指きり

作:ドタキャンSS書き

「如月 千早は活動停止となった」 
「え・・・?」 
私、こんな日々が永遠に続くと思ってたんです、いえ、心のどこかで願ってた 
のかもしれません。だからプロデューサー、あの時私、泣き出しそうになりました。 
「・・・お別れコンサートだ。千早、日程を見てくれ・・・」 
これで終わりなら、悔いは残したくありませんでした。だから・・・ 
「・・・午後からお休みをいただけませんか・・・?」 
・・・ただ全力で・・・。 
当日の朝、私、朝日が目に染みました。今までプロデューサーに会うの、 
会うたびに少しづつ楽しみになっていってました。心が融かされていくようで・・・ 
自分の心の、氷でできた柵が取り払われていくようで、だから、好きでした。 
それだから、その日は会いたい貴方に会いたくなかった。 
今までの日々が全部失われていくようで・・・、いや、私・・・。 
悲しかった。そんな途方にくれる私をプロデューサー、貴方は迎えに来てくれましたよね? 

コンサートが終わって、二人で話しました。成功のうちに終わったこと、 
今までのこと、これからのこと・・・。その時私言いました、プロデューサー、 
いつだって貴方は私の心の支えでした。そしてこれからだって・・・。 

プロデューサー、今貴方は何処にいますか・・・。いつだって私待ってます。 


引退コンサートが終わって一週間。
私はアイドルを続けると決めたけれど、何もする気が起きなかった。
まだ、アイドルの頂点まで辿り着いていない。
プロデューサーと一緒に頂点を目指していた自分はどこに行ったのか。
「…俺がいなくたって、千早は羽ばたける。
 俺は絶対帰ってくるから。千早、それまで頑張れるか?」
プロデューサーとあの時交わした言葉を思い出す。
そこで私は「はい」と言った。
なのに、プロデューサーがいないと何も出来ない私がここに居る。
「…約束してください。…絶対帰ってくるって。
 …帰ってきて、もう一度、私のプロデューサーになってくれるって…」
あの時交わした約束。交わした指きり。
小指から、プロデューサーの全てを感じることができた。
体全体が暖かくなって、プロデューサーの心と私の心が溶け合った。
「約束する。絶対、絶対帰ってくるから…安心していてくれ」
手を掲げて、小指を見る。
今でもプロデューサーの温もりが伝わってくるようだ。
でも、プロデューサーは、私の隣に居ない。
…プロデューサーのことは、ずっと信じている。
だけど、信じすぎていたのだろうか。
今の私には、プロデューサーなしの生活なんて…考えられない。
「…プロデューサー…逢いたい…」
声に出しても、誰も答えてくれないのは分かっている。
それでも、声に出さずにはいられなかった。
頬に伝う涙も、もうどれほど流したのだろうか。
ただ、時間が流れていく。
このままいると、昔の自分に戻ってしまいそうで怖かった。 


次の日の午前5時。

ふと急に目が覚めた。
昨日は泣きつかれて眠ってしまったようだ。
時間を見ると…朝の五時。
昨日は昼頃まで起きていた覚えがあるから、半日も寝ていたことになる。
「…こんなこと知られたら、プロデューサーに怒られてしまいますね…」
プロデューサーのことを思い出し、少しだけ笑ったが、すぐに悲しさが襲ってくる。
「…私、どうなってしまうんだろう…」
自分がどうすれば良いか分からない。
自分がアイドルということすらも忘れていた。
ふと、ベッドの脇に置いてある携帯を取り、メールを確認する。
この一週間、プロデューサーからの連絡は一度もない。
あるのは、引退前に交わしたメールと着信の履歴だけだ。
それを見る度に、プロデューサーへの思いが強くなり、悲しくなる。
だから携帯はあまり見ない様にしていた。
だが、ふと見た携帯には、珍しい文字が表示されていた。
新着メール一件、不在着信一件。
私の心は躍った。
案の定、メールと不在着信の主は、プロデューサーだった。
だが、メールの内容を確認するにつれて、私は青ざめていく。
「千早へ。
 電話取れないようだったから、メールにした。
 千早のことだから、トレーニングでもしているんだろうな。
 今日夜九時に、あの公園で待ってる。イベントとかよくやった公園だ。
一週間待たせてまってごめんな。募る話はまた後でしよう」 


私は気がついたら家を飛び出していた。
服も着替えていないし、髪の毛はぼさぼさだ。
でも、そんなことを気にしている余裕もなかった。
「プロデューサーが、プロデューサーが帰ってきてくれた…!」
公園の場所は、私の家から近いところにある。
ちゃんと私が来やすいように、プロデューサーが考えてくれたのだろう。
私は全力で走った。
…プロデューサーはもう既に帰ったのかもしれない。
だけど私は「プロデューサーは絶対公園に居る」としか思えなかった。
公園まで約十分もの間。私は何も考えず、ただ、ただ走った。
まだ朝日も出ていない暗闇の道を、ひたすら走った。
そして気がついたら、公園の目の前まで着いていた。
中に入り、当たりを見回す。
まだ暗いせいか、人影を確認することができない。
ブランコ、ジャングル、砂場。…どこを探しても誰もいない。
何度も、何度も、当たりを見回すが、プロデューサーはいない。
「…こんな時間ですもの、プロデューサーが帰るのも当然…」
私は自分に諦めの言葉をかけた。
プロデューサーは、居ない。その事実を受け入れようとした。
そのときだった。後ろから肩を叩かれて、私はびくっとした。
「おっはよっ、千早っ」
「…!!!」
千早が振り向いた先には、一週間見れなかった顔があった。
一週間、ずっと見たかった顔が、そこにあった。
「…プロデューサー!!」
私は思わず抱きついてしまった。 


