ケンカと幽霊

作:名無し

 その日、オレが出張から帰って来ると、会議室は険悪な空気に包まれていた。
原因は、亜美とやよいの仲違いだった。
何があったのか、双方とも歩み寄る態度を見せず、間に入った春香もオロオロするだけで
会議室に顔を出したオレを見て、心底ホッとした表情を見せていた。
割と感情の起伏を表に出しやすい亜美・真美はともかく、普段はおとなしいやよいが、こうも怒るとは。

「いったい何があったんだ?春香。」
「プロデューサーさん、実は…。」

 春香が話してくれたのは、こうだった。
夏の定番とも言える、ヒゲでお馴染みのタレントが話す怪談話の特番で、出演者も怪談を披露する事となり、
朝から3人は弁当持参で会議室に籠もり、ネタ作りに勤しんでいた。

 やがてお昼時になり、それぞれ持参した弁当をひろげ、和気あいあいと食事を楽しんでいたのだが、
亜美が持参した弁当のニンジンをひと切れ残し、その後すぐにお菓子を食べ始めた事が、騒動の発端となった。 



「亜美、好き嫌いはダメです!」
「好き嫌いじゃないもん!お腹いっぱいだったら残してもいいって、ママも言ったもん!」
「だったら、お菓子なんかすぐには食べられないです。やっぱり好き嫌いです!」
「お菓子は別腹だも〜ん!だいたい、やよいっちは言う事が細かいんだよ。」
「ダメです!ご飯はきちんと食べないと、材料にも、作ってくれたお母さんにも失礼です!」

 どうやら、やよいの方が正論のようだが、亜美も屁理屈で返した手前、後には引けず
すっかり険悪な雰囲気となり、ネタ作りどころではなくなってしまったと言うわけだ。
もっとも、お互い普段から気心の知れた者同士。ちょっとしたきっかけで、すぐに仲直り出来るんだが…。

 そこで一計を案じたオレは、4人を前に座らせると、出張の土産を取り出し、こう言った。

「実はオレも、ネタを1つ仕込んで来たんだ。どうやら煮詰まってるみたいだし、
コレでも食べながら、ひとつオレの話でも聞いてくれ。」

 それは、袋に入った飴だった。商品名の書かれた文字を見ながら、春香が珍しそうに言った。

「幽霊子育て…飴?何だか、すごい名前のアメなんですね。」
「あぁ。これはオレが出張で行った、関西にあるお寺の近くの飴屋さんに伝わる話なんだがな…。」 



 寺の門前に一軒の飴屋があった。
ある夜、表の戸を叩く音で出てみると、青白い顔をした女が一人。

「夜分にすみませんが、アメを一つ売っていただけませんか」

と、一文銭を出して言った。
飴屋が飴を渡すと、女は無言で頭を下げ、そのままどこかへ去っていった。

 そして次の夜、再び表の戸を叩く音で出てみると、昨夜と同じ青白い顔をした女が

「夜分にすみませんが、アメを一つ売っていただけませんか」

と、一文銭を出して言う。
それは次の夜も、またその次の夜も続き、6日経った日の事。
飴屋は知り合いにその事を話して聞かせた。すると…。

「それは、ただもんではない。今夜お金を持ってきたら人間だけど、持って来なかったら、人間じゃないぞ。」
「何でです?」
「人間、死ぬときには、六道銭と言って三途の川の渡し賃として、お金を六文、棺桶に入れるんだ。
もし、それを持って来ているとしたら、昨日で終わり。今日の分は無いはずだ。」

 そしてその夜、表の戸を叩く音で出てみると、いつものように女が立っていた。
飴屋がドキドキしていると、女はいつにも増してか細い声で、こう言った。

「実は今日はお金がございません。どうか、アメをひとつ・・・」
「そ、そうなんですか。で、では、毎度ご贔屓にしてくださっているんです。
今日の分は、まけときましょう。」 


