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作:となめし

「いいですか、あずささん。オーディションの合格という二文字は、決して逃げることはありません。
だけどあっちから寄ってくることもないんです」
「はい……」
「つまり、こっちから近づくしかありません。他の誰よりも」
「は、い……」
俺はステージ袖であずささんに語りかける。しかしその表情は緊張のせいかすごく固い。
「……あずささん?緊張してますか?」
彼女は無言のままに俯く。
それはそうだ。初めてのオーディションで緊張するなというほうが難しい。
「まだ時間はありますね……少しお話しましょうか」
じっと出番まで待っているより緊張も和らぐかもしれないし、この機会に言っておいたほうがいいかもしれない。
大事な、ことだから。
「えっと……」
どうやって切り出そうか……
「……そうですね、あずささんっていくつでしたっけ?」
「……プロデューサーさん?」
いきなりの失礼極まりない質問に、ゆっくり顔をあげるあずささん。だが、顔は笑っているものの目は笑っていない。
「いや、あの、その……」
俺がいい淀むと今度は口を尖らせながらの無言の圧力。……逆に俺が緊張してきた。
しかしここで引くわけにもいかない。
「……世の中のアイドルには年端もいかない子もいます。
でも、そんな子だってトップアイドルを夢見てレッスンを受けてるはずです。あずささんと、同じように」
彼女の圧力に負けないように、ですがと言葉を続ける。
「同じようにとは言っても、あずささんのほうが有利だと俺は思っています。
あなたは他の誰も持ってないものを持っているからです」
「……あら、そうなんですか?」
と言って顎に人差し指をあて、何かしら?と考えている。 

だから俺ははっきり言い切った。

「それは、色気です」

その言葉を聞いた彼女は最初はぽかんとしていたが、すぐに顔を赤らめ、再び俯いてしまった。
「もう、プロデューサーさんったら……からかわないで下さい」
あずささんがそう言ったが、俺は気にせず続ける。
「確かに若い子にも色気がある子はいますが……あずささんには勝てません。
それはあずささんの年齢がそうさせているものであって、いくらレッスンしても身につくものじゃないんです」
あずささんはますます顔に朱がさしてしまっている。
「それに今回の9:02PMは、あずささんのそういう面を遺憾無く発揮出来るように、という選曲なんですよ?」
「そ、そうだったんですか?」
俺は力強く頷く。
「んー、本人には色気云々の自覚はないのですがー……」
まだ赤くなっている顔を上げて、彼女は首を傾げた。魅力的で綺麗な髪も、それに合わせて流れるようにさらさらと揺れる。
「……前置きが少し長くなっちゃいました。つまり俺が言いたいことはですね……」
ステージからあずささんの出番をしらせる声がした。俺は彼女の後ろにまわり、肩をぽんと叩きながら

「世の男共を虜にしちゃってください、ってことです」

そう言って彼女をステージに送り出した。
そしてスポットライトに半身照らされている彼女が、振り返らずに俺にわかりましたと言葉を投げかけ、言った。

「大人の色気、見せてきますね」

彼女の顔は見えなかったが、きっと緊張は解けて笑顔でステージに立っているはずだ。
彼女はもう大丈夫。このオーディション、あの二文字を勝ち取ることができるだろう。

もしかしたら審査員からはちょっと遅めのスタートだ、などと言われるかもしれない。
だけどその事実は彼女にとってマイナスではなくプラスになるはず。少なくとも、俺はそう信じている。 