「おいおい、千早…。どうして泣いてるんだ?」
私はプロデューサーに抱きつきながら、声を上げて泣いていた。
「だって…私…くっ。私、プロデューサーにずっと…会いたくて…」
上手く言葉が出てこない。ただ、涙が流れて、溢れていた。
「…千早。ごめんな…」
プロデューサーは私の頭を撫でてくれた。
その感触が懐かしくて、安心できて、さらに涙が止まらない。
嬉しいときにも涙がでる、という話は本当だった。
「千早…。実は俺も寂しかったんだ。社長から他の子をプロデュースしろと言われて…
 一週間ほどレッスンをしていたんだが…。その間も千早のことが忘れられなかったんだ…」
「…プロデューサーも…ですか?」
私は驚いた。プロデューサーも私と同じことを考えているなんて。
「そうだ。千早にずっと逢いたかった。…だから泣かれると困るんだけどな…」
私はプロデューサーが困っている顔を見て、ようやく少し笑うことができた。
一週間、ずっと笑っていなかった気がする。プロデューサーはそれを見て、誉めてくれた。
「やっぱり千早には、笑顔が似合うよ」
そう言って、私の目から溢れる涙を拭ってくれた。
プロデューサーの手は、冷え切っていたが、暖かさが十分に伝わってくる。
「…ごめんなさい、プロデューサー。…待たせてしまって…。寒かったですよね?」
「…ああ、気にするなって。俺も一週間も待たせてしまったから。
 それに、全然寒くなんかないぞ?今はこうして千早とくっついてるからな」
私はプロデューサーの言葉に顔が熱くなった。多分真っ赤になっているだろう。
「だから、もうちょっとこのままで居てくれないか?」
「…はい。私も、もう少し、このままで居たいです…」
プロデューサーは私を強く抱きしめてくれた。
私も、腕を背中に回して、体全身からプロデューサーを感じようとした。
「…あ、プロデューサー。言い忘れていましたが…おはようございます…」
いつもの挨拶が、とても嬉しいものに感じられた。 


私の涙が全て乾いた頃、私達はベンチに腰掛けて話を始めた。
「それにしても、何で遅刻したんだ?千早にしては珍しいよな…」
「それなのですが…実は、寝ていました…」
「え?いつもだったら夜の自主トレの時間だろ?確か7時くらいに連絡したはず…」
「プロデューサーがいなくなってから…私、トレーニングをしていなかったんです…
 プロデューサーがいないと…私、駄目みたいで…」
私は思っていることを、そのままぶつけた。すると、プロデューサーがいきなり笑い始めた。
「…?何がおかしいのですか?」
「ごめん。…ここまで千早が俺と同じことを考えてると思ったら、おかしくってさ。
 俺も、千早がいないと仕事に精が出ないらしい。新しい子にこっぴどく怒られたよ。
 『何か悩み事があるなら、それを終わらせて下さい。
  中途半端な気持ちじゃ、私もプロデューサーさんも困ります!』ってさ。
  確かにその通りだと思って、社長の話を蹴ってここまで来ちゃった訳だ」
「プロデューサーも、仕事に力が入らないことなんてあるんですね…」
私と同じことを考えてくれているプロデューサー…。なんだか嬉しい。
「俺も千早がいないと駄目みたいだ…笑えるだろ?」
プロデューサーが照れてるのを見ると、私も照れてしまう。
「だから、千早。もう一回、俺とトップを目指さないか?
 前回は後少しでトップまで辿り着けたのに…俺のせいで逃してしまったからな」
「いいえ、プロデューサーだけの責任ではありません。私の怠慢もあったからです…。
 だからプロデューサー。私からもお願いします。私をプロデュースして下さい…!」
私が精一杯頭を下げて答えると、プロデューサーはその頭をまた撫でてくれた。
「ああ、もちろんだ!二人で今度こそ…アイドルマスターを目指そう!」
その後も、私とプロデューサーは話しつづけた。
これからのこと、私のこと、プロデューサーのこと。
一週間の空いた時間は決して、無駄ではなかったと感じられた。
だって、こんなに嬉しい時間を、作ってくれたのだから。 


「…プロデューサー、もう一度、約束しませんか?」
「何をだ?」
「…これからもずっと、私をプロデュースしてくれるって…」
顔が熱い、手も、耳も、全部真っ赤になってるかな、私。
「…ああ、もちろん。約束するよ」
「じゃあ、指きりしませんか?…あの時みたいに。
 ちゃんとプロデューサー、約束守ってくれましたから…」
「分かった、指きりしよう。…でもその前に、千早も約束してくれ。
 俺にずっと『千早のプロデューサー』をやらせてくれるって、な…」
「…はい。分かりました…」
私達は小指を結んだ。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたらはりせんぼん飲ーます♪」
「…あれ?千早、指切らないと…」
私はそのまま小指を離さなかった。
「私、いつも思うんです。指きりって、なんで指を切っちゃうんでしょう?」
「きっと指を切っても、見えない赤い糸が繋がってるってことじゃないか?」
「…なるほど。そういうことですか…。でも、私はわがままだから…
 見えているものも繋がっていたい…です」
私は小指をそのまま離したくなかった。ずっとそのままでいたかった。
「プロデューサー、ちょっとだけこのままで、いてくれませんか?
 ちょっとだけでいいので…」
プロデューサーはコクンと頷いてくれた。
小指からプロデューサーを感じる。小さくても確かな繋がり。
それは決して離れることの無い繋がり。
「…千早、目瞑って…くれるか?」
そしてそれは大きな繋がりへと変わっていった。
「…はい…んっ…」
しばらくして私が目を開ける頃には、丁度朝日が昇っていた。 

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