 そう言って、飴屋が飴を渡すと、女はスーッと頭を下げ、そのまま去っていった。
飴屋がそっと後を追うと、女は寺の門をくぐり、墓地の方へと向かって行った。
なおも飴屋がついて行くと、とある真新しい墓の前で立ち止まり、そのままかき消すように消えてしまった。

 目の前で起きた事に驚いた飴屋は、寺の住職を叩き起こすと、全ての事を打ち明けた。
すると、住職も思う所があったのか、すぐさま鍬を持って駆け出すと、その墓を掘り始めたのだった。

 やがて棺桶が現れ、中を開けてみると、死んだ女の腕の中で、元気な赤ん坊が飴をしゃぶっていた。

「この方は、お腹に子を宿したまま、行き倒れておってな。
中で子が生まれ、幽霊となっても母親の一念で、アメで子を育てていたのであろう。」

 そして、飴屋が引き取り育てた赤ん坊は仏の道に進み、後にこの寺の住職になったと言う。 


と、ここまで話した途端、やよいがいきなり声を上げて泣き始めた。

「うっう〜!赤ちゃんが助かってよかったですぅ〜。でも、もうお母さんと一緒にいられないのは可哀想ですぅ〜。」
「そうか…。でも一緒に死んじゃうより、我が子が生きて行く方を望んだんだよ。
だからオレたちも、大好きなみんなと一緒にいられる時間を大事にしないとな。」

 すると、やよいの側で聞いていた亜美が、いきなり持って来たバッグを開けると
中から弁当箱を取り出し、残っていたニンジンをつまむと、ポイッと口に入れたのだ。

「あ、亜美…。」
「兄ちゃんの話を聞いたらさぁ、ママのお弁当残しちゃうなんて、スッゴクもったいないっしょ!」
「亜美…。それってスッゴクえらいですぅ!」
「そ、そんな事ないよ…。エヘヘ…やよいっち、ごめんね。」

 こうして、仲直りの出来た亜美とやよいは、2人でこの話をする事になり、
家に帰る時間まで、真美も含めた3人で、オレの書いた原稿をお互いに読み合い、
その後、揃って原稿を持って嬉しそうに帰って行った。 



「プロデューサーさん、亜美とやよいが仲直り出来て良かったですね。ただ、あの様子だと、
今日はお母さんに甘えちゃいますよ。ウフフ。」
「だろうな。ところで、そう言う春香はどうなんだ!?」
「エヘヘヘ…。私もお母さんに、何か買って帰ろうかな?な〜んて。」
「ハハハ。まぁ、仲直りも出来たし、話のネタにもなったし…。」

「あ〜っ!!プロデューサーさん、私の分のお話は、どうなっちゃうんですか!?
亜美たちだけお話しが出来て、何だかズルイです!」
「そ、そうか、春香も一緒に出演するんだったな。う〜む、実は、あるにはあるんだが。」
「そ、それって何ですか?聞かせて下さい。」
「それがな。電車の窓に映る顔の話とか、トンネルの中の話とか、踏切とか…。」
「それって全部、電車がらみの話ばっかりじゃないですか!
イヤです!私、毎日電車で通ってるのに…怖くて乗ってられないじゃないですか!」

「だよなぁ。だとすると、何がいいかな…。」
「あぁ…。何だか考えただけで、怖くなっちゃいました。私、今日は電車に乗れないかも。」
「お、おいおい…、わかった。今日はオレが車で送って行ってやるから。機嫌直せって。」
「そうですか!?良かった〜!じゃあ、さっそく行きましょう。」 








 まんまと、マーメイいや、孔明の罠に掛かったプロデューサー。
気を付けろ!田舎の街道沿いには、危険な罠がいっぱいだ!

次回、「プロデューサーさん、あのブティックホテルって何なんですか?」に、こうご期待!




上へ

inserted by FC2 system