てのひら

作:名無し

「千早、オーディション合格だ!良くやったな!」

 そう言うとプロデューサーは、私の頭にポンと、てのひらを乗せて来ました。
最初は、そんな風に頭を撫でられるといった、子供じみた扱いを人前でされるのが恥ずかしくて、
すぐに払いのけたりしていました。
それでもプロデューサーは、それを気にするでもなく、そのうちオーディションの合否に関わらず、
頭を撫でてくれる事に気付き、やがて、それが私の頑張りを、プロデューサーが認めてくれた証で、
そしてなにより、私がそうされる事がイヤじゃない、むしろそうされる事を望んでいるとわかった時
私にとって、プロデューサーは………。 


「お〜い、千早。うちに着いたぞ、起きろ〜。」
「う…うん!?はっ!す、すいません、プロデューサー。」
「ハハハ。居眠りするほど疲れてたんだな。今回のオーディションは、結構難関だったしな。
緊張が緩んだら、疲れもドッと出たんだろう。
それより、最近はちゃんと食ってるか?お前や雪歩は、春香や真に比べて食が細いからな。」
「はい、それはもう。でも言わせてもらえば、真はともかく春香は、消費と摂取のバランスが…
その、平たく言えば、食べ過ぎです。」

「そうだな。真のほうは、まだ体を動かすのが好きだからいいとして、問題は春香の甘い物のほうか。」
「そうですね。本人もお菓子は作るのも、食べるのも大好きって言ってますから。」
「何だか作ってる最中に、味見とか言って、結構つまんでそうだなぁ。」
「じゃあ、今度春香に、甘い物を食べ過ぎないように、プロデューサーが言ってたって
伝えておきます。」
「おいおい(笑)なるべく穏便にな。そうじゃないと春香のテンションが落ちたって、
あいつのプロデューサーに怒られちまう。」
「うふふ、善処します。それじゃプロデューサー、お疲れ様でした。」
「お疲れ!疲れが残らないよう、今日はゆっくり休んどけよ。じゃあ!」

 こうして、私は自宅前でプロデューサーと別れた後、家の中に入りました。
するとリビングには、珍しく2人揃った両親の姿があったのです。 


「千早!こんな時間まで、いったい何処に行ってたんだ!」

 珍しく一緒にいた両親ですが、たまたまそこに居合わせただけのようで、会話をしていた様子もなく
そこには何とも言えない、冷えた雰囲気が漂っていました。
さらに、たまに早く帰って来た父でしたが、どうやらアルコールが入っているようで、ビールを手に
赤い顔をして、頭ごなしに怒鳴りつける父に、嫌悪感を感じた私は、ついそっけなく返事を返してしまいました。

「今日は、仕事だったんです。」
「仕事だぁ!?仕事と言えば、何時だって許されるのか?第一、あんなチャラチャラした歌を歌って仕事だと!?」

「あなたに…何がわかるんです……。」

 それは、思わず口から出てしまった言葉でした。私が常に真剣に向き合っている歌を侮辱…いえ、
私自身を頭ごなしに否定された気がして、気が付くと私は父をにらみ付けていました。

「な、何だ、その顔は。」

 と、お互いにらみ合う私たちの間に、ウンザリした表情の母が割り込んで来ました。

「もう!あなたも千早も、いいかげんになさい!
千早はもう部屋に行ってなさい。あなたも飲み過ぎです。さっさと切り上げてお風呂にでも入って下さい。」
「何だと!だいたいお前が仕事にかこつけて、千早のしつけをだな……。」
「何ですか!仕事、仕事って、家庭を顧みないのは、どっちなんです!」

 こうなると、いつもの繰り返しです。お互い相手のあげ足を取り、自分の正当性を主張するだけで
相手の言うことなんて、聞く耳を持ちません。そして2人とも、きっかけを作った私がすでに
その場から立ち去った事すら気付かないほど、言い争いに夢中になっているかのようでした。

 私は自室で、ヘッドフォンを付けると目を閉じて、CDの楽曲に一生懸命耳を傾けようとしていました。
そして、いつの間にか眠りに落ち、私は夢をみていたのです。 


「ちーちゃん。お歌うたって。」
「いいよ。じゃあ、一緒に歌おうか!?」
「うん!うたう!」

 夢の中で、幼い頃の私は弟と一緒に、我が家のリビングで歌を歌っていました。
そして傍らでは、父が嬉しそうに目を細めて、私達の様子を見ていました。

「みんな、ご飯よ〜。」
「わ〜い!ご飯だ!」

 母の声に、一目散にキッチンに駆けていく弟を見ていると、急に大きなてのひらが
私の頭の上に乗せられました。

「千早はえらいぞ。いつもちゃんと、弟の面倒を見てくれてるんだな。」

 見上げると、そこには父の優しい笑顔があり、それを見た私もニッコリと笑い返していました…。


 ここで私は目覚め、現実へと引き戻されてしまいました。
夢の中の弟は、あの日の姿のままでしたが、あの夢の中の幸せな光景が、現実にあったものだったのか、
今の私には思い出す事すら出来ません。
私は、ノロノロとベッドから起き上がると、お風呂に入る準備を始めました。
頬に残る涙の後を、一刻も早く洗い流したいから。 


