良い娘悪い娘普通の娘

作:426

ある日の事務所、時はお昼過ぎ。
私、秋月律子はパソコンのモニターを眺めて一息ついた。

「ふぅ……これで大体スケジューリングのチェックは終了、と」

あとは我が社の所属アイドルのネット人気でも見てお茶にしようか。
私はこれでも一応アイドルなんてやらせてもらっているが、
本来ならマネージャーとしてこの『765プロダクション』に入社した身だ。
だから、経営の勉強としてスケジューリングは自分で組むし、グッズの売れ筋や
ネットでの反応などもチェックする。
世間の流れを見ることはアイドルにとって大事だと思うし、引退してからのマネージャー
業に大いに参考になる。
わが社の主力となる頼もしいメンバー達は……まだ来ていない。

「いや……誰かきてるのかな?」

人の気配を感じて、事務室から応接室へ移動する。
そこには……廊下側の窓を覗く双海亜美、真美の姿だった。

「おはよう。なにしてるのそんな所で」
「あ。律子姉ちゃーん、おはよー。」
「おはよー。あのね、春香ちゃんを待ってるのー」

確か春香は……午後から営業のために出社だったけど、春香を待っているって…?

「春香に何か用?私でよければ伝えておくけど」
「えーとね、違うの。春香ちゃんが通るのを待ってるの」
「転んだら亜美の勝ち。転ばなかったら真美の勝ちなのー」

よく廊下を見てみると、階段に差し掛かるところに黄色いものが落ちている。
……………バナナの……皮? 


「つまり……廊下のバナナの皮に春香が滑って転ぶか賭けている、ということ?」
「ピンポーン!律子ちゃんも何か賭ける?」
「そうね………その前に、二人にいいものあげるからちょっとこっち来て」

二人とも素直に『なになにー♪』と近寄ってくる。そこで私は……
拳をグーにして、二人のこめかみに思いっきりグリグリした。

「……いっ、痛い痛い痛いー!?」
「律子ちゃん痛い、何するのー」
「あんたたち、やっていい事と悪い事があるでしょっ!春香が転んで頭でもぶつけたら
どうするの!?骨折でもしたら責任取れるの?ファンやご家族の前でどう謝るの!?」

二人の悪戯好きな性格は分かっているが、こんなのは見過ごす事が出来ない。
今後のためにもピシャリと注意しておく必要があると思った。

「いい?アイドルは身体が資本なの!怪我したらダンスも出来ないし仕事も制限される。
例えば亜美が誰かの悪戯で怪我しちゃったら、真美はその犯人をどう思う!?」
「それは……すっごーくムカつく。許せないよ…」
「そうよね……だったらこんな危険な悪戯は絶対駄目。分かったわね」
「うん、分かった。ごめんね、律子ちゃん」
「ごめんなさい……わたしも、春香ちゃんが怪我をするのはいや」

分かってくれたみたいだ。まぁ……ちょっと痛いお仕置きかもしれないけど、
春香が怪我でもしたら、二人とも、もっと心が痛かったと思うからこれでいいと思う。
でも、ちょっとこのバナナの皮、もったいないかも……

「分かればよろしい。それじゃ……二人とも。用具室からレッスン用のマット持ってきて」
「え…何するのー?」
「【危険な悪戯は】駄目って言ったわけだから、安全なら問題無しなのよ。わかる?」
「あ♪つまり、転んでも怪我しないようにマットを用意するんだ」
「そう。特に春香は注意を促すためにも、バナナの皮くらいで転ばないようになって欲しいし」

……これは本当の話だ。未だにコンサートの本番中に転ぶのは勘弁して欲しい。
音響のコードに引っ掛けて大惨事になりかけたし、その………
カメラ小僧に、恥ずかしいところを撮られまくりの画像がネットに上がっているし。

「もうちょい右。そう……そこ」

バック転などを練習するための厚手のマットをさりげなく敷いておき、スタンバイする。
普通は気がつくだろうな…ここまで階段の真ん中にバナナの皮が置いてあると。
まぁ……春香専用の実験という事で、他の人には多めに見てもらおう。

