歌と公園と…

作:名無し

 夕暮れ時、事務所に戻るために歩いていた俺は事務所近くの公園の横を通りかかったとき、見慣れた姿を見つけた。
頭に燦然と輝く一対のリボン、赤いジャージ、俺の担当アイドルの1人天海春香である。
公園の外でも、彼女の歌声が聞こえる。
彼女はよく公園で歌を歌っている。どうも小さいころから公園で歌っていたため、今でも習慣みたいになっているらしい。
「よ、春香。」
「え?うううぁぁぁ!!」
…どうやらよほど真剣に歌っていたらしく、俺が近くにいることに気づいていなかったらしい。
「プ、プロデューサーさん、脅かさないでくださいよ…」
「いや、そんなつもりはなかったんだが…。春香、まだジャージ着たままだけど、
もう今日のレッスンは終わってるんじゃないのか?それに千早は?」
まだレッスン用のジャージを着たままの春香に聞く。
「千早ちゃんは事務所にもどってますよ。
今日のダンスレッスンで納得いかない所があるから自主レッスンするんだって。
私は…ちょっと公園で歌ってから事務所に戻ろうかなって。プロデューサーさんも今から事務所ですか?」
「おうさ。事務所に顔だして挨拶して今日の仕事は終わりだ。家の冷蔵庫の中で冷えたビールが俺を待っているんだ!」
家で待っている至福の時間を想像する。早く帰宅せねば。
「あはは、プロデューサーさんおじさんみたいですよ。」
「ちょ、春香、まだ俺は四捨五入すればまだハタチだぞ!おじさんはひどくないかって…春香なにかあったのか?」
明るい語調とはうらはらに春香の表情が暗いことに気づいたのだ。
「え、え?な、なにもありませんよ、なにも!」
露骨に狼狽してする春香。怪しすぎる。
「春香は嘘つくのが下手すぎだな。そんな風に否定されると誰でも何かあったんじゃないかって思うぞ。」
「……」
そう指摘すると黙りこむ春香。やっぱり何かあったのだろう。
プロデューサーとしては担当アイドルの悩みも知っておく必要があるが、どうやって聞き出したものやら…。
「とりあえず日も落ちてきたことだし、事務所に戻ろう。春香がいつまでも戻ってこないと千早や小鳥さんも心配するだろうし。」
そういい春香に背を向ける。
「…私、最近千早ちゃんの足を引っ張ってるんじゃないかって思うんです。
千早ちゃん1人のほうが今よりももっと歌の評価もあがるんじゃないかって…」
後ろで春香がそうこぼす。
「そうかな。俺はそうは思わないけど。これは担当プロデューサーとしての贔屓して言ってるんじゃないぞ?
実際こないだのオーディションでも、歌唱力を評価されて合格したわけだし。」
「でもそれは千早ちゃんが上手いからで、私は足を引っ張ってるだけじゃないのかって…」
俺は振り返って答える。 

「自虐的になるなんてらしくないぞ、春香。
オーディションの評価はお前たち二人のユニットの評価であって、どっち片方だけの評価じゃない。
二人揃ってこその評価だと俺は思っているが。」
「でも、でも私がんばっても、千早ちゃんみたいにうまく歌えないんです!
歌だけじゃなくてダンスだって全然下手なのに、千早ちゃんは自主レッスンがんばってるのに、私は…!」
普段見せない春香の剣幕に圧倒され、言葉がでない。
「…すいませんプロデューサーさん、大声だしちゃって。本当はわかってるんです。
千早ちゃんだってたくさん努力しているからうまく歌えるんだって。」
「私ここで歌ってたらなにか見つかるかもって思ったんです。でもなにも見つからなくって…。」
「なぁ春香、たしかに千早はうまい。それは千早が才能と努力で手に入れた千早の歌だ。
でも春香には、春香にしかない、春香の歌がある。
千早の歌とは違うかもそれないけど、人の心に響く春香の歌が。春香の歌と千早の歌があるから、今の二人の評価があるんだ。
それはどちらが欠けてもダメな二人の評価だ。だから自分が足を引っ張ってるなんか言うなよ。」
「プロデューサーさん…」
「もし春香の歌が非難されるようなことがあったら、それは春香の責任じゃない。
春香の持っているものを伸ばし切れなかった俺の責任だ。それにな…」
「?」
「春香はこの俺が目をつけた逸材だ!才能がないわけないだろ、自信をもてよ!」
わざと芝居がかった感じで言う。
「プロデューサーさん、すこし自信過剰でですよ。」
そういって苦笑する春香。苦笑も笑顔のうち。沈んだ表情よりはマシだろう。
「完全に日が沈んじゃったな。春香、さっさと事務所に戻ろう。」
「はい!」
さっきより明るい声で春香が答え歩き出す。

「…プロデューサーさん、ありがとうございます」

何か聞こえたような気もするが気にしない。


事務所につくと、春香は千早に付き合って自主レッスンをはじめた。
俺もかわいい担当アイドルたちをほっぽり出して帰るわけにもいかず、事務所に残ることに。
俺が冷えたビールとの至福の時間をすごすにはまだしばらく時間がかかりそうだ…

                                            〜終〜 




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