満員電車

作:名無し

 その日、オレとあずささんは、満員の電車の中にいた。
通勤ラッシュのピークは過ぎたとはいえ、車内はほぼ、すし詰め状態。
何とか出口ドア付近という絶好の位置は確保できたものの、オレがそのドアを背にして向き合ったまま
身動きも出来ない状態だった。

 なぜオレたちがこんな時間帯に電車に乗っているのかと言うと、
あずささんのアイドルとしての人気と、それに伴う仕事量の増大による、肉体的、精神的な疲労がピークに達し…
つまり、平たく言えば、寝坊をして仕事に遅れそうになったからである。

「あずささん、大丈夫ですか?」
「え、ええ。これでも短大の頃には、たまに乗ったりしてましたから。」
「たまに……ですか?」
「はい。普段は、『あずさは早起きしてでも、絶対満員電車に乗っちゃダメ!』って
友美に言われ続けていたんですけど、あの…やっぱり今日みたいに寝坊しちゃった時なんかは、しかたなく…。」 


 なるほど…。友美さんの言わんとしていた事は、手に取るようにわかる。
実は今日オレが1番気にしていた事も、それなのだ。
一応、あずささんは他の乗客に背を向けている状態だし、まさかトップクラスのアイドルが、
こんな時間帯に電車に乗っているとは思わないだろうが、それとは別に、身動きも出来ない満員の車内で
これほどの美人が間近にいたとしたら、ストレスのはけ口として、変な気を起こす輩が出て来ないとは限らない。

 案の定、しばらくするとあずささんの顔が、妙に火照ったように赤くなり始め、
それと同時に体をモジモジとさせ始めた。

「あずささん、まさか…。」
「あ、あの、おしりに……。」

 あずささんは、そうひと言、消えそうな声で言うと、そのまま恥ずかしそうに俯いてしまった。
 ついに来るべき者が来てしまったようだ。こうなったら何とかするのが、プロデューサーたるオレの務めだ。 


「あずささん、すいません!」

 オレはそう言うと、片方の手をあずささんのおしりに沿わせるようにして、ジリジリと伸ばしていった。
一瞬あずささんは息を呑んだようだが、それがオレだとわかると、そのままオレの方へ
身を預けるようにして、その行為にじっと耐えてくれていた。

 一方、オレは目的の物体とのランデブーに成功していた。
心配していた通り、オレの指先に触れたもの。それはどう考えてもカバンやカサの柄ではなく
ゴツゴツした男の手のようだった。
突然の出来事に、その手がビクッと戸惑うかのような動きをみせた。
先手必勝!すかさずオレは畳み掛けるかの如く、その手をギュッと握りしめてやった。

 思わぬ行為に相当驚いたのか、オレが手を握った次の瞬間、ものすごいチカラでオレの手から逃れると
そのまま、どこかに行ってしまった。 


「あずささん、大丈夫です。どうもカバンだったみたいですね。」

 オレは余計な心配は掛けまいとして、ウソの報告をすると、ソロソロとおしりに回した手を引こうとした。
ところが、他の乗客に肘が引っかかって、動かすことができない。

「す、すいません。今度はオレの手が、動かせなくなってしまいました。」
「は、はいっ!へ、平気ですから。」

 あずささんは、オレにおしりを触れられたまま、健気にもそう言ってくれた。
チカンを追い払うつもりが、この状態だとどう見ても、オレのほうがチカンそのものだ。
オレはなるべくあずささんに触れている手を動かすまいと、指先に全神経を集中させていた。
しかしその努力も空しく、再びあずささんのほうから、モジモジし始めたのだった。

「ど、どうしました?」
「ま、また…今度は、反対の……。」 


 どうやら、もう一方のおしりほうにも、接触してきた輩がいるらしい。
オレは空いていた片方の手もソロソロと伸ばし、あずささんもオレの意を汲んで、オレにより密着するように、
その体を押し付けて来た。

 伸ばしたオレの指先に触れたモノ。それは先ほどと同じような、バカ野郎だった。
今度もオレがその手を握ってやると、やはり先ほどと同様に、その手も慌てて引き下がって行った。

「今度も、カバンか何かだったみたいですね。」
「そ、そうですか。すいません…変な事ばかり言っちゃって…。」
「いや、気にしないで……あ、あれ!?またか?」
「あの、プロデューサーさん?」
「すいません……。また動かせなくなってしまいました…。」

 とうとうオレの両手は、あずささんのおしりに回したまま動かせなくなってしまった。
女性の腰ならぬ、おしりに両手を回して、お互い体を寄せ合っている、今の状態。
ここがダンスフロアならチークダンスとか何とか、言い訳もできるだろうが、この満員電車の中では、
チカンを通り越して、変態プレイに興じるバカップルに見られても仕方ない状況だ。 