そんな彼女のアイドルの時間が、今日のこのオーディション、この場所から……始まる。




「プロデューサーさん、お疲れ様ですー」
パソコンのモニターとにらめっこしていると、あずささんがお茶を持ってきてくれた。
「熱いですので、気をつけてくださいね?」
ありがとうございます、と御礼を言って一口飲む。
ちょうどいい熱さにほぅ、と一息。
「おいしいです」
素直に感想を述べると、彼女はお盆を抱えて微笑んだ。
そんな彼女の笑顔に癒され、俺はモニターとのにらめっこを再開した。
「プロデューサーさん、なんでそんな難しいお顔をなさっているんですか?」
彼女が俺の肩越しにモニターをのぞき込む。さらりと彼女の長い髪が俺の頬をかすめ、淡いシャンプーの香りも鼻をかすめる。
「ら、来週のアルバム発売を記念したライブを……と思いまして」
あずささんとの距離にどぎまぎしながら、ちらりと近すぎる顔を盗み見る。
「ら、らいぶ……」
彼女の表情に少し緊張が走ったのを見て取れた。
「えぇ、それで候補を絞ったんですが……」
「この二つの会場が残ったんですね?」
ええ、と相槌を打ち、モニターに向き直る。
そこには二つの会場の詳細情報を比べるグラフ等が映し出されている。
「ええと……ほとんど同じ……ですね」
グラフ上では違いがわからないくらい似通っている会場。こうなったらモニター越しじゃあ何も分からない。
「……やっぱ一度行くしかないな」
俺は決断を下し、あずささんがいれてくれたお茶を一気に飲み干した。
「実際に行かれるんですか?」
「ええ、やっぱりモニター越しではわからない違いがあると思うんで」
そうなんですか、と困ったように人差し指を顎に当てた彼女は
「では、今日のダンスレッスンはどうなるのでしょうか?」
自分の苦手なレッスンの心配をしていた。 

「もちろん抜かりはありません。あの問題児二人組とやよいのプロデューサーが空いてるみたいなんで、
あずささんも面識あると思って代理を頼んでおきました」
問題児二人組とはあの双子である。
その二人がやよいとプロデューサーを振り回している姿は765プロでは見慣れた日常となっている。
「あら?でも亜美ちゃんも真美ちゃんも、さっき事務所にいましたよ?」
「ああ、家にいても暇なんだよー、って言いながら自分達のプロデューサーに絡んでたんで、本当はオフなんですよ」
「あらあら……本当に仲がいいんですね」
そう言って彼女は優しく笑った。
「振り回されてるプロデューサーを見て、いつもおろおろしてるやよいもなかなかの見物ですよ」
「もう、プロデューサーさんってば意地悪ですね」
今度は俺も彼女に釣られて笑ってしまった。
すると噂をすればなんとやら、箒にちり取り、三角巾という出で立ちでやよいがやってきた。
「お話の途中すみませーん!うちのプロデューサーがあずささんを呼んでまーす!」
「ん?やよいも今日はオフじゃないのか?」
するとやよいはさっきまでの元気はどこへやら、声のトーンが急降下してしまった。
「うっうー……久しぶりのお休みだったのでお母さんのお手伝いをしようと思ったんです。
そしたら下の子達が気を遣って私に何にもやらせてくれなくて……」
「偉いじゃないか、やよいの兄弟。でも元気のなくなることじゃないんじゃないのか?」
あずささんも頭に「?」が浮かんでいる感じだ。
「なんだか、逆に手持ちぶたさんで……」
手持ちぶたさん?ずいぶん軽くてかわいいぶたさんだ。……手持ち無沙汰の間違い、な。
「それで悩んだ揚句、事務所のお掃除をしよう!と思い立ったんです。でも!兄弟達にはとっても感謝してるんです!」
いつの間にか元気を取り戻したやよいは頭の三角巾をきゅっと締め直して、
「じゃ、うちのプロデューサーが二人の相手で疲れ果てちゃう前に行ってあげてくださいね!」
と言って、再び忙しそうに掃除をし始めた。
「……亜美と真美も元気一杯ですけど、やっぱりやよいも負けてませんね」
「ふふ、そうですねぇ」
「じゃ、俺行ってきます。レッスンできなくてすみません」
と頭を下げた。
「そんな、大丈夫ですよ。逆に私が御礼を言わなきゃいけないくらいですから」 

「そう言ってもらえると助かります」
そして俺はあずささんのいってらっしゃいませ、に送り出されるように事務所を出発した。




事務所に戻るころにはすっかり遅くなってしまった。だがその甲斐あって会場は決定し、日にちも押さえて来た。
後は本番までのスケジュールを決めないといけない。
「……よし」
と気合いを入れる。今わかる予定でスケジュールを組んでしまおう。
「……残業手当、つくかなぁ」
と、淡く儚い期待を口にしながらパソコンを立ち上げる。電気はついていたが、事務所には誰もいない。
しん、と静まり返った空間に起動音が重く鳴り響く。
「淡く儚い……か」
人の夢と書いて儚い。そして人の夢はいつか覚めるものであって、覚めない夢はない。
アイドルにとっての夢はもちろんトップアイドルだろう。その夢から覚めるとき、味わうのは達成感か、はたまた絶望感なのか。
この世界、後者で目覚める人が圧倒的に多い。

