プロ太郎、再び

作:491

「プロデューサーさん、あの…折り入って相談…いえ、お願いがあるんです…。」
「あの…何でしょう?オレに出来る事でしたら、何でも言って下さい。」
「これは、プロデューサーさんにしか、出来ない事なんです…。ですから…」

 それはオレとあずささんが、某正月特番の収録に向かった途中の事だった。
いつになく真剣で愁いを帯び、それでいて恥ずかしそうな様子で、話し始めた事。
それは確かに、オレにしか出来ない事だった。

事の起こりは数日前の事。その夜、あずささんは、久々に
結婚した親友、友美さんとの長電話を楽しんでいた。 


  ― ◇ ― ◆ ― ◇ ―

「友美、本当に大丈夫なの!?こんなに遅くまで電話しちゃって…。」
「平気、平気!ダンナは今日、会社の忘年会だしね。先に寝ててもいいって言ってくれたんだけど、
新妻としては、そうもいかないでしょ?」
「あらあら…ゴチソウサマ。じゃあ、私は待ってる間のヒマつぶしって所ね。ウフフ。」
「そういうこと!ウフフ。それより、あずさのほうこそ、どうなの?カレとは、うまくいってるの!?」
「えっ!え、えぇ。まぁ…。」
「そうなんだ〜。あずさって、仕事が仕事だから、お休みも不定期だし、
カレとの事も、色々と大変なんじゃないかって、心配してたのよ。」
「う、うん。そこら辺の事は、理解あるし…。まぁ、うまくやってるわ。」

「そっか〜。そう言えば、今年はどう!?実家には帰れそう?」
「そうね〜。お正月は無理だけど、今度のお休みには帰るつもりよ。」
「そう…。じゃあ、その時は覚悟しときなさいよ。」 


「えっ!?何、何の覚悟よ?」
「ほら!私たちの結婚式の時、あずさもカレと出席してくれたじゃない。
その事をうちの両親が、あずさの両親に話しちゃったみたいでさ。」

「えぇっ!本当!?」
「うん。あずさはアイドルやってるから、ヘタに問い詰めたら、色々と差し支えるって、
一応、ガマンしてるようだけど、次の帰省の時にはって、手ぐすね引いて待ってるみたいよ。」
「どうしよう…。友美…。」
「どうしようって…、ひょっとして、まだ親にはナイショだったわけ!?」
「う…うん、それが、色々と…。」
「う〜ん…。まぁ、この際だから、正直に話しちゃいなさいよ。
カレも、結婚式を撮った写真やDVDで顔バレしちゃってるけど、
その点は、結構評判良いみたいよ。」
「そ、そうかしら!?」
「ウフフ。まぁ、がんばってね。あっ!ダンナが帰って来たみたい!それじゃね。」
「う、うん。ダンナさんにもヨロシクね。」 


  ― ◆ ― ◇ ― ◆ ―

「……と言うわけなんです…。」
「はぁ…。」

 これは数ヶ月前、結婚を間近に控えた友美さんに、あずささんがオレをフィアンセに
仕立てて紹介した“通称:プロ太郎事件”に端を発する。
『お互い、好きな人が出来ても抜け駆けはしない。』という約束を破った
友美さんへの、あずささんなりの意地による行動だったのだが
ちょっとしたトラブルにより、2人の関係に一石を投じた
お互いに、忘れられない出来事になってしまった。

 そしてそれは、日を追う毎にオレたちの中で確実な何かへと育ちつつあるが、
未だお互いそれを相手に対し、はっきりと口にするには至っていなかった。

「それで…今度のお休みに、帰省しようと思ってるんですが、その前日は、地元のラジオ出演で…。」

 そう。あずささんの地元での仕事に合わせて帰省できるように
その後の数日がオフになるよう、スケジュールの調整をしたのは、何を隠そうオレ自身だった。 


「わかりました、任せて下さい。その時には、オレも一緒に…。」

「すいません…。元はと言えば、私が友美に意地を張ったばかりに…。」
「い、いえ!気にしないで、あの時は後で、良い事もありましたし。」
「良い事!?……あっ!あれは……。」
「い、いや!あの、その!!え〜と…」

 オレがついうっかり、口を滑らせてしまったばっかりに、
お互いあの時の“アレ”を思い浮かべてしまったようだ。
(友美さんに、フィアンセの証拠を見せろと言われて……。)

「あっ、そ、そうだ!今日は、かくし芸の収録でしたよね。」
「は、はい!たしか、765プロ総出演で、コントだったと。」
「そ、そうでしたね。うちのみんなが相手なら、さほど緊張しなくて済みそうですね。」
「は、はい!」

 それがあまい考えだと、思い知らされたのは、オレたちが楽屋入りした瞬間だった。

「お、お嬢さんを、ボ、ボクにくださいっ!!」

 楽屋のドアを開けた瞬間、オレたちの耳に飛び込んで来たのは、
とんでもなくタイムリーなセリフだった。 


「う、うわぁ!!」
「な、何!?プ、プロデューサーさん!?」

 そのセリフは、楽屋にいた天海春香が発したものだった。
あまりにもタイムリーなセリフに、オレは思わず声を上げてしまい、
その声に驚いた春香も、つられて大声を上げてしまっていた。

「な、何だ。春香か…。」
「何だかは、ないですよぉ。せっかくセリフの練習してたのに。」
「セ、セリフ!?例のコントのか?」
「そうです!私が、結婚を申し込む男性役で、あずささんが、恋人役なんです。」
「あっ!そ、そうでした。」
「コントとは言え、私、男性役なんて初めてで…。何となく、うまく出来ないんですよね。
そうだ!プロデューサーさん、ちょっとお手本をやってくれませんか!?」