 翌日のレッスンで、私は1曲歌い終えるまでに、何度も中断を余儀なくされていました。
原因は、言うまでもなく昨夜の夢です。夢の中で父に頭を撫でられた感触が、
どういうわけかプロデューサーのそれと一緒になり、それが、ずっと私の心を揺らし続けていたのです。
私が歌っている最中、プロデューサーはずっと私の方を見つめていました。
しかし、私はその視線を受け止める事が出来ず、ずっと楽譜を見つめるふりをして、
その視線をごまかし続けるしかありませんでした。。

 やがてレッスンは、これといった成果も出せないまま時間切れとなり、私は1人でロッカールームへ引き上げて行きました。
着替えを終え、ロッカールームから出ると、そこにプロデューサーが待ってくれていたのです。

「プロデューサー…。今日は、すいませんでした…。」
「まぁ、そんな時もあるさ。そんなに落ち込むなよ。早いこと気持ちを切り替えて、明日は今日の分も頑張ろう。」

 そう言うと、プロデューサーはいつものように、私の頭に向けて、手を伸ばして来ました。

その瞬間、私の脳裏に、昨夜の夢のシーンが、さらに、帰宅直後の父との諍いが、あの、私をにらんだ
父の視線が、蘇って来たのです。

「イヤッ!!」

 パァン!という音と共に、気が付くと私はプロデューサーの手を、思いっきり払いのけていました。
一瞬、私は自分のした事が何なのか、理解出来ませんでした。が、動悸に合わせてジンジンと響く手の痛みが
自分のやってしまった事の重大さを訴えています。
再び、頭の中が真っ白になった私は、プロデューサーを置き去りにしたまま、その場から逃げ出してしまいました。 


「ハァッ!ハァッ!!……」

 息が上がるほど走り続けた末に、私は人気の無い公園のベンチに座っていました。

(取り返しの付かない事をやってしまった…。)

 私の頭の中は、そのひと言で一杯でした。
こともあろうに、あの父とプロデューサーを混同し、混乱した挙げ句、
最悪の手段でプロデューサーを拒否してしまうなんて…。
とっくに私の中では、終わってしまったと思い込んでいた父との関係…。でも、あんな夢を見るという事は
どこかで、私はまだ父との修復を…、夢のような優しかった父を、求めていたのでしょうか!?
そんな私自身の不甲斐なさと、プロデューサーへの自責の念が、次々と沸いて来て、
早くプロデューサーの元へ、謝りに行かねばと思いながらも、私はその場で俯いたまま、
一歩も動くことが出来ないでいました。

フワリ

 突然、私の体は暖かい何かに包まれまていました。
慌てて振り向くと、そこにはワイシャツ1枚のプロデューサーの姿が…。
私を包む暖かい何かとは、プロデューサーの背広だったのです。

「プロデューサー…。」

そうつぶやいたきり、私には次の言葉が出てきません。しばしの沈黙の後、先に言葉を発したのは
プロデューサーのほうでした。

「う〜、さみぃ!ともかくクルマに行こう!」

 そう言うと、プロデューサーは私をベンチから立ち上がらせ、そのままそっと背を押すと、
駐車場のある方向へ、小走りで駆け出しました。
私も促されるままに駆け出し、そのまま停めてあったクルマに飛び込んだのです。 


 同様にクルマに乗り込んだプロデューサーは、すぐさまエンジンを掛けると、私の方を向いてこう言いました。

「カイロ代わりに、ポケットに缶コーヒー入れておいたから、ヒーターが効くまで、それでも持ってろよ。」

 そう言われて、私はまだ背広を羽織ったままでいた事に気付きました。
あわてて脱ごうとするそれを、プロデューサーは押しとどめると、缶コーヒーだけを受け取り
私も同じように缶コーヒーを取り出すと、両方のてのひらで包むようにして、しばらくそれで暖を取っていました。

 やがて、ヒーターが効き始めると、プロデューサーは、いつの間にプルトップを開けたのか、
車内にコーヒーの香りが満ちていました。

「千早は、飲まないのか!?」
「あ、は、はい!」

 私は慌てて自分の分を開けると、コーヒーを一口…。その瞬間、甘ったるい砂糖とミルクが
口いっぱいに広がったのです。

「う…む、むぐ…」

ブラック派の私が、普段なら絶対口にしない、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲み込むのに
目を白黒させているのを、横目で見ていたプロデューサーはニヤリと笑うと、

「美味いか!?とは言え…、お前がどっちを取るか、ある意味賭けだったからな。
おかげでオレの分も、砂糖とミルク入りだ!チクショ〜(笑)」

 そう言うと、手にした缶コーヒーを目の高さまで持ち上げ、一気に飲み干してしまいました。
私は、まんまと引っ掛けられた以前に、レッスン後の出来事について一切触れようとしない
プロデューサーの態度に、唖然としていましたが、私同様にブラック派のプロデューサーが、不味いコーヒーを
飲み干す様が可笑しくて、気が付くと2人して、声を上げて笑い合っていました。 


