無題

作:RadCat

春の日差しがドアから差し込む。ビル屋上に出て千早の姿を探すと、それはフェンス近くにあった。近づきながら言う。
「如月、千早さん?」
無表情に顔を上げる。口は咀嚼をしていて、髪は耳にかけられている。飲み込んだところで返答が来た。
「はい、そうですが」
いぶかしむ顔、整っていて美しい。
「君の歌を聞かせて欲しい」
驚いたのか口が開く。口の形はセクシィで違う彼女を見せる。
「はい?……なぜ、歌う必要が?それに、貴方は誰ですか?」
「私は君のファンになる必要がある。だからだ」
不器用に顔をしかめて千早が追求する。
「答えになっていません。それに、後者の問いに答えていません」
わざと間を貯め、告げる。

「私は君のプロデューサーだから、君の歌を知らなくちゃならない」

箸が落ちる。
春風が吹き、彼女の髪が靡く。

「……いい風だ。吹かれた感じが懐かしい」

「本…当に?」

「ああ、本当だ」

「シュトゥルム・ウンド・ドラング、疾風怒濤の如く。過ぎ去りし青春を懐古する吾が心は、未だ過ぎ去らん者を救えと叫ぶ。
それは、何処より出で何処へ帰る。求むる心と求まぬ心に、死は宿る。その狭間に霧のように残りし物こそ麗しきものなり。
……即興詩だとしても、下手だな。ユーモアがない」

馬鹿みたいに詩的な男と、停滞した悲観主義者の少女。行く末にあるのは、辛苦かあるいはそれ以外か…… 



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