小鳥Black

作:名無し

「これまで、トップアイドルとして、歌うために使ってきた時間……
これからは、あなたのためだけに、使っては、いけないですか?」

 ラストライブを終えた夜、あずささんは、オレにこう、告白してくれた。
そして1年間の活動を通じて、あずささんが、かけがいのない存在になっていた事に
オレ自身も気付いていた。

「そこまで思ってくれるなんて、光栄です。もし、オレで、よかったら」
「え!?ほんとうですか?」
「はい。これから、よろしくお願いします。その……プライベートの仲として」
「私、アイドルになって、本当によかったです。多くの人と楽しい時を過ごして、そして……
なによりも、ずっと探していた運命の人と、めぐり会えたのですから……。」

 それは、オレの人生の中で、オトコとして最高の瞬間だった。
こうして、あずささんはアイドル活動を終了し、オレたちの、仕事上でのパートナーの時間は終わった。
そして、オレたちはもっと価値のある時を、一緒に過ごす事になる。
ふたりの甘く永い時間を……。まさに今夜が2人の新しい第一歩となる……はずだった。 


Pi.Pi.Pi.…Pi.Pi.Pi.…Pi.Pi.Pi.…

 枕元で、目覚まし時計のアラームが鳴っている。
目をつむったまま、手探りでそれを止めようとするが、何故かいつもの場所にあるはずの
時計が見つからない。

 起きて探せばよいものを、意地になって目をつぶったまま、辺りをまさぐっていて、
オレはある事に気が付いた。

(ここって…… オレのベッドじゃなかったんだよな……。)

 あれからオレたちは、一緒にあずささんの部屋に向かい、2人きりでお祝いをした。
お互いに向き合って座り、よく冷えたシャンパンで乾杯をした後、それから……あれ!?……。
どうも、それから先の、1番肝心な部分が思い出せないのだが……。

 しかしまぁ、こうしてあずささんのベッドの中で、ハダカでいるという事は、
当然イタすべき事は、イタしたのだろう。
少々いいかげんだが、そ〜ゆ〜場合はこれから、アルコールは控えるようにしよう。
気が付くと、キッチンの方からうまそうな香りと共に、あずささんの楽しげな鼻歌が聞こえて来る。 

(何だかこれって、新婚みたいな気分だよなぁ。)

 オレは目覚ましのアラームの事をすっかり忘れ、これから始まるあずささんとの生活に想いをはせていた。
オレがすっかり妄想に浸っていたその時、ドアが開き、部屋の中に誰かが入って来た。

「あらあら〜。大変、どうしましょう〜。」

 その女性は、遮光カーテンをサッと開け、朝の光を部屋に入れると、そのままテキパキと、
部屋のあちこちに置かれた目覚まし時計を止めていく。
射し込む光が眩しいせいで、オレには、女性とだけしかわからないが、
この部屋にいる女性は、ただ1人のはずだ。
そして、最後の1つを止め終わると、その人はオレのほうに向き直り、ニッコリと微笑んだ。
ちょうど、朝日を背にする格好となり、ようやくオレにもその人の顔を見ることが出来る。

「お早うございます。プロデューサーさん。」
「こ、小鳥さん!?」

 なぜ小鳥さんが?しかもこの状況では、オレとあずささんの関係はバレバレではないか!?
しかしその時、オレは小鳥さんの存在よりも、もっと他の事に驚いていた。
先ほど、オレの口から発せられた声…。それは聞き慣れたオレ自身の声ではなく
全く知らない、女性のような声だったのだ。 


「お食事の用意、もうすぐ出来ますよ。それよりシャワーのほうを先にします?」
「えっ、あ、あの…。」
「あっ、そうですよね。そのままじゃ、ベッドから出られませんものね〜。」

 そう言われて、オレはやっと素肌に触れる上掛けの感触に、ハダカのままだった事を思い出した。
しかし、どうもいつもとは妙に感触が違う。特に胸の辺りが…。
おそるおそる、上掛けをめくったオレの目に飛び込んで来たモノ…。
それは推定90センチはあろうかという、豊満な女性の胸だった。

