My Dear Sweetheart?

作:規格外

 2月に入った頃のある日の事務所――

「おっはよーございまー……って、プロデューサー居ないや」
 とりあえずと、プロデューサーのデスクに近づいた真の目にある本が映った。
「【LOVEチョコ大全集・『これであの人のHeartをU・CHI・NU・KE!!』】……こ、これってまさか」
 真はペラペラページをめくる。
「やっぱり手作りチョコの本だ……」
 その中でドッグイアされているページを見る。
「うわぁ、これは……」
 そこには結構な大きさとおぼしきチョコレートケーキが。
「これ、作るのかな……でも誰に? もしかして恋び……」
 その時――
「おはよーなのプロ……あれ? 真くんだけ?」
 美希がやって来た。
「美希……」
 真が絶望を迎えたような顔で美希を見つめる。
「ど、どうしたの?」
 真は美希に先程の本を見せてみる、すると美希はあっけらかんとした顔で言った。
「あ、チョコだ。もうすぐバレンタインだもんね。そっかープロデューサーさん、ミキ達に作ってくれるんだよ。あはっ、楽しみ〜」
「美希は楽観的だなぁ……」
「らっかん……何、ソレ?」
「いや、何でもないよ。はぁ……」 
「でも、真くんは女の子から沢山チョコ貰いそうだね」
「……多分ね、いつもは学校の子だけだけど、今年はアイドルやってるから物凄いことになるかもなぁ」
「ミキもアイドル始めたばっかの頃だったら、真くんにあげてたかも。でも今はライバルだから」
「ライバル?」
「プロデューサーさんを巡っての」
「なっ!?」
 突然のライバル宣言にたじろいでしまう真だった。

 それから数十分、プロデューサーはまだやって来ない。

「遅いねー、プロデューサーさん」
「……うん」
「珍しいよね」
「……うん」
「……プロデューサーさん、ミキが独り占めしていい?」
「……うん、ってダメ! ダメー!!」
 真が大慌てで訂正したのと同時に、

――じゃあねなんて言わないで〜♪ またねって言って〜♪

 美希の携帯が鳴った。
「あ、プロデューサーさんだ……もしもし、遅いよハニー、今どこに居るの〜?」
『……それはこっちの台詞よ。何処に居るの? 後、ハニーは止めなさい』
「どこって、事務所だよ」
『はぁ……。今日は時間が押してるから、連絡事項は全部ロケバスの中で説明するって言っておいたでしょう』
「あれ? そうだっけ」
『そうなの。裏に停まってるから早く来なさい、もしかして真も居る?』
「うん」
「……」 
 呆れて言葉も出ないプロデューサーであった。 

 ロケバスの中で――
「今日のスケジュールは、まず8時からプチTVで新曲のPR、その次が――」
 プロデューサーの説明が長々と展開している最中、真と美希はそれぞれ先程の本の事で思いを巡らせていた。
(うーん、もしかして今日は初めからロケバス集合だから、あの本も見られないと思って出しっぱなしだったのかな……
美希の言うようにボク達の為に用意してくれるんだったら嬉しいけど……
でもよくよく考えるとプロデューサーに100%恋人が居ないとも思えないよなぁ。優しいし、美人だし……うーん)
(プロデューサーさん、ミキ達に内緒で作ってビックリさせようとしてるのかも。だからミキも知らん顔してよーと、あはっ)
 片や思い詰める顔、片やニコニコ笑顔の二人を見て、プロデューサーは眉を潜めた。
「……ねえ、二人とも聞いてる?」
「えっ、あ、えっと、はい」
「きっ、聞いてるよ」
「じゃあ15時からは何処で収録が有るか言ってみて」
「えっと、プチTVですよね」
 ミキもうんうんと頷く。
「それは今向かってる所よ。……やっぱり聞いてないじゃない」
「うぅ……すみません」
「ふぅ、集合場所も間違える、話も聞かないじゃ困るわよ。ランクAアイドルとしての自覚が足りないんじゃないかしら」
 返す言葉もない二人は、すっかりしょげてしまった。
「じゃあもう一度最初から言うから、ちゃんと聞くのよ……ちゃんと仕事をこなせたら、その内ご褒美上げるからね」
(ご褒美? ってことは)
「えっ! ご褒美? じゃあやっぱりチョ、むぐぅ……」
 喜ぶ美希の口を真が慌てて塞いで小声で注意した。
「駄目だよ美希、プロデューサーはボク達が本見たこと知らないんだから」
「ふぁふぁっふぁふぉ〜(わかったの〜)」
「何してるの? おかしな娘達ね」
 ふふふ、と微笑むプロデューサーの顔を見て、真と美希もすっかり上機嫌になっていた。
 しかし数日後、また真を悩ませる事態が起こるのであった 

