高木社長とわたくし

作:456

高木順一郎は謎を秘めた男である。
まず顔が分からない。
しかしこれは社長がいつもブラインドを背後に背負っているとか色々で諸々な大人の都合というものと言えばその通りであり、
ここを言及する事は出来ないので省略。
次いで行動が分からない。
冷静に冷静を重ねて考えればよいのだが、
高木社長が一体どうやって全国に散らばる芸能プロダクションの流行を調査しているかは未知数だ。
よって、プロデューサーは昼飯時に先輩社員である小鳥に聞いてみる事にした。
「小鳥さん、相談があるんですが」
「なんですかプロデューサーさん。下着の色なら教えませんよ」
「結構です。で、高木社長ってどんな人なんですか」
正直知りたかったが今はその問題を棚に挙げる。
本日の先輩後輩の会話の議題は高木順一郎の人となりで、
要するに社員としては代表の意向と言うか人となりくらいは知っておきたかったのだが、
小鳥は妙にくねくねと体をねじった後ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた。
「そっかそっかそっか。そうですよねやっぱりそうですよね、
ドームの後にあれだけアイドルに迫られてグラッと来ないんですからやっぱりそうですよねプロデューサーさん!
 いいですね私応援しまぶきゅっ!?」
「先輩その辺にしとかないとL4Uで酷い目に遭いますよ。主に俺によって」
「い、今酷い目に遭いましたっ!」
何のことはない、プロデューサーが机にあったアイドル年鑑で小鳥の頭を引っ叩いたに過ぎず、
小鳥は鳥と言うよりむしろ猫が潰れたときのような声を上げてプロデューサーの蛮行を非難する。当社の強みは風通しの良いところです。
「何ゆえ俺が衆道に手を染めねばならんのですか。俺はノーマルですよ小鳥さん晩飯どうですか」
「今日はミーちゃんのお腹を撫で回す日なので、折角のお誘いですが一昨日来やがれこの野郎です。
いいじゃないですか恋愛は茨の道ほど燃えますよ?」
ミーちゃんとは小鳥が飼っている家猫の名前で、本名をミリディス・ロドリゲスと言う。
センスの欠片もないすさまじい名前の愛猫をしかし当の小鳥は目に入れても痛くないほど可愛がっており、
小鳥が猫を飼うという戦国時代顔負けの下克上に世の儚さを感じる雌の三毛猫2歳である(恋人募集中)。
「そうですかくそう。で、社長ってどんな人なんですか、ああいやいいですから分かりました可愛い猫ですから携帯で見せ付けるな」
「残念です。じゃあ後でメールで送りますね写メ20枚くらい。で社長ですけど、…プロデューサーさん採用面接は社長でしたよね?」
「ああ、まあでも、あの時社長スダレの向こうにいたんですよね」 

事実である。プロデューサーが採用面接を受けたのは765もベンチャーという言葉が霞むほどみすぼらしい事務所だった頃で、
と言う事はあの時の765プロは経理は小鳥総務は社長と言う実働のない不思議な会社だった。
それが1年やそこらでちゃんとした事務所を構えられるまでになったのだから世の中とは不思議で満ちている。
しかし、そこまで古いスタッフであるプロデューサーの面接すら社長はスダレ越しに行った。
「ああ、社長は『経営者は人前に出るべからず』って哲学で動いてますからね」
「主要都市で散々っぱら勧誘活動してるとは思えない哲学ですね。小鳥さんは社長の顔見たことあるんですか?」
すると小鳥は果てのない遠くを見つめ、
「ある―――と言えばあるんですけどね。でも写真でしたねえ」
変な事を聞いた。写真?
「どういうことですか?」
「私としては、仕事が面白くてお給料がきちんと支払われればなんでもいいんですよ」
要するに、小鳥もスダレ越しの採用面接だったという事だ。
なんだそりゃ、とプロデューサーは事務椅子の背もたれに寄りかかり、壁掛けの時計でカップラーメンが食べごろになったことを知った。
「あれ、今日もカップ麺ですか? 栄養偏りますよ?」
「いいんですこの安い味がいいんです。それでも憐憫の目で俺を見るならその唐揚げ下さい」
どうぞどうぞと差し出された小さめの弁当箱から唐揚げを一ついただき、
プロデューサーはカップ麺に後入れの醤油ソースをぶち込んで今日の昼飯を完成させた。
「それで、写真、でしたっけ?」
「そうです写真です。なんだっけ、古い書類を整理してるときに社長と奥さんのツーショット写真見つけたんですよキャー」
小鳥はどこまで行っても小鳥であり、恋に恋する歳を経て愛に恋するお年頃な音無小鳥20代の春だった。
「で、どんな感じの人でした?」
当然来るであろうこの質問に対し、小鳥はしばらくうんうんと考え込んだ。
芸能人に例えようとでもしたのだろうか小鳥はアイドル年鑑をぱらぱらとめくり、やがて諦めたように天井を仰いで白米を食らった。
この業界で誰かを芸能人に例えるのは結構厄ネタである。
「奥さんは美人でしたねえ」
「はあ」
とどのつまり小鳥から社長の顔情報を引っ張り出すのは不可能であろう。
プロデューサーは予想していた答えに大して肩を落とすでもなくカップ麺をずっぱずっぱと啜る。
しかし今の段階で社長について分かった事と言えば、妙に粗のある経営哲学と嫁が美人と言う事だけだ。
肝心の人となりには全く触れていないのである。 

