・・。けど、私にとってのプロデューサーさんは、
生涯、たった1人なんです!そう、私の目の前にいる人だけなんです!」
気がつくと、晴香は涙を流していた。
「・・・本当に、俺なんかでいいのか?晴香。」
「・・・はい。私はプロデューサーさんがそばに居てくれないと・・・不安です。」
「そうか、わかった。俺なんかで力になれるのなら・・・。」
「・・・!プロデューサーさんっ!」
そういうと、晴香は俺に抱きついてきた。
「プロデューサーさん・・・、大好きです。」
「・・・俺もだよ、晴香。」
そうしてしばらく抱き合っていた後、俺達は明日、事務所で会おうと約束して別れた。
そして帰り道、ふと昔を思い出して苦笑した。
(そういえば俺、昔から晴香には甘かったっけな・・・。) 


そして次の日、事務所に行った俺をあの日の面々が笑顔で迎えてくれた。
「プロデューサー、お帰りなさ〜い!」
「元気してた?」
「あの日と全然変わってないね〜。」
という、皆の昔と変わらない調子についつい俺も昔のように話していた。
そして、社長も、
「そうか、君が天海君のパートナーなら心配は要らんな、はっはっは。」
と太鼓判を押され、晴香の現プロデューサーにも、
「海外でも、2人3脚でがんばってくださいね!」
と、もはや俺と晴香は公認カップルのようだった。
そして、あっという間に時間は過ぎていって、いよいよ日本を旅立つ時がやってきた。
「向こうでも、元気でね!」
「なにかあったら、電話頂戴ね!すぐ助けにいくから!」
という声を聞きながら、搭乗口へと向かう俺と晴香。
「晴香、手荷物は持った?」
「はい、プロデューサーさん、大丈夫です。」
「よし、それじゃあいよいよ出発だ!」
「はいっ!」
こうして俺は再びプロデューサーとしての手腕を振るうこととなった。
今はこうして『天海 晴香』という心強いパートナーもいる。
もう何も怖いものなんてない。
俺の新たなプロデュースはまだ始まったばかりだ!
「プロデューサーさん。」
「・・・何だ、晴香?」
「ずっと私を見守っていて下さいね♪」

                    GO TO NEXT PRODUCE! 



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