 さらに、先ほどまではチカンを追い払うのに懸命で気にもしなかったが、落ち着いた途端、
電車の揺れに合わせて、押し付けられるあずささんの胸の感触と甘い香りを、
オレは、思いっきり意識してしまった。

さらに揺れる度に、ついつい手にも力が入ってしまい、イヤでも指先から伝わって来る柔らかな感触。
さらにさらに、胸どころか全身を押し付けられ、それをオレ自身も、指先どころか全身で
受け止めているという事実は、図らずもオレの股間の(ry……

イヤ!ダメだ!!これ以上考えたら、オレの理性のタガのほうも吹っ飛んでしまう。

 オレは、このうらやましい状況に気付いた一部の乗客からの嫉妬の視線を感じつつも、
実際はそれどころではなく、素数から、徳川歴代将軍の名前、はては元素記号の逆からの羅列等、
ありとあらゆる手段を用いて、駅に到着するまでの間、理性をとどめるための努力を惜しまなかった。 


 その後、ようやく電車は目的の駅へと到着し、ドッとはき出される人波にもまれながらも
何とか改札をくぐり抜けた瞬間、ギリギリの所で保たれていた緊張の糸がプッツリと切れ、
オレは通路の壁に手を突いたまま、荒い息をついていた。

「プロデューサーさん…あの、大丈夫ですか?」
「あ…す、すいません。ちょっと気が抜けてしまって…。」
「プロデューサーさん…あの、私……。」

 気が付けば、あずささんも未だ頬に赤みがさしたまま、下を向いて立っていた。
あの状況でオレがあれだけ緊張したという事は、もう一方の当事者であるあずささんも同様に……
いや、女性の立場からすると、オレ以上に心を揺らす、過酷な状態だったに違いない。

 ここで、優しい言葉の1つでも掛けられれば、オレたちの間柄は、今まで以上に接近し、
より親密な関係となるだろう。
それはオレ自身も望む所であるし、むしろ絶好のチャンスとさえ思っている。

しかし、今は………。 


「あぁ〜〜!ヤバイですよ!もう、こんな時間です!!」

 オレはワザとおどけたように大声をあげると、そのままあずささんの手を取り、駈け出した。

「急がないと、仕事に遅れてしまいます。さぁ、急ぎましょう!」
「は…はいっ!プロデューサーさん!」

 こうして、オレたちは手を繋いだまま、目的地の方向へ向かって駈けて行った。
こんなオレに、あずささんも驚いていたようだが、途中から繋いでいた手に、
より力がこもったような気がしたのは、オレの勝手な思い込みだったのだろうか? 





 おまけ

 数日後、その日の仕事を終えて、オレたちが事務所に帰って来ると、
春香と律子が何やら楽しげに話をしていた。

「そ〜なんですよ。私はこっちに来る時は始発だから、まだいいんですけど
帰りの電車は、よく混んでいる時があるんです。」
「それでも朝のラッシュに比べたら、まだマシでしょ。こないだなんか、モロにラッシュの時間帯に
乗っちゃって…そりゃもう、大変だったんだから。」

「ですよね〜。そう言えば律子さん、知ってます?○○線のバカップルのウワサ。」
「聞いた、聞いた!満員電車でイチャついてたって、アレでしょ!
あっプロデューサーにあずささん、お疲れ様で〜す。」 


「お、おぅ!お疲れ。ところで律子、そのバカップルって…」
「あれ、どうしたんですか?ひょっとして興味あります〜!?
満員電車の中で、人目もはばからずに腰に手を回したりして……。
何でも女の人の方は、髪が長くて背が高くて、すっごい美人だったそうですよ。」
「バ、バカ言え、第一、○○線は、う、うちとは逆方向だ。」

「その上、スタイルも抜群で…しかも、ウチのあずささんソックリだったそうですよ。」
「あ、あら、まぁ、う、うふふ……。」
「コラ、春香!確かにその条件だと、あずささんがピッタリだけど、
さすがにアイドルは満員電車には乗らないですよね!プロデューサー。」
「え〜っ!?私、毎日乗ってますよぉ!今日だってこれから乗って、家に帰るんですから。」

「ハ、ハハハ…。ま、まぁ、人それぞれじゃないのかな?さ、さてと、明日も早いし
今日はもう帰って寝るかな!?」
「そ、そうですね。じゃあ、私も帰ろうかしら〜?」

「それなら、私もそこまで一緒に……あっ!ちょ、ちょっと待って下さい!
プロデューサーさん!あずささ〜ん!!」

おしまい 





上へ

inserted by FC2 system