「それじゃ、隠れるわよ…あんたたちがいた場所じゃ、見つかる可能性があるからこっち」
「律子ちゃん……何だかんだ言って楽しそう……」
「うるさい。春香のためでもあるんだから黙って見てなさい」

実際私はちょっとノリノリだった。
こんな悪戯なんて、小学生の頃以来だから……… 


「春香ちゃん、遅いねー……」
「ねー。いつもこれくらいの時間にくるのにー…」

わが社の規則には、厳密に何時に出社するという決まりは無い。
別段仕事に間に合うならいつ来てもいいのだが……今回に限ってはそれがもどかしい。

「あ!来たよー、誰か来た」
「ほんとー!春香ちゃん来たかなー?」
「ほら、乗り出さないの!見つかったら元も子も無いんだから」

そういって、そっと奥の窓から死角の位置に入り込む。
……やっぱりドキドキする。春香には悪いけど……こういうの、楽しい。
しかし……遠くから近づく足音と鼻歌は、春香のものではなかった。

「………あずささん?」

彼女は別に出社予定が無い。どうして事務所に……と思ったが、
今出て行って説明するのも変な感じだ。
まぁ……春過とは違うんだし、いくら天然のあずささんでもあれは気がつくでしょ。

「あ〜れ〜………」

…………私の認識は甘かった。 


「ごめんなさい……まさか分かっていて豪快に転ぶとは思いませんでした」

事務所にある救急箱から絆創膏を取り出し、手当てをする。
あずささんは、バナナの皮に気付いたら……豪快に踏みに来たのだ。
そして、嬉しそうな悲鳴を上げて仰向けに転んだ……
しかも………スカート思いっきり捲れてたし、カメラスタッフがいたら大喜びじゃないのよもう。
この人が、ことごとくおいしい所を逃がさない理由が分かったような気がする。

「でも、どうしてバナナの皮に気がついてるのに踏みに行ったの?」
「うふふ〜だって、あんな漫画みたいな面白い状況……一度やってみたかったんですよ〜♪」
「でも、凄かったねー…ラリアット受けたみたいに回ったし」

本当にあずささんは漫画のような軌跡を描いて半回転した。
マットもあるから安全だと思ったらしいけど……そういうところは見えてるんだ、この人は。
勢い余って、少し肘を擦りむいたのは……私達だけの責任ではないと思う。
さて……バナナの皮はあずささんが踏んづけてもう使えないし、これで終了かな?

「……って、どうしてバナナ食べてるんですか!みんなで」
「これは〜、八百屋のおじさんからもらった物でして……事務所の皆で食べようと思いまして〜」
「あぁもう……これは資源を無駄に使うなと神が言ってるようなものじゃない」
「律子ちゃん、神様は信じないんじゃなかったの?」
「さっきの発言は建て前よ。実はもうちょっとやってみたいって思ってる照れ隠し!」
「では〜律子ちゃんもどうぞー。太くておっきくて美味しいんですよ〜」

……この人は本当にわかってやっているんだろうか?
カメラの前でこんな台詞と一緒にバナナなんて食べたら……ネットで何言われるか。
考えるだけでもぞっとする。
うちのプロデューサーは、こういう危機管理をもっとアイドル達に教えるべきだ。
とはいえ、本当に美味しいので遠慮なくいただいたけど。 


あずささんを加えて4人になった私達は、再び隠れて様子を伺っている。
さっきの騒ぎから30分……やっとまた足音が聞こえてきた。

「春香ちゃん来た?」
「まだ分からないかなー……あれ?違うかな…ロングヘアっぽいし」
「あれは〜千早ちゃんですね〜」

今日はどうしてこう、関係ない人たちばっかり来るのだろう?
練習熱心な千早の事だ。おそらく自主レッスンのために事務所に来たのだろう。
いくら何でも、しっかり者の彼女がこんな悪戯に引っ掛かるわけが無い。
ドアを開けるなり『こんな悪戯したのは誰ですか!?』とか言うに違いない。

「きゃあぁぁーっ!?」

……私の認識は、またもや甘かったらしい。何でこうなるの? 