「あずささん……」

ふと彼女の名前が口を突く。 

俺は彼女が夢から覚めるまでの道程をしっかりナビゲートできるのだろうか。
彼女をトップアイドルまで導くことができるのだろうか。
「いや……してみせる」
出来る出来ないじゃなく、するんだ。彼女の夢を、叶えて見せる。
ハッピーエンドじゃない夢なんて、見たくないし見せたくない。彼女と一緒に……頂点に登りつめてみせる。
そのためには次のライブを成功させなければならない。なぜなら、ワンマンライブとなるからだ。
これを最高のステージにできれば……一人前のアイドルと言えるだろう。
「……よし」
再び俺は気合いを入れて、新たな決意を胸にパソコンのキーを叩き始めた。




そしてライブ当日。
光陰矢の如しという言葉通り、あっという間に今日を迎えてしまった。
これまで彼女もひたむきにレッスンを頑張ってくれた。その甲斐あってか、苦手だったダンスに磨きがかかったのだ。
本人いわく、俺が会場選びに行った日に何かを掴んだとか。
さすがあの二人(三人)のダンスユニットを手掛けているプロデューサーだけはある。
そして今、彼女は全8曲を歌いきり、後は鳴り止まない拍手にアンコールという形で応えるだけとなった。
「あずささん!アンコールいつでもいけます!」
俺がアンコールの曲であり、アルバム限定収録でもある「relations」の準備が整ったことを彼女に伝える。 

「わかりました!」
いつもはおっとりしてる彼女も、今日ばかりは気合いが入っている。
喉を鳴らしながら彼女はスポーツドリンクを飲み、ステージ袖から拍手の鳴り止まない観客席を眺めている。
決して狭くない会場がむせ返るほどの熱気に包まれている。それを見ながら
「何だか信じられないです」
そう呟いた。
「……俺も、信じられないです。初めてのオーディションであんなに緊張していた人が、
今じゃこの拍手を前に怖じけづくどころかそれに応えようとしているっていう事実を、です」
対した進歩ですね。と彼女に笑いかける。
「ふふ、そうですね」
彼女がくすりと笑う。
「あのときプロデューサーが言ってくれた言葉、覚えてますか?」
「合格は逃げないってやつですか?」
いいえ、と首を横に振る彼女。
「世の男性の方を……」
「虜にする?」
今度は首を縦に振る。
「プロデューサーさんはそう言いましたけど……私、未だに自信がないんです」
しゅん、と肩を落としながらそう言った。
「自信を持ってください。観客の半分以上が男性ファンですよ?」
「でも……」
困ったような笑顔で俺に向き直り、

「一番振り向いてほしい人が……なかなか振り向いてくれないんです」

そう、言った。 

「え……?」
俺がどういうことか聞く前に彼女のおでこが俺の胸元へ
とん、と。
飛び込んで来た。
「あ、あの、あずささん?」
咄嗟のことで混乱気味な俺に、彼女は更に寄り掛かり背中に手をふわりと回す。

「充電、させてください」

そういうやいなや、きゅっと俺は抱きしめられた。

ファンの歓声も鳴り止まない拍手も遥か遠くに聞こえる。

鼓動が早鐘のように打つ。

彼女の、あずささんの火照った身体の温もりが俺に伝わる。

それが鼓動を更に早める。

「充電、完了です」

あずささんが、すっと離れる。

そしてステージへ向かう。
スポットライトに半身照らされながら、彼女はいつかの言葉をいつかのように投げかける。

「大人の色気、見せてきますね」

そして最後に振り向いた彼女は満面の笑みをたたえて、スポットライトの下に飛び出した。
拍手と歓声が最高潮に達する。

「まったく……」

ファンとは反対に俺は肩の力が抜ける。手近にあった椅子に、どすんと腰を降ろす。

世の男共を虜にしちゃってください。

なんて言っておきながら、真っ先に虜になっていた男を俺は笑いたくなった。



「貴女を振り向くのはトップアイドルになってからでも遅くはないですよね?あずささん?」




(了) 


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