 バレンタイン当日、事務所にて――

「ふぅ〜冬は寒いから、トイレが近くなって嫌だなぁ」
 真はいそいそと女性用トイレに入ったのだが、その時使用中の個室から声が聞こえた。
「うん、うん、分かってるってば。今日仕事が終わったら届けに行くから。今年は特に気合入れて作ったんだから期待してよね」
(この声、プロデューサー……だよね。届けに行く……気合入れて作った?)
「じゃあ切るね……えっ? あのねえ、今の私の状況分かって言ってるの? ……トイレよ、用を足してる最中なの! もう切るわよ」
(ず、随分砕けた口調だなぁ。相手は誰なんだろう?)
「んもぅ! 分かったわよ……大好きよ、愛してる……じゃあ、またね」
(ええぇ!?)
「まったく、ほんとデリカシーが無いんだから」
(……)
 真はショックで用を足すのも忘れ、ふらふらした足取りでトイレを後にした。

「ふ〜ん」
 真は美希にさっきあった話をしてみたが、美希の反応は意外にも素っ気無いものだった。
「ふ〜ん、って。驚かないの?」
「うん。だってミキ、プロデューサーさんのこと信じてるもん」
「信じるって……」
「プロデューサーさん前にね、『自分の大切な人達には平等の愛を与えたい』って言ってたの」
「あ……」
 真は数ヶ月前に同じような言葉を言われたことを瞬時に思い出した。
(『二人に平等の愛を与えられないのは、人として失格』……)
「ミキね、それってミキと真くんだけじゃなくて、765プロの皆だったり、プロデューサーさんの家族だったり、
ミキや真くんが知らない人だったり、みーんなまとめてってことだと思うの。
プロデューサーさん、超が付くくらい優しい人だし。怒ると怖いけど……」
 真はただ黙って美希の話を聞いている。
「だからきっと、その電話の人もプロデューサーさんの大切な人の一人なんだと思うな。
それにプロデューサーさん、ご褒美くれるって言ったけど、今日くれるとも、チョコだとも言ってないよ」
「そういえばそうだった。ボク、てっきり……」
 真は自分の早とちりに頭を掻き、感心した目で美希を見つめた。
「でも意外だなぁ、ミキの事だから、『ミキという者が居ながらー』とか、『そんなの、絶対や!』 とかって言うと思ったのに」
「むぅ〜酷いよ真くん。でも半年くらい前のミキなら、多分言ってたかも」
「ははは」
 笑い合う二人、真もすっかり気を取り戻したようだ。

 結局、当日はプロデューサーからのご褒美は無く、真と美希はファンから贈られて来たチョコを数点選び家路に着いた。 

 次の日、仕事が終わり帰ろうとした二人を、プロデューサーが呼び止めた。
「二人ともまだ時間ある? 応接室で待ってて欲しいのだけど」
「はい、大丈夫ですけど」
「ミキもいいよ」
「それじゃあ、申し訳ないけど三人分の飲み物と食器を用意して置いてもらえる?」
「えっ!? それって」
「わかったの! プロデューサーさんはコーヒー、ブラックだよね? 真くん、早く行こ」
 二人は期待に胸を躍らせ(美希は文字通り)ながら、せっせと準備に取り掛かった。

 そして待つ事数分――

「お待ちどおさま。準備ありがとう」
 プロデューサーが箱を抱えてやって来た。

 ドキドキドキドキ――
 二人の周囲にはワクテカなオーラが!