「キャアァァ!!」

 まさに絹を裂くとは、このような悲鳴なのだろうか?
オレは悲鳴を上げながら、上掛けで胸をしっかりと隠すようにして、身をすくめた。

「これはなかなか…。プロデューサーさん、初めてにしてはグッジョブ!ですよ。」
「な、な、何を言ってるんですか!?」

 すると、オレの悲鳴を聞きつけたのか、あずささんが寝室にやって来た。
ベッドの上でハダカの胸を隠したまま、怯えたような目で見つめる、オレの姿を見たあずささんは、
一瞬の間の後、赤く染まった頬に両手をやり、今にも叫び出しそうな表情になっていた。

 無理もない。1年余り一緒に活動を続け、しかも昨夜、運命の人として
愛を告白したその相手が、一夜明けたらオンナになってしまったとは。
しかし、その後あずささんから発せられたのは、意外な言葉だった。

「カ、カワイイ〜!可愛い過ぎます〜!!」 

 そう言うと、あずささんはオレに飛び付くと、思いっきり頬ずりをし始めた。
オレはてっきり悲鳴をあげられるものと思っていたが、その思いも寄らぬ行為とのギャップに
すっかり全身の力が抜けてしまい、しばらく、なすがままになっていた。

「あらあら、あずささん。プロデューサーさんがビックリしてますよ。
これから私が、きちんと説明しておきますから、あずささんはお料理の続きを、してて下さい。」
「ハ〜イ♪じゃ、プロデューサーさん、待ってて下さいね!」

 そう言うと、あずささんは再びキッチンの方へ戻って行った。それを目で追っていた小鳥さんは
こちらに目を向けると、ニコリと笑ってこう言った。

「ウフフ。やっぱりあずささんは暗示に掛かりやすいわ。」
「あ、暗示!?小鳥さん、あんたいったい…。」
「昨夜のシャンパンに、ちょこっと細工を…けど、ここでパニックになられても困るんじゃないですか?」

 小鳥さんは、さも当然というように、サラリと答えた。
そう言われれば、何となく覚えがある。2人でシャンパンを飲み干した直後、
急にめまいを感じたオレは、その場に崩れ落ちてしまった。
薄れゆく意識の中で、パニックに陥りながらも、必死でオレの名を呼び続けるあずささん。
その時、どちらかの携帯から、聞き覚えのある着信音が。あれは確か小鳥さんの…。 


 オレが昨夜のことを思い出していると、小鳥さんは、コホンと咳払いをした後
話の続きを喋り始めた。

「さてと…。プロデューサーさん、いけませんよ。担当アイドルに手を出しちゃ。
前もって、私が気付いていたから良かったものの…。」

「手を出すって、オレたちは真剣に…第一、あずささんは引退を決めた身ですよ。
もうアイドルとプロデューサーの間柄じゃ…。」
「う〜ん、でもねぇ。世間はそう見てくれるかしら?オマケに、そんな淫行アイドルの後に残された
他の765プロのアイドルやプロデューサーも、どんな目で見られるのかしら」
「い、淫行だなんて。オレたちはもう大人で、近いうちに籍も入れて、きちんとした…。」

「後付けの理由なんて、何とでも言えます。まぁ、ご本人たちはそれでも良いかもしれませんけど
同じ立場にいる女のコに、与える影響は見逃せません。
ほら、春香ちゃんや、千早ちゃんとか、担当プロデューサーと仲良いし…。
そう言えば美希ちゃんなんか、すごく積極的だし。
そうなったら大変、淫行の上に未成年が付いちゃうかも…。」
「う……、くっ……。」

 言われれば確かにそうだ。長い間苦楽を共にした2人なら、信頼が愛情へと昇華する可能性は高い。
かく言う、オレたちの場合がそうであったから。
こうしてオレは、次の言葉が継げなくなってしまった。 


 すると、小鳥さんはそれを待っていたかのように、ニコリいや、ニヤリと笑うと、こう話し始めた。

「まぁまぁ、落ち込まないで下さい。人の噂も七十五日、要するに忘れられちゃえばOKなんですから。」
「えっ!?」
「今のタイミングだと、プロデューサーさんの身分も何もかも、芸能レポーターにバラされちゃいます。
そうですね…このまま1年くらい間を置けば、後は自由です。結婚でも何でもやっちゃって下さい。」

「やっちゃってって…そ、そうだ!たとえ1年後でも、オンナ同士じゃ、結婚も無理じゃないですか!
いったいオレは……オレのカラダは……どうなって……。」

「あ〜!そうだ!肝心なことを言い忘れてましたね。
安心して下さい。プロデューサーさんのカラダは、ちゃんと元通りになりますから。」
「な、何ですって!?それはどうやったら…。」 


