応援

とらきちP

 都内某所のドーム球場。
 昭和時代末に開場して以来、プロ野球のみならず、
さまざまなコンサートやイベントが催されているこの球場で、
今夜、ある女性アーティストのコンサートが開かれることになっていた。
 その名は――「天海春香」。
 約1年前にアイドルとしてデビューした彼女。
「どこにでもいるような」素朴さが妙にウケたのか――爆発的な人気を呼び、
いまでは音楽番組に出ればそれだけで
視聴率を数パーセント押し上げ、コンサートをやればチケットは発売後即時完売、
金券ショップやネットオークションでは6桁単位で取引されるプラチナチケットに
…というトップアイドルの仲間入りを果たしていた。

 ありとあらゆる「正の感情」を持った数万の観客が入場待ちをしている会場前。
その群れから少し離れたところに、10数名の男たちが屯していた。
 彼らはみんな、「天海春香」という文字が背中にプリントされたお揃いのハッピを羽織り、
頭には同様の鉢巻を締めている。
 そう。彼らはファン有志が集まって作った「親衛隊」を自称する集団だった。
 そのリーダー格の男が話し出す。
「ところで、先日チャットで話してた例の件だけど…。
 アンコールの時、俺が青のサイリウム立てるから、それを合図に行くぞ。
 まず最初に、後列担当のカっちゃんがコール入れて……」
「カっちゃん」と呼ばれたメンバーのひとりがうなずく。
 …そうやって一通り話を終えると、リーダーは
「よし、軽く練習しとこう」
 と他の「隊員」を促した。


 開演。
 さすがに「トップアイドル」の座に名を連ねるだけのことはある。
 10万近く入った観衆は春香の歌に、ダンスに酔いしれ、
ともすれば彼女と一体化するような感覚さえ覚えていた。
「みんなーっ、今日はどうもありがとーっ!」
 本編最後の曲を歌い終えた春香は、爆発するような歓声を背に受けながら、
ゆっくり歩いて舞台の袖へ引っ込む。
 当然沸き起こってくる「アンコール」の声。
 それに混じって別の声が聞こえてくる。
 声の主は、客席中央の前寄りにいた自称「親衛隊」の面々であった。
「ゴーゴーレッツゴー、レッツゴー春香!」
「ゴーゴーレッツゴー、レッツゴー春香!」
 リーダーのコールに、他の面々が合わせてコール。
「ゴーゴーレッツゴー、レッツゴー春香!」
「ゴーゴーレッツゴー、レッツゴー春香!」
 ……数回それが繰り返されるうちに、
コールは周りの一般観客にも感染――彼らと一緒に唱和する連中が出てきていた。
 (そろそろ、だな…)
 このコールを先導していた「リーダー」はそう判断すると、
持ってきていた青のサイリウムを左手に持ち、上にかざした。
 彼のすぐ後ろの列にいた仲間ーー先ほど「カっちゃん」と呼ばれていた男はそれを見て
「かっとばせー、は・る・か!」
 と叫ぶ。
 同時に前列の親衛隊員がその場で腰をかがめ、すぐさま立ちあがって
「ハ・ル・カ!」
 と叫ぶ――このときには後列がかがんでいる。
「ハ・ル・カ!」
「ハ・ル・カ!」
「ハ・ル・カ!」
「ハルカー! ハルカー!」
 屈伸運動をしながら繰り返されるコール。


 舞台袖。
 春香と話していたプロデューサーは、ふとモニターテレビに目をやった。
 そのカメラは、スクワットをしながらノる異様な一団を映し出していた。
 (こ、この応援って……もしかして広○カー○?)
 一瞬、あきれたような顔をした彼に春香が尋ねる。
「? どうしたんですか? プロデューサーさん」
「…い、いや、何でもない。
 さっ、そろそろ行こうか」
「はいっ!」
 一声元気にそういうと、春香はまたステージへ駆け出していった――転ばずに。

 お楽しみは、これからだ…


 了 

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