ある日の事務所

作:とらきち

ある街の裏通り。
首都圏直下型大地震が起きれば一発で倒壊しそうな雑居ビルの一室に、小さな芸能事務所が社屋を構えている。

その事務所――765プロダクションの主・高木順一朗はいま、一人の若者と対峙していた。
…といっても、彼は入社志望でもタレント志望でもない。
アポなしの飛び込み営業を試みているセールスマンのようだ。

その姿勢自体が社会人としてどうか、という話にもなりそうだが、それはこの際さておくとして…。
高木は、一方的にまくし立てるその若者の話がひと段落ついたのを見計らってこういった。
「…なるほどな、君の言うその商品に投資したら倍になるというわけだな」
「はい。倍どころではきかないこともございます。
『もう銀行に預けるのが馬鹿らしくなった』
 と皆さんおっしゃいますんで」
すると高木は
「よろしい。ではこうしよう。
 私が君に『個人的に』1000万融資してやろう。そのくらいなら都合できるんでな」
「…え!?」
 若者は一瞬、凍結した。
「その1000万で、君が『自分で』その先物投資をして、私に2000万にして返してくれんかね?」
「……」
「そんなに儲かるのなら、人に教えず自分でやってみたいとは思わんのかね?
 うまくいったら、半分――500万は成功報酬として君にやろう。それでどうかね?」
高木がそう尋ねると、若者はひきつった笑いを浮かべつつその場から去っていった。



「今回はうまくいったからいいんですけど、もしあそこで、あのセールスマンが社長の話に乗ってきたらどうするつもりだったんです?」

若者が去った後、高木は事務アルバイトの勝気な眼鏡少女から小半時お小言をいただく羽目になったのは秘密…。



(と、オチなく終わる) 

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