「ウフフ。実は私、アイドルやってた頃、大学にも通ってたんですよ。
大学では、中世ヨーロッパの歴史を専攻してましてね。
まぁ、結局アイドルのほうはダメになっちゃったんですけど、
その後、大学で面白いモノを見つけちゃいまして。」

「面白い…!?」
「黒魔術の本だったんですけど、すっかりハマっちゃいまして。
さらに、本物の方に教えていただく機会もありまして、今でもずっと勉強は続けているんですよ。」
「本物って…す、すると、オレのカラダは、黒魔術で…。」
「ええ。中世の魔女狩りの時には、これとは逆の男性化の術で、まんまと逃げおおせた魔女も
たくさんいたそうですよ。だから、そっちを使えば大丈夫ですって。」
「そ、それなら、今すぐ…」

 オレはこの際、小鳥さんを脅してでも、元に戻す術を掛けさせようと考えていた。
しかし、小鳥さんもそれを察したのか、急に他所の方を向くと、独り言のように喋り始めた。 


「私、アイドルを辞める時、酷い目に遭わされかけたんですよ。
まぁ、売れないアイドルの起死回生の手段なんて、そっち方面が多いじゃないですか。
しかも、本人の承諾無しにですよ。その時は今の社長が庇ってくれたおかげで、何も無かったんですけど……。
だけど、とっても怖くて、悔しかったんですよ。だからね、後から私を酷い目に遭わそうとした連中をね、
ウフ…ウフ…ウフフ……。」

 小鳥さんの口から漏れる、黒くて低い笑い声を前にして、オレは小鳥さんに潜む、得体の知れない何かに
心の底から恐怖を感じ、脅そうなんて気は、すっかり無くしてしまっていた。

「じゃ、じゃあ、1年後には、必ず元に戻してくれるんですね。」
「ハイ!それはもう。安心してて下さい。」
「そ、そうか…。で、でも、オレはこの先、どうやって生きていけば、オンナのカラダのままで……。」

「それなら、良い方法があるんですよ。あずささんに再デビューしてもらうんです。
で、プロデューサーさんも、女性プロデューサーとして、引き続き担当すれば、生活の方もOKだし
あずささんとも一緒にいられて、一石二鳥ですよ!」
「えっ!?な、何ですと〜!!」 


「そうそう!何ならこのまま一緒に暮らし始めちゃっても…。うん!そうね!プロデューサーさんは
あずささんから、女性としてのアレコレを手ほどきしてもらえるし、仕事の方は慣れたもんだし、
何より愛し合う者同士、息もピッタリだし!我ながらグッド・アイデアだわ!」

「こ、小鳥さん…。」

「どうせ2人は、一緒に暮らすはずだったんだし、新婚生活と思えば…あ、でも、エッチはちょっと無理かな!?
でもでも!女のコ同士でも、あんな事や、こんな事、あっ!ヤダ!スゴイ……。」

 先ほどまでの様子とはうって変わり、何やらアヤシイ妄想に浸り始めた小鳥さんは、
どこから見ても、普段のままの(?)よく知る小鳥さんに見えた。

「皆さ〜ん!朝ご飯の用意が出来ましたよ〜!
あら!?プロデューサーさん、まだハダカだったんですか?」
「えっ!?あっ!キャッ!……クシュン!!」

 話に夢中になりハダカであることを忘れ、オレたちを呼びに来たあずささんに指摘されるまで、
胸もあらわな格好でいたオレは、再び慌てて上掛けを巻き付けたが、その拍子にクシャミが出てしまった。 



「う〜ん!プロデューサーさん、再びグッジョブ!!」

 ウインクしながら片手の親指を立てる小鳥さんの横では、目を潤ませたあずささんが、
その身をプルプルと震わせていた。

「プロデューサーさんは、イケナイ人です…。
いきなりカワイクなったと思ったら、そんなにユ〜ワクして……
私もう、ガマン出来ません〜!!」

 そう言うと、あずささんはオレに飛びかかると、再びスリスリと頬ずりを始めた。

「わっ!ちょ!あ、あずささん!」

 あずささんにスリスリされながら、オレの頭の中には、あの曲の1フレーズが浮かんでいた。

♪もう伏目がちな昨日なんていらない 今日これから始まる私の伝説♪

私の伝説って、いったい何ですか〜!?

とりあえずは、おしまい。 








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