ハプニングロケ・おまけ

作:某215

「おつかれさまでしたー!」
あちこちでグラスがカチコチと鳴る。

今日は春香の京都ロケの最終日。
無事にロケが終了したため、スポンサーの計らいで打ち上げの席をいただいたのであった。

実質二日間程度で無事に各所を案内できたのは僥倖に近かった。
「それもこれもプロデューサーさんのおかげですよ」
スポンサーの一人がビールを注いでくる。
「いえいえ、こちらこそ大変お世話になりました」
俺も返杯とばかりにスポンサーにビールを…注ごうとしてはっと気がついた。
「春香、春香」
声をかける。
オレンジジュースをちびちび飲んでいた春香は急に声をかけられたのに驚いていた
ようだが、すぐ俺の意向に気づいてくれて俺からビール瓶を受け取るとスポンサーに
ビールを注いだ。
「大変お世話になりました♪」
「わーははは、これはどうも…いやー今回の成功はホント春香ちゃんの魅力に尽きる
からね〜!」
よしよし、スポンサーもご機嫌だ。
ちらと春香を見るとスポンサーのおじさまの話をちゃんと聞こうとしているがやはり
疲れが出ているらしい。なんとなく目元があやしい。

それでも30分くらい、スポンサー関係全員にお酌をして回った後に、
「天海は明日早いのでこれで失礼させていただきます」
と言うとさっさと春香を外に連れて行った。
タクシーを捕まえると春香だけを乗せ、運転手にホテル名を告げる。
「あの、プロデューサーさん、私、まだ大丈夫ですよ?時間も9時だし」
「何言ってんだ。今日は5時起きだっただろう。今日はこっちで泊まりだけれど、
明日も仕事はあるし、今日は早めに休んでおきなさい」
「…はい、わかりました。プロデューサーさんも、早く帰ってきてくださいね。
二日酔いはダメですよ?」
「はいはい…わかっているよ」 


春香はホテルに戻るとそのままの格好でばふっとベッドに倒れこんだ。
…そのまま寝入りたい欲求をなんとかぎりぎりで撃退して起き上がる。

バスルームで長い時間ぬるめのお湯に浸かり、上がってからはストレッチなど
すると一日の疲れがどっと出てきた。
(今日でロケ終わりかあ…)
京都には行ったことはあったが、今回のロケはレポーターとして必要な知識を数多く
詰め込む必要があった。
でも、それもプロデューサーが集めてきた資料を一緒に読んだりしながら進めていく
ことができたこともあり、たいした苦労にはならなかった。

むしろ撮影中、春香の一挙手一投足にリアクションしているプロデューサーの仕草を
うかがうのが楽しかった。
(清水寺の空中ダイブはホントにかわいそうだったな…)
自分の芝居に真っ青になっていたプロデューサーを思い出すと自然と笑いがこぼれる。

ふと、廊下でかすかな物音がした。
(あ、帰ってきた…)
なんだかがたがたと扉と格闘している。やっぱり酔っ払っているのだろうか。
部屋を出ようか出ようまいか悩んでいるとなんとか部屋に入れたらしい。
物音は小さいけれど、どたばたと片づけをしたりする音が聞こえてくる。
(おかえりなさい、プロデューサーさん、そしておやすみなさい…)
春香はこっそり口の中で呟くとベッドにもぐりこみ、部屋の明かりを消した。 


−午前0時

俺の部屋には、俺を含めて3人の男がいた。
それぞれ事務所で契約しているカメラマンと音響スタッフである。
スポンサーとの公式打ち上げを1時間ほど前に終えて、俺の部屋でチューハイと
ナッツを片手に身内同士のささやかな、真の打ち上げをやっているのであった。
「さて…いよいよ、真の、本当のロケの始まりですね…」
「技術の進歩はすごいですね。本当に一人でできるなんて」

音響スタッフは一台のハンディビデオをナイトテーブルに置いた。
「そうだね、もうカメラマンはこれ一台で北極圏からベトナムからアメリカ大陸
横断まで対応できるんだからね…」
「では、私たちはそろそろ…」
「うん、今日は本当におつかれさまでした。…では、明日7時に」
「了解」 


−午前7時

俺はハンディビデオと共に自室を出た。
カメラの電池を再度確認。テープ確認。レンズ確認。
すべてがOKなのを確認した後、電源を入れる。

レンズの先には扉。
すうと息を吸ってから、脳内で用意したセリフを読み上げる。
「今…朝の7時です。これから、天美春香さんを起こしに参りたいと思います…」
なぜか扉の前でもひそひそ声なのは昔からの連綿たるお約束だ。

ホテルに必死に交渉してゲットした合鍵をもって春香の部屋に入る。
「おはようございまーす…」
今、俺はあの伝説のセリフを吐いているのだ!
この感動!TV人なら一度は呟きたい!

アイドルの寝起きドッキリ!

