無題

作:名無し

古ぼけたビデオケース。
押入の中で、もう10年もホコリを被っていた。
10年分のホコリをはらい、ケースからビデオテープを取り出す。
同じように押入から引っ張り出したビデオデッキに、それを流し込んだ。



フタカタ


私、双海真美は23才になっていた。
あれほど充実していた学生生活は、文字通り嵐のように過ぎ去り、
今はどこにでもいる社会人だ。
色づいていた学生時代とはうってかわり、実家から店までの往復生活。
勤務時間が短い事が救いか、これで自由時間があと少しでも削れていたら、
我が儘な私は到底我慢ならなかった事だろう。
成人しても至って健康的な子供である。

そんな退屈でありそれとなく充実している社会人生活に、
一通の手紙が舞い込んだ。
差出人に見覚えはない、だが宛先は間違いなく私だ。
手紙の内容は、まるで久しく会っていない友人に出すようなものだった。
当たり障りのない挨拶から始まる、なんの特徴もない内容。
しかし手紙の締めくくりには、
『来週の土曜にもよぎのホールで待ってる』
と書いてあった。
その下には、とってつけたかのように、大事な話だから、とも。

普段なら、こんな理解に苦しむ手紙は無視してしまっていただろう。
しかしこの手紙には、私と関わりのある人間でしか知り得ない情報が含まれていた。
そして何より、呼び出された場所に、私は一つの予感を覚えたのだ。


翌週、私はもよぎのホールに来ていた。
問題の差出人に会う為だ。
その人はホールの正面玄関に立っていた。
ここのイベント施設は周りが大きい公園となっている、
会場は公園の端の方にある為、一通りも少なく、相手を見つける事は容易かった。
「おーい」
当然相手からも私の事はよく見える。
私を確認すると、その人はだらしなく手を挙げ、ここだと合図した。

私の予感は的中した。
手紙の差出人は古い古い仕事仲間だ。
「ご無沙汰しております」
「え?あ、ああ…久しぶり」
「どうかしましたか?」
「あぁいや…ノリが変わったなぁと」
プロデューサーと呼ばれていた人。
かつて、ソロユニット『ツインクルスター』として私を売り出した人だ。
名前を知らないのも無理はない、あの頃は『兄ちゃん』と呼んでいたのだから。
「私どれだけ子供のままなんですか」
「いやいやいや、再会って事で昔みたいにならないかなぁとか色々思っていたわけでだな」
いくつになっても可愛げのある男である。

私達は、公園の中にある飲食店で暫く話し込んだ。
今のこと、昔の事、つもるだけつもったこの長い空白を埋めるように。

ツインクルスターは、実は私一人のユニットではない。
私の双子の双海亜美と共同で活動していたユニットだった。
といっても、公には双海亜美一人として売っている為、私という存在は知られてはならなかった。
アイドル活動は、この人に言わせれば大成功だったそうだ。
私は、そうなる前にユニットから外れてしまったが…。

些細な事で喧嘩するのが子供の特権である。
あの時も、ライブにどちらが立つかという問題で二人は揉めた。
勿論最初に絡んだのは私だ。
前日に私の好きな歌手に会ってしまい、次のライブは絶対に歌ってやると意気込んだのが原因だったと思う。
結果、ライブにはスケジュール通り亜美が立った。
その日から、二人の仲は次第に悪くなり、
いや…私が一方的に悪くしていたのだった。
そして結局、私は自らユニットから降り…、
ツインクルスターが爆発的に売れる、そのほんの一週間前に、私はただの小学生に戻ったのだ。

あれから10年、時が立つのは早いとはよく言ったものだ。
私のような若造が言う台詞ではないが 

私は、ホールに行かないか、というプロデューサーの頼みを聞き、
ここ懐かしのもよぎのホールの舞台前にいる。
「懐かしいなぁ…ここ、お前達の地元って事でさ、初めてのライブやったんだよな」
舞台を眺めて、プロデューサーは言う。
私はそれに習うように、ただ舞台を見つめていた。
古い傷跡をなぞるその行為は、10年という空白があったからこそ出来るものだった。
それを察したのか、初めからそれが目的だったのか、
プロデューサーは暫しの沈黙の後、口を開いた。