「じゃあほかに何かありませんか。たとえば訓示でこんな事言ってたとか宴会で腹芸以外の何かをしたとか」
これは有効な手がかりになるはずだ。いくらなんでも経営者が訓示を垂れない会社などない。
とにかく遮二無二アイドルをトップに連れて行くのがプロデューサーの仕事だが、
それ以外の経営ビジョン――たとえば「所属する社員の幸福を」云々――くらいはあってもいいはずだ。
しかし、これについても小鳥はむにゅむにゅと白米を咀嚼し、思い出したように唐揚げを頬張ると、
「もむぐめむ、もみぐもむむ」
無茶苦茶に軽蔑した視線を送ると、小鳥はあわてて喉を鳴らし、
「そういえば、飲みのときに社長が何か言ってましたね。…えーとなんだっけ、いいなーとか私もデビューしたいとか何とか」
!?
「え、それいつの話ですか?」
「ええっと、確かついこの間の事でしたよ。
ほら、プロデューサーさんが置いてかないでって泣いてたアイドルを振り切ってお別れライブを成功させた時です」
「そういう言い方しないで下さい。ってかあの後飲んだんですか」
そこで小鳥は満面の笑みを浮かべ、
「ご馳走様でした!」
「…ぬぅあああああ! 人が、あれほど、精神をすり減らしていたときにぃぃぃ!!」
『人が』で縦、『あれほど』で横、『すり減らして』で斜めに走った年鑑を小鳥は全てスウェーでかわした。とんでもない事務員である。
「いいじゃないですか別に今生の別れってわけじゃないですし。パーッと遊んじゃうのも人生を良く生きるコツですよ?」
「…いいです。もーいいです。で、社長が言ってたアホな事ですけど」
全然良くはないが、どうもこの話題を突き詰めてしまうと昼休みが終わってしまう。
今日の午後の業務はプロデュース終了に伴う様々な事務雑務だからそれほど欝なわけではないが、
やはりトップを知らずしてモチベーション維持は不可能な気がする。
「えーとですねえ、打ち上げの時にテレビ流してたんですよ。
ほら、エクステのスクールウェア着てテレビに出たやつ。…そうそう『Super Idol』でしたっけ」
「いや、それ見ながらデビューとか言ったんなら社長ちょっと頭が茹だったんじゃないでしょうか」
流石にそれはねえだろう、とプロデューサーはすっかり止まっていた箸を動かした。いくら何でもそれはない。
大体デビューだけならもうちょっとマシな出方があるだろう。声だけ聞けば結構渋いんだから演歌とか壮年向けの音声タレントとか。
そうかそういう方向だったらありだろう。以外にやるじゃんうちの社長も――

「私を呼んだかね?」
と、そんな思考を遮るかのように事務員二人の背後で社長室の扉が開いた。
開いた以上は挨拶くらいするべきだし、そう思ったプロデューサーと小鳥が背後を振り向き、
プロデューサーは啜っていた麺を盛大に噴出した。
小鳥は握っていた可愛らしい箸を落とした。 

社長室から出てきたんだから間違いなく社長であろう。
が、社長はいつものスーツではなく、よりにも、よりにもよってエクステ衣装のスクールウェアを着ていた。
信じられない事にスクールウェアはバッツンバッツンで、丈が足りないのか臍まで見える。
妙に締まった腹筋はスカートに収納され、その下ではなんと生足が披露されていた。
お食事中の皆様、大変失礼いたしました。
この珍状に一足先に我を取り戻した小鳥が、「いやあ――――――――――――――――!!!」と悲鳴を上げた。
小鳥の悲鳴に自分を取り戻したプロデューサーは、目の前の悲劇に向かって問いかける。
「えーと、あの、失礼ですが、高木順一郎社長ですよね?」
「ふむ。いかにも私は765プロデュース代表取締役の高木順一郎だね」
やはり悲劇は社長だった。確かに全体的なシルエットは高木社長のそれだし、頭を覆うアクセサリが顔を覆っている様は始皇帝のようだ。
「えーと、何やってるんですか」
「うむ。しかし君も関係する話だし伝えても良かろう。デビューの準備だ」
でびゅー。
「はあ。で、なんてエクステのブレザー着てんですか」
「受けが良いだろう? やはりビジュアルのインパクトは重要だと思ってね」
「…ウケは確かにいいでしょうねその筋の人に。で、社長がそんな人の垣根を越えた格好している事が俺にどう関係するんですか」
そこで社長は大きく踏ん反り返り、何を言っているのかね、とでも言いたそうな表情を――プロデューサーにはそう見える――つくり、
「どうやら君はまだ次にデビューさせるアイドルを決めかねているようだからね。
 それに、わが社にプロデューサーはまだ君しかいないのだよ? 何を言っているのだね君は」
頭の中で警鐘が鳴り響いている。だから、要するにつまり、
「…俺に、社長の、プロデュースを、しろと、こう、おっしゃるんですか」
「然り」
思い切りため息をついた。
「アイドルとして?」
「アイドルとして」
年鑑を思い切り握った。
「…小鳥さん、復活しました?」
「はあい、しました」
「おや音無君、どうかねこの衣装。なかなかナウでヤングだろう?」
「小鳥さん前お願いします。俺上から行くんで」
「オッケーです」
「? 二人で何を言っているのかね?」
瞬間、年鑑を握り締めた二人は目の前の悲劇に踊りかかった。当社の強みは風通しの良いところです。

午後、プロデューサーは早速次のアイドル候補生を選定しにかかった。
この悲劇は、二度と繰り返されてはならない。 





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