 やがて、お互いの笑い声が収まった頃、ポツリとプロデューサーがこう言いました。

「どうだ?もう気が晴れたか!?」

 そう言われて、私はついさっきまであんなに悔やんでいた事を、すっかり忘れていた自分に気付きました。

「はい…あの、プロデューサー、先ほどはすいませんでした。」
「それは、レッスンの事か?それとも、オレの手をぶん殴って行った事のほうか?」
「あ、あの…、両方…です。」
「レッスンなら、ロッカーの外で言ったろ。今日の分は明日頑張れって。オレの手のほうは、まぁ、アレだ。
オレ自身はそんな気は無かったんだが、千早が嫌がってたなら、こっちのほうこそ謝るよ。
考えたら、セクハラっぽいもんな。千早、すまなかったな。」

「ち、違います!!」

 思わず私は、大声を出して否定していました。

「な、何だ!?」
「す、すいません。で、でもあの…ち、違うんです。私…全然イヤなんかじゃ……。」

最初の大声とはうって変わった、消え入りそうな私の声は、突然頭の上に乗せられた
プロデューサーのてのひらに遮られてしまいました。

「そうか…。なら、これからもオレは、こうやってもいいんだな!?」
「は、はいっ!これからもお願いします!」

 グリグリと乱暴に頭を撫でられる感触に、くすぐったさを感じながら、私は思わずそう答えていました。

「よ〜し!そうと決まったら、千早!これから食事に行くぞ!」
「は、はいっ!」

 そう言ってプロデューサーは、クルマを発進させました。
そして、その道すがら、私は気になっていた事を口にしていました。 


「プロデューサー、あの、今日の不調の理由は、聞かないんですか?」
「ん〜、まぁ何となく察しは付くんだが、言いたくないのに、無理に聞き出してもなぁ。
まぁ、これから言う事は、オレが想像した上での独り言だ。
失った者への想いは、失いたくない者への想いってのと同じって事だろ。
どちらも、大切に思っている事に違いはないからな。なら、相手がどうだろうと、
千早はそれに対して、まっすぐに向き合っていけばいい。
もし、辛い事があったら、オレに言え。無条件でグリグリやってやるから。」

「は、はいっ!さっき撫でてくれたんで、良くわかりました。やっぱりプロデューサーは、プロデューサーです!」
「何だ、それ?…まぁ、いいか!?今日は特別な日だからな。ややこしいのは後回しだ。」

「あ、あの、特別って、この後の食事と関係あるんですか?」
「おいおい、オトボケも度が過ぎるとだな…。待てよ、お前ひょっとして、自覚してないとか?」
「わ、私の事だったんですか!?す、すいません!」
「お前…相当テンパってたんだな。まぁいい、その背広の内ポケット見てみな。」

 言われるままに私が内ポケットに手を入れると、そこには、何やら細長い箱のようなものが入っていました。
そっと取り出して見てみると、それは小さなリボンの付いた、まるでプレゼントのような
キレイなラッピングの施された箱でした。 


「これって、プレゼント?」
「あぁ。本当は食事の席で渡すつもりだったんだがな。千早、誕生日おめでとう。」

「あ………。」

 私はそう言ったきり、すっかり落ち込んでしまいました。
よりによって、自分の誕生日を忘れるなんて…。俯いたままの私を心配したプロデューサーが
何かと声を掛けてくれましたが、私はしばらく喋る事さえ出来ませんでした。

「お、おい!どうしたんだ千早。うれし涙なら、もうちょっとガマンしろ。
もう少しでレストランに着くから。なっ!」
「くっ!…。うれし涙じゃありません、悔し涙です。よりによって、自分の誕生日を忘れるなんて…。
穴が…穴があったら、入りたい気分ですっ!!」
「そりゃ、別の誰かのセリフだ。おい千早、泣くな!泣くなって〜!!」

 その後のプロデューサーの必死の説得の甲斐もあり、何とか平常心を取り戻した私は、
無事レストランで誕生日を祝ってもらいました。

 そしてその夜、自宅で私はクルマの中での、プロデューサーの言葉を思い返していました。
私は、不器用な人間です。歌に対してまっすぐなように、生き方に小細工は出来ません。
そんな私だからこそ、夢の中の出来事を無かった事にしようとして、逆に動揺してしまったのです。
それは、弟を失ってからの両親に対して拗ねていた、情けない心の弱さだったのでしょう。
あの幸せな光景は、本当にあった事です。プロデューサーによって、優しかった頃の両親も認められる
勇気を貰った今、私の歩む道は決まりました。

「でも、貰ったのは勇気だけじゃ無い…かな!?ウフフ。」

 私は、部屋の片隅にある小さなドレッサーに目をやりました。
そこの引き出しには、あの細長い箱が…。さらにその中には……。

「おはよう!父さん、母さん。」

 翌朝、渋い顔のまま食卓を囲んでいた両親に、精一杯の笑顔で挨拶をすると、
2人とも、目を丸くしてキョトンとしていました。
そんな両親が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまいました。

それは私が、久し振りに我が家で見せた、飛びっきりの笑顔でした。

おしまい。 




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