「なぁ、もう吹っ切れたのか?」
「………」
「早くしないと時効になるぞ、自分で踏ん切りつけたいんだろ?」
私は答える言葉がなかった。

私の片割れであり、最愛の妹だった双海亜美は、
ツインクルスター引退ライブの帰り、その人生をも活動を停止した。
軽い車との接触だったそうだ。
しかし当たり所が悪かった。
亜美は、引退ライブに出かけたまま、もう二度と私の元に帰る事はなかった。

そして、私が亜美と仲直りする機会も、もう訪れる事はなくなった。
亜美のようにまっさらになれない私は、あの時の喧嘩をいつまでも引きずっていたのだ。
その時も、引退ライブの日も亜美の事を嫌っていた。
生中継のライブも見ないで、私はお笑い番組を見ていた。
当の亜美は、その性格らしく私の事など初めから怒ってすらいなくて、
何を言われても反応しない私に、懸命に話しかけて、謝って。
謝るのは私の方だというのに。
あの時の、涙で歪む顔を必死に抑えようとしてる亜美の表情は、未だに忘れられない。

「…あいつの為に何かしろって言ってんじゃないさ」
「お前が引きずってんじゃないかって心配でな
 それに、もうチャンスはこれが最後かも知れないぞ」
それだけ言うと、プロデューサーは、すまんが仕事押してるからまたな、と足早にその場を立ち去った。
気遣いなのか、スケジュールを割いてまで付き合ってくれたのかはわからないが、
そんな慌ただしいところが昔と変わらずにいてくれた事に、私は少しだけ嬉しさを覚えた。 

家に帰ると、プロデューサーの会話で思い出したとあるものを探した。
古ぼけたビデオケース。
押入の中で、もう10年もホコリを被っていた。
10年分のホコリをはらい、ケースからビデオテープを取り出す。
同じように押入から引っ張り出したビデオデッキに、それを流し込んだ。

このビデオは、双海亜美が引退ライブの直前に、私宛の楽屋コメントを収録したものだ。
その後にはライブの映像まで収録されている。
事故が起こる、ほんの数時間前の映像だ。
これが私に送られてきたのは、事故から数ヶ月後の事。
それを今まで、私はずっと逃げてきたのだ。
いなくなってから気付く事、
私はこんなにも亜美の事が好きで、愛していて、
本当はすぐにでも仲直りしたくて、一緒のアイドル活動が何よりも楽しくて、
そして、それを今まで逃げ続けていた事。
プロデューサーが言っていた、チャンスはこれが最後というのも、なんとなく理解出来た。
これから忙しくなる生活、きっと今日言われなければ、私は次第に逃げている事すら忘れていただろう。
プロデューサーには頭が上がらない。

再生ボタンを押す。
テープがゆっくりと回り始める。

『はろーん!亜美でーす!
 んっと…んーとっ!今はラストライブ前ですっ!
 本番まで@10分!もうめっちゃドキドキしてるー!
 もうねーっ、なんたってラストだよーっ?
 これ失敗したら亜美どんだけ怒られんのーっ?
 びえーんってガクブルしてるよう!
 
 んでもね、亜美頑張っちゃうからねっ!
 今日は兄ちゃん姉ちゃんの為のライブなんだけどぉぉー
 亜美、やっぱ真美の為に歌いたい!
 亜美ね、アイドルやめよっかなって思うの
 だって一人でやってもつまんないもん
 亜美はアイドルがやりたいんじゃないんだよっ
 真美と一緒だからやりたかったんだって思うのっ
 だから、今日は真美の為に歌いますっ!
 真美は…そんな気分じゃないかも知んないけどっ
 でも真美の為だからね!もう決まり!
 そんじゃ頑張ってきむぁすっ!』

そこにいたのは、私が知ってるままの亜美だった。
姿はうり二つで、でも私より明るくて、あっけらかんで…、
何も考えてないように見えて本当は誰よりも優しくて、
いつも頑張ってばっかりで、楽しい事が大好きで。

そんな亜美を、わたしは10年間も無視し続けてきた。
これはさすがの亜美も許してくれないかもね。
でも、もう私には、謝る相手も、謝るタイミングもない。
悔やんでいても仕方ない、だからってもう逃げたりはしない。
全て、抱きしめていこう。
彼女は彼女の道へ。
私は、未来へ。




『みんなー!今までめっちゃ楽しかったよねー!
 でも次の曲でホントにバイバイ!』

『ラストソングは!超々々大ヒット曲!』

  『ポジティブーっ!』 




上へ

inserted by FC2 system