廊下を忍び足で歩く。
カメラが部屋に入るまでに起きられては魅力半減だ。
いや、半寝状態でぼーっとしている絵が撮れるかも知れない。
それならそれで!
レンズ越しだが、心なしか俺の心臓の音まで収録されていないか緊張する。

…よくよく考えてみれば、俺も春香の寝起きの顔とか見たことがない。
いったいどんな感じなのか…やばい、ドキドキしてきた…落ち着け…。

春香はあっさりと見つかった。当たり前か。
ベッドで布団をひっかぶっていて、頭の半分だけが外に出ている微妙な寝姿だ。
それでも…規則正しく上下している布団を見ると、頭がクラクラする。
カメラは向けなかったが、着替えればもう外に出れるようにバッグが整頓されていたり
するのを目で見てしまうと動悸がおさまらない。

ええい、俺がここで新人のアイドルに引け目を感じてどうする!
意を決してカメラを手にゆっくりと近づく。
カメラの中の映像ではわからないが、近づくにつれて春香の使っている石鹸の
香りが胸を締め付けてくる…。
「天海春香さんは、まだお休みのようです…」
そうささやき声を入れると、布団の中の春香が微妙に反応したのか、寝返りを打った。

つい、声にならない笑いをもらす。
そっぽを向かれてしまったみたいなので、ベッドのそばに寄り、春香の顔をまたぐように
カメラでのぞきこむ。
「天海春香さん…おはようございまーす…」
相変わらずのささやき声。
春香に聞こえても聞こえなくてもおもしろいであろう。
春香の寝顔をカメラで捕らえた。

髪はくしゃくしゃで、そろえた額の髪も無造作に散ってしまっている。
でも、顔も肌もすっぴんでも普段の春香となんら変わらない。
(本当に普段から化粧はすくないんだな…)
カメラを持っていることをつい、忘れてしまいそうになる。
「天海春香さん、朝でございますよ〜…」
先ほどとはやや違うトーンで、聞こえるようにはっきりとささやいた。

「う〜〜〜〜…ん?」
春香が目を開け、レンズを見る。ぼーっとした顔だ。
いいぞ、いい寝ぼけ絵だ。お宝だ。
「プロデューサー…さん?」
「そうです、天海春香さん。おはようございます。もう7時ですよ…」
ささやき声で返す。
春香は目をしょぼしょぼとさせている。わはは、うさぎみたいだな。 


と、思ったら。
布団から、にゅっと伸びてきた腕。
まるでなにかの振り付けのようにするりと回転して、俺の背中に回る。
「プロデューサーさん、おはようございます…」

言うなりきゅっと、抱きしめられた。

「ちょっ…おい、春香…」
右手の支えを崩して、全体重を春香に乗せそうになってしまうのをギリギリ回避して春
香の横に崩れる形になってしまった。
端から…そう、自由な左手は職業意識の賜物で春香に固定していたのだが…
みれば俺が春香の横に添い寝した形になってしまっている。

いやまて違う!
それは、そういうネタは確かにある!
レポーターが布団の中にまで入っていってそこで気づいたアイドルが飛び起きるというネタ、
それは確かにある!
しかし、古今東西アイドルに抱きすくめられて添い寝させられるレポーターはいない!
「んふーっ」
わっ、馬鹿っ、春香、なんだその満足げなため息は!

「は、春香さん…あのー」
「んー、んっ、ん」
俺が春香を引き剥がそうとするといやいやをして離れようとしない。
な、なんなんだ、これは…。
おとなしく数分の間硬直。隙をうかがうしかない。
だが、なんだろう…。
春香のこの顔は…。
安心しきっているように見える。俺を?
いや。抱き枕かなんかと勘違いしているのだろう。
「は、春香さん、離れますよー」
「んー…プロデューサーさんと、一緒なら…」
な、なんなんだそれは!一緒に離れるってなんだ!
寝ぼけてるだろ!
…いや、寝ぼけているからこんなことになっているのだし。

「は、離れるから腕をちょっとゆるめてくれるかなー?春香さん…」
言うと、おとなしく手を離し、ぎゅっと前で腕を合わせている。
そんな形だと…まるで春香を自分の腕の中に抱え込んでいる形のようだ。
春香と至近距離。本来ならカメラこのお宝を録らねばならないのに。
カメラなんかには収めたくない。自分だけのものにしたい。
春香が身を寄せてくる。自分の胸元に春香の熱い体温を感じる。
華奢な腕を指を間近で眺める。

…すべてを自分のものにしたくなってしまう…!

「あ、あのープロデューサーさん…」
「……う、うわっ!?」
二人だけの空間のはずなのに投げかけられた男の声。
見ればカメラスタッフと音響スタッフが部屋の廊下から顔だけのぞかせていた。
「ちょっと、あれから30分も経っているので様子見に来たんですが…」
「なんというか…プロデューサーと春香さんなら、俺応援してますから…社長に
は黙ってます」
「い、いや待て、違う、これはちょっとした勘違いで…」
「んー…、ん?あれ…なんでプロデューサーさんや、みなさんが…って」

う、うわ、春香が本当に起きた。
こうなれば、とりあえずヤケだ!
「お、おはようございまーす!天海春香さん!寝起きドッキリで〜す!」


その後、帰りの新幹線では外を向いて一言も口を聞いてくれない春香はともかく、
両席にいるカメラ、音響スタッフの誤解を解くのにも大変だった。


−ノーマルコミュニケーション− 

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