「お、お手本!?バ、バカ言え。オレだってまだ…。」
「でも、男の人なら、いずれ言うセリフじゃないですか。ここはひとつ練習だと思って…。」
「れ、練習って…(そりゃ近々、言うかもしれないけど)」
「え!?何ですか?」
「い、いや、何でもない!何でもないぞぉ!」
「そうだ!やっぱり相手がいないと、雰囲気でませんもんね!
ちょうど、恋人役のあずささんもいるし、ちょっと、お2人でやって下さいよ!」
「お、お2人でって、それは…。」 


「それは…って、私、何かいけないことを、言っちゃいました!?」
「い、いや、そうじゃない!そうじゃなくて……
ま、まぁ、コントとは言え、リアルさを求めるのもアリだしな…。
じゃ、じゃあ、ちょっとだけだぞ。」
「ハイッ!あずささんも、ありがとうございます!」
「え、えぇ。気にしないで…。」

(ごまかすために、一応やるとは言ったが、いざそうなってみると、キンチョ〜するなぁ。)
「じゃ、じゃあ、いきますよ。あずささん。」
「は、はい!いつでも、ど、どうぞ!」

「ほ、ほ、本日は、お日柄も良く!」
(ヤバイ!声が裏返っちまった!ええい!このまま行ってしまえ!)
「ほほぅ!まずは挨拶から入るんですね!」

「じ、実は、お、折り入って、お、お願いがありまして…。」
「お!いいですねぇ。そのどもる感じ。」
「お、お、おじ、お嬢、お嬢さんを…。」
「来た、来たぁ!」
「ボ、ボ、ボボ、ボクに、ボクにください!!」 


「なるほど〜。やっぱり、男の人がやると迫力が違いますねぇ…。」
「そ、そうか!?じゃあ、オレはこの辺で…。」
「え〜っ!も、もう1回!もう1回だけ、お願いしますよ〜。」
「ま、まだ、やるのか!?」
「だって、プロデューサーさん、小ネタ盛り込みすぎですよ〜。1回じゃ覚えきれません。」

「小ネタって…。しょうがない、もう1回だけな…。お、お、お嬢さんを……。」
「う〜ん…。もう1回!」
「ボ、ボ、ボクに……。」
「もういっちょ!」
「く、下さい!!」
「おかわり!」

「いいかげんにしろ!お前、ワザとやってないか!?
あずささんを見ろ!すっかり呆れちゃって……あれ?…あずささん?…あずささん!」

 あずささんは椅子に座ったまま、いつもと同じくニコニコと微笑んでいた。
しかし、よ〜く見るとすでに目の焦点は合っておらず、慌ててオレが駆け寄るや
グラリとオレのほうへ倒れ込んで来た。 

「あわわ!あ、あずささん、大丈夫ですか!?」
「あずささん!しっかりして下さい!!オレがわかりますか!?」
「プ、プロデューサーさん…。もう、限界です…。でも…、し…あわ……」
「は、春香!水、水を頼む!!」
「は、はいっ!!……う、うわぁ!!」

どんがらがっしゃ〜ん!!

 転びながらも、春香の持ってきてくれたペットボトルから、
水を飲んだあずささんは、なんとか気を落ち着かせる事が出来た。
コントの練習とは言え目の前で、ああもプロポーズの言葉を連発されたら、
そういうのに免疫の無いあずささんには、かなり応えたのだろう。

 そして、残りのメンバー全員が揃った後、コントの総仕上げと、収録が行われた。
オレの演技指導(?)の賜物か、ノリノリで緊張感バリバリの役を演じた春香と、
一方で練習のダメージ(!?)のため、始終ニコニコしっぱなしのあずささんとの対比が
醸し出す“765ワールド”は、爆笑のうちに高得点をマークし、所属チームの勝利に貢献したのだった。 


「なんとか無事に終わりましたね!プロデューサーさん。
でも、楽屋であずささんが倒れちゃった時は、どうしようかと思いましたよ。」
「あずささんは、ああゆうのに慣れてないと言うか、免疫自体が無さそうだからな。
それもこれも、お前がオレに、目の前で何回も言わせるからだぞ!春香。」
「エヘヘヘ……。あっ!あずささん。」

「プロデューサーさん、お待たせしました。春香ちゃんも、お疲れ様。」
「お疲れ様でした。あの、あずささん、体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、もうすっかり。ウフフ…。」
「今も、春香と話してたんですよ。やり過ぎだぞって」
「ごめんなさい、あずささん。」

「ううん。いいのよ、気にしなくって。それに…プロデューサーさんのは
今日、思いっきり聞いちゃったから、もういくら聞いても大丈夫よ。」
「ハハハ。そりゃ良かった。じゃあ、本番の時は、もう安心ですね。」
「ええ。今度はじっくりと聞かせていただきます。」
「こりゃ責任重大だ!ハハハ…。さて、オレたちは、先に失礼するよ。」
「はい!お疲れ様でした。」

 こうして、オレとあずささんは、上機嫌でスタジオを後にした。
あんまり上機嫌過ぎて、うっかり口を滑らせた事に気付いたのは、
スタジオを出てから、しばらく経った後の事だった。


「♪フンフフ〜ン♪さ〜て、私も帰る準備でもしようかな〜。
……あれ?…さっき、何だかスゴイ事を聞いちゃった気がする…。」

おしまい。 







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