「本当は昨日食べさせて上げたかったのだけど、先約が居たから。御免なさいね」
「それって、昨日電話で話してた……」
「えっ? な、何で真が知ってるの」
「あの、丁度入った時に声が聞こえたんで、そのまま」
「やだ、恥ずかしい……まさか、最後まで聞いてたの?」
「はい……」
「んーーーっっ!!」
 プロデューサーは恥ずかしさで耳まで真っ赤に染まってしまった。
「んもぅ、居るなら居るって言いなさい! あぁ、恥ずかしい。やっぱり言うんじゃなかった……
勘違いされると困るから教えるけど、電話の相手は兄よ」
「え?」
「兄さん。私のね。困った事に、その、シスコンなのよ」
「シ、シスコン!?」
 そしてプロデューサーは愚痴るかのように兄のシスコンぶりをこと細やかに語った、
それはそれは凄惨たる内容で、真と美希も退いてしまう程であった。
「まあ、そんな兄さんでも、たった一人の兄さんだからね……」
 ふふっ、と優しげな表情で微笑むプロデューサーを見て、美希は複雑な顔をして。
「ミキに新しいライバル出現! って感じなの」
「兄さんは手強いわよ。あ、真なら力で捻じ伏せられるかも」
「ど、どういう意味ですか、プロデューサ〜」
「真くん、頑張って倒してね」
「無茶言うな〜!」
 三人は屈託のない笑顔で笑い合う、そしてプロデューサーがふと思い出したように。
「いけない、兄さんの話で盛り上がり過ぎたわ。今日のメインはあなた達だものね、淹れてくれたコーヒーが冷めちゃう前に頂かないと」
 二人が注目する中、プロデューサーが箱を開ける。そこには―― 

「わぁ、カワイイの〜」
「これ、ボクですよね? うわー嬉しいな〜」
 あの本に載っていたチョコレートケーキだった。
載っていた物と比べて装飾は少なかったが、その中で特に二人の目を引いたのが、
ケーキの上に乗っている真と美希を可愛らしくデフォルメしたマスコットだった。
「本当はもっと飾りたかったのよ。でも時間が無くてシンプルになっちゃったの、許してね」
「そんなの全然! ねぇ美希?」
「うん! 食べちゃうのが勿体無いくらいなの。このまま持って帰りたいなー」
「ありがと。でも作った側としては、食べて感想貰えた方が嬉しいわ」
 そう促したプロデューサーは二人が頷くのを確認して、ナイフで切り分けていく。
「はい、お待たせ」
「あれ、プロデューサーは食べないんですか?」
「ええ、二人に食べて欲しくて作ったんだから。想いを込めて、ね」
「へへっ……」
 プロデューサーはいつもさり気無くドキッとさせる発言をする事がある。真も美希も、それが堪らなく嬉しい。
「それじゃ、プロデューサーさんの想い、ミキのお腹に入れちゃうね」
「じゃあ、ボクも」
「どうぞ、召し上がれ」
「「いっただきまーす」」
 二人はケーキを口に含み――
「「美味しい!」」
「チョコがしっとりして濃厚で」
「スポンジがふわふわしてて、食べ応えがあるの!」
「ふふ、作った甲斐が有ったわ」
 喜ぶ二人に満足気に微笑むプロデューサーもコーヒーを口に運ぶ。
「でもこの【ミキ】、食べちゃうの勿体無いよー」
「ボクも。折角こんな可愛く作ってあるのに……」
「そんなに気に入ってくれたなら、その内また作ってあげるわ」
「ほんと!? じゃあ遠慮無く食べちゃうの」
 ガブッと美希は【ミキ】の頭にかぶりついた。
「うわぁ……頭から行くんだ」
「う〜ん、こっちも美味しいの!」
 そこには見るも無残に頭が吹っ飛んだSDミキの姿が!
「う……何か惨いな、ボクどうしよう」
「真って、鯛焼きとかも頭からか尻尾からか拘るタイプ?」
「いえ、そんな事は……って鯛焼きとコレじゃ拘りの度合いが違いますよ!」
「真くん、全部食べないとプロデューサーさんの想い、伝わらないって思うな」
 そう言われてしまっては、真も引き下がる訳も無く。
「食べるよ、食べますとも! ……じゃあ、足から」
((やっぱり、拘るんだ……))
 心の中でツッコミがシンクロする、美希とプロデューサーだった。 

