無題1

作:某215

 プロデューサーといえば、思いのままに好みのアイドルを動かし、
その果実を大いにむさぼるような職種と思われるかもしれない。
だが、いやいや、
実際のビジネスの現場においてはプロデューサーなど単なる一営業マンに過ぎない。

なにせ、アイドルの仕事であるCD販売も、各種ライブも、
はたまたドラマの出演やらグラビアの撮影なども、営業なしには叶えられないからだ。

それゆえプロデューサーは、特に765プロのような、最近目立ってきてはいるものの
未だ弱小であるところのプロダクションは、
プロデューサー自らが動いていろいろな仕事を獲得していく必要がある。

伊織には今できる仕事はこれだなどと、さらっと一覧で渡してはいるのだが、
実際は各種スケジュールならびに営業的な調整の結果である中での
ギリギリの産物であると思っていただきたい。

当然、仕事の内容の中にあたってはスポンサーに対して接待も必要になってくる。
プロデューサーたるものの、接待のセッティングにおいては“うかつ”なことは許されない。
万事滞りなく進めて当たり前なのである。

…とりあえず、本日の接待は成功したといえるであろう。
送迎用の個人タクシーにお土産を添えてスポンサーを送り出し、
テールランプが交差点から消えた後、深々と下げていた頭をあげる。

顔を上げると、そこに見慣れた顔があった。
「あら〜やっぱりプロデューサーさんです〜」
「あ…あずささん」
普段着のあずささんがそこにいた。なんという偶然だろう。
聞けば、習い事とかでこのあたりに毎週通っているらしい。
「それで、プロデューサーさんは、今までお仕事だったんですか〜?
大変ですね〜。お夕飯もまだなんですか?」
「そうなんですよ。お酒だけ入っていて、お腹すいちゃって」
「実は、私もお夕飯まだなんです。遅刻しちゃって食べれませんでした…」
「じゃあ、これから夕飯一緒に行きませんか?」
「あっ、はい〜ご一緒いたします。うれしいです」
…おそらく空きっ腹に酒だけが入っていたせいか、だいぶ酔いが回っていたのだろう。
普段では考えられない台詞が口をついていた。
しかし、相手にOKをもらったからにはきっちりとエスコートしなければならない。
手を上げて車を停めると、表参道まで走ってもらうことにした。 


「おいしいです〜♪」
あずささんはやはりマイペースだ。
しかし、そのマイペースな加減が、
先ほどまでスポンサーを接待していた営業としてのスタイルである自分から、
本来の自分の姿に戻してくれるような気がしていた。
「じゃあ、これも頼みましょう」
トマトやオリーブオイルたっぷり入ったナポリ風のパスタを注文する。
結局、裏原の某イタリアンを選んだのだが、
こんなときは正直今までの仕事で培ってきたコネに助けられる。
見る人がみれば一目でわかるはずの三浦あずさ。
彼女が無防備に男連れで店にやってきたとしても、慌てず騒がず、
ごく自然に店の一番奥まった場所に案内してもらえる安心感。
それも今までの自分がやってきた仕事の裏返しである。

「しかし…この前のメールいただいたときは本当にすみませんでした」
「…あら〜」
珍しく、あずささんが頬を染める。
「お弁当も本当に残念だったんですが、“撃沈”なんて言葉、久しぶりに見ましたよ」
「はい〜…でも、本当に沈んじゃう感じだったんですよ〜」
なんてことはない会話。二人の間にゆったりとした空気が漂う。
「プロデューサーさんは、本当に毎日お仕事にレッスンにお忙しいみたいなので〜、
少しでもお役に立てれば…」
「あずささんにはいつも助かっていますよ、本当に。
だから、今日はこんな風に食事できてうれしいです。
…できればずっとこんな風になれればいいんですけどね」

それは「プロデューサーとしては」うかつな発言だった
「は、はい〜…私も…できればそうなれればいいかと…」
あずささんは心底うれしそうに、指を正面で組む。
ただでさえ破壊力のある胸元が、
ぎゅうっと正面に寄せられるのを目の当たりにして、正直、くらくらする。

と、自分の胸元で携帯が震えた。
「なにしてんのよこのバカー!仕事が終わったら私に連絡するって話でしょ!
今何時だと思ってんのよー!」
着信一番、金切り声がスピーカーから響いた。
「な、なんだよ伊織っ」
思わず名前を呼んでしまう。
はっとして、あずささんを横目で眺める。

あずささんは笑っていた。
いつもの笑顔。
微笑ましそうな笑顔。

そう、たとえば…

朝の挨拶のとき。
伊織にまず声をかける。伊織は待ってましたとばかりに自分をからかい倒す。
あずささんはいつもの笑顔で見守る。いつもの笑顔で。

レッスンのとき。
伊織に数多くレッスンの時間を割く。上手に教えたあとで、
満足げにはしゃぐ伊織が自分に絡んでくる。
自分も上手にできた伊織を褒める。
それをあずささんはいつもの笑顔で見守る。いつもの笑顔で。

レッスン後の仕事のとき。
経験の浅い伊織に仕事を多く振る。伊織は何のかんのといいつつ、
楽しんで仕事をしているように見える。
自分に意見を求め、自分の答えに一喜一憂している。
それをあずささんはいつもの笑顔で見守る。いつもの笑顔で。

オーディションのとき。
不安を押し隠すように気丈に振舞う伊織。その緊張をほぐすべく、自分が声をかける。
自分の、あまり気が利いているとは思えない台詞に突っ込むことで、
伊織は伊織らしさを取り戻す。
それをあずささんはいつもの笑顔で見守る。いつもの笑顔で。

あずささんはいつも笑顔で見守っている。いつもの、その…貼り付けた…笑顔で。 


電話口でわめいている伊織には答えることなく、通話を切った。そのまま電源を落とす。
「あの…あずささん…」
「あら〜、伊織ちゃんからのお電話、切っちゃいけませんよ〜?」
「いや、あずささん…」
「お仕事終わってから、伊織ちゃんにお電話する約束だったんですよね?
約束は、破ったらはりせんぼんですよ〜?」
「いや…あずささん…そうじゃないんだ…」
「どうしたんですか〜プロデューサーさん〜?」
「あ、あ、…俺はあずささんに、今まで…なんてひどいことを…」
「………………………………」
「……!!」
あずささんは笑っている。
笑っている、その目じりから、光る筋が、つう、と流れ落ちる。
自分は、声をあげることができない。

ああ…。
本当に、本当に。

なんてうかつなプロデューサーなんだ…。
一人で勝手に敏腕だ売れっ子だと自惚れていて、
その実、本気でユニットのメンバーのことなんか、考えちゃいなかった…。
「あずささん…ごめん…」
あずささんは笑顔で、光る筋跡を残したままふるふると首を横に振った。
「ここまで来れたのも、全部プロデューサーさんのおかげです。
プロデューサーさんとお会いしていなかったら、
私、ここまでこれたかどうか…だから頭を上げてください〜」

ああ…自分は今ここに誓おう。
なんとしてもこの二人を頂点へ、真の高みに連れて行くと。
喜びも、悲しみも、憎しみもすべてない交ぜにして織り上げ、はるかな高みへ昇らせよう。
その地平にたどり着いたとき、そこに答えがあるかないかは問題ではない。

ただ、頂点へ。本当のアイドル神へ。。 

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