恋せよ、オトメ

作:となめし

「緊張してるか?」
プロデューサーが私に優しく話し掛ける。
「緊張、してません」
と言いながら、私はオーディションで歌うrelationsの歌詞を何度も確認していた。
その姿を見てプロデューサーはぷっ、と笑った。 
「歌詞、練習でも間違ったことないだろ?」
「くっ……」
「最後のオーディションだもんな。素直に緊張してるって言ってもいいんだぞ?」
プロデューサーの大きな手が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「プロデューサー……せっかくセットしてあるのであんまり触らないでください」
「あ……すまん」
ホントはもっと撫でてもらいたかったけど、素直じゃない私は恥ずかしくてそれを拒んだ。



両親の仲があまりよろしくないせいか、私はあまり人を頼らなくなった。
それに周りが気付いたのか……私は友達と呼べる存在も少なくなってしまった。
だけど小さい頃から好きだった音楽は私を裏切らなかった。
だから、もっと音楽と一緒に居たくて『アイドル』を目指した。
そして今、私は『アイドル』と呼ばれてる。
自分の音楽を他人に聞いてもらえるということにすごく嬉しさを感じる。

「No5,如月千早です」

今こうしてステージに立って、審査員を目の前に歌えるのも、私にとってはすごく嬉しいこと。

「曲はrelationsです」

でもそれは、

このプロデューサーがいたから。

「初めまして。今日から君のプロデューサーになった者だ。
あぁ、っと。つまりデビューが決まったんだ。おめでとう!これから一緒に頑張ろう!」
すっと私に差し出された手。
おずおずと私が差し出した手。
それらが触れ合ったときのこと、私は忘れない。 

その瞬間から今日まで、プロデュースしてくれたことに言葉も無いほど感謝している。

そして、その感謝の気持ちは

いつしか、恋になっていた。


『壊れるくらいに愛して』


relationsにのせて、私を袖から見守っている人に……届け、コノオモイ。 



オーディションは勿論、合格だった。
「よかったな、千早。これで有終の美を飾れるな」
「えぇ、少しホッとしました」
事務所へ帰る車内。その雰囲気はまるでいつものそれと同じ。
「あの、プロデューサー」
「ん?どした?」
「私は今回の番組出演の後、どうなるんでしょうか?」
プロデューサーがギアチェンジをしながら少し困ったように笑う。
「まだ社長と話し合いの途中なんだがな……今一番有力なのは、ユニットを組んで再デビューって方向なんだ」
「そう……ですか」
「すまないな、千早も話し合いに参加させてやりたいんだが……」
「いえ、気にしないでください。プロデューサーのこと、信頼してますから」 

「ん、わかった」
それっきりプロデューサーは黙ってしまった。ちらりと横顔を盗み見ると、いつもなにかを考えている時の表情になっていた。

もう、この横顔を見ることも出来なくなる。
こうした二人の時間も無くなる。
プロデューサーを、独り占め、できなくなる。

「プロデューサー、ちょっといいですか?」

もう、我慢できない。

「私、プロデューサーのことが」

届け、コノオモイ。

「好き、です」



私とプロデューサーは、社長にオーディションの結果を伝えて今日は解散となった。
結局、プロデューサーからの返事はなかった。というより私が聞かなかっただけ。
すぐに私は帰り支度をして事務所を飛び出したから。
うん、気持ちを落ち着かせるために、家まで歩いて帰ろう。
そう決めて私は歩き始めた。

夜風が火照った身体と心を優しく撫でる。
最後のステージ前なのに……私は何をしているのだろう。
こんな動揺したまま収録の日を迎えてしまうのだろうか? 

……そんなのは許されない。
それに、私自身が許さない。

私は踵を返し、事務所へ戻ることにした。
そして、プロデューサーに「レッスンしてください」って言おう。
恋は、その後でも、いいよね? 



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