 そして――

「「ごちそう様でした」」
「はい、お粗末様」
 綺麗さっぱり食べ終わった頃には、時計の針が9時を回ろうとしていた。
「あら!? いけない、もうこんな時間。後片付けは私がやるから、二人は帰りなさい」
 食器をまとめて席を立ち、プロデューサーは部屋を出て行った。

 残された二人はしばらく黙ったまま余韻に浸る。アイドルランクが上がるに連れて仕事の話は多くなるが、
ゆっくりプライベートを話す時間など無くなってしまっていたからだ。
特に今日はプロデューサーの家族の事が聞けて、面白かったという事もある。
 おもむろに真が口を開いた。
「……帰らないの、美希?」
「真くんは?」
「うーん、なんか帰りたくない、というよりプロデューサーと居たい、かな」
「ミキも同じ」
「そっか……よし!」
 真は携帯を取り出し、どこかへ電話を掛けた。
 
 その頃、洗い場では――

「君まで届きたい、裸足のままで〜♪ 坂道続いても諦めたりしない♪」
 プロデューサーがリリースしたばかりの新曲【shiny smile】を口ずさみながら、上機嫌で食器を拭いていた。
彼女もまた、二人との時間を大いに楽しんでいたからだ。
「いつだってピカピカでいたい 私 shi」
「あの、プロデューサー」
「nyヒイィィーーッ!?」
 突然背後から声を掛けられ、驚いた拍子に素っ頓狂な悲鳴をあげ、手に持っていた食器を――ガチャンッ!!――落とした。
「ああぁ……お気に入りのカップが……」
「ご、ごめんなさいっ!」

 プロデューサーは、割れたお気に入りのカップを名残惜しそうに回収して処理した後、自分を驚かした犯人達と対峙する。
「で、まだ残ってたのはどう言う事? 私を驚かしたかった訳じゃ無いんでしょう?」
 真は罪悪感を感じ言い辛そうにしていたので、代わりに美希が説明を始めた。
「あのね、ミキ達今日は帰らない事にしたの」
「帰らないって、家の人には? 心配するでしょう」
「あ、それなら平気だよ、プロデューサーさんの家に泊まるってもう電話したから。パパ達もね、それなら心配無いって」
「ちょっと、勝手に……」
「ボク達、プロデューサーともっと居たいんです。今日だけでも良いんで、お願いします」
「……明日も早いんだから、帰ってもすぐ寝るだけよ? それに、そんなに広くないからね」
 やれやれ、と溜息を吐きながらも二人のお願いを承諾した。二人は喜び勇んで彼女に抱きつく。

 プロデューサーが車のエンジンを入れ、アクセルペダルを踏む。
車はゆっくりと進んで行くが、真と美希、既に二人の心はアクセル全開だった。
「それじゃあ、プロデューサーの家へレッツゴー!」
「ゴーー!」
「こら、はしゃぎ過ぎ」 

 ネオン煌めく夜の街中を車は走る。
すっかり見慣れたであろうこの光も、今日はまるで三人を祝福する光のようだった。

 

 その後――真と美希が更なるご褒美を貰ったとか貰わなかったとか、それは想像にお任せしましょう。


 おしまい 



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