「本当にもう!マットを用意しても、こんな悪戯は感心しませんよっ!」
「だから、それはごめんってば。でも……いくら新曲のことを考えているとしても…」
「コウキョウの場所でシュウイをみないのは駄目よねー」
「あなた達がそれを言う!?」
「まぁ〜、怪我も無かったですし、お互い様と言う事でどうでしょう?」

この人の毒気の無さにあてられると、さすがの千早でも言う事を聞かざるを得ない。
私達が全面的に悪いのは認めるけど、曲に集中するあまり周りを見ないのは、
彼女の悪い癖だ。今後、オーディションなどでも克服してもらわなくては。

「春香の注意力を試す試験だと思って、ね?」
「まぁ……確かに春香の転び方は異常だから、気持ちは分かりますけど」

何とか千早を説得して、もう一度……いや、二度バナナの皮を設置する。
こうなったら春香が来るまでやめないわよ。
とうとう5人になった私達は、三たび潜んで様子を……5人?

「千早ちゃん、邪魔ー」
「そうよー。レッスンじゃなかったのー?」
「……あ、アップまで少しゆっくりするんですっ!いきなりレッスンには入りません!」
「それにしたって、一緒にここにいる必要は無いんじゃないの?」
「そ、それは………私は、春香が心配でっ」
「あ………来た!」

よく見てみると、今度は本当に春香だった。
さて、待ちに待った瞬間だ。一歩、また一歩と階段に近づいて……

「あれ?……もうー、危ないなぁ。こんな悪戯するなんて」

え?あれ?

「レッスン用マットまで敷いて……誰ですかこんなことする人は」

そう言って、春香はマットを片付けてしまう。
そして、ゆうゆうとバナナの皮をすり抜けて応接室へ入ってきた。
私、人を見る目には自信あったんだけどな……今後注意しよう。 


「もーう、いくら私でもあんなバレバレの罠で転ぶわけ無いでしょう」
「やっほー、お姉ちゃーん、クリアおめでとう♪」
「うー……どうしてこんな時だけするどいのー。おやつ真美に取られたじゃないー」
「あー!もしかして、わたしが転ぶか賭けてたんでしょう?いけませんよー、
アイドルが賭け事なんて、悪徳記者に知れたらイメージ下がっちゃうんだから。
それに、あんな漫画みたいな悪戯に掛かる人なんているわけが無いでしょう!」

……千早が真っ赤になり、あずささんが嬉しそうに笑う。
正直、ちょっと意外だった。春香がこんなにしっかりしてるなんて。
プロデューサーが、しっかり教育しているんだろうか?何にしても、意外だけど嬉しい。

「さて、今日は営業ですー♪プロデューサーが来る前に、着替えちゃいますねー」

春香が上機嫌で更衣室へ向かう。
この分なら、彼女は大丈夫だろう。もっと上のランクへ向かってまっすぐに……

「……あぅっ!いったーい……」
「あら……大丈夫ですか〜?バナナ食べます?」
「あずささんっ!かける言葉、多分間違ってます」
「やっぱりこうなるのね……真美、やっぱ転んだからさっきの賭け、無効ね」
「ずっるーい!バナナで転ばなかったんだから真美の勝ちじゃんかー」
「転ぶか転ばないかが賭けじゃんさー」
「違うー!バナナで転ぶか転ばないかが賭けだって」

……まっすぐに、転びながら登っていくんだろうなぁ。
さっきは気が付いたのに、どうして何も無いところで転ぶんだか。
こういうところが春香なのかな……と思いながら、私達も解散する事にした。

わが社のアイドル達は、順調に育って来ている。
私も含めて、いつかは芸能界の頂点へ。一丸となって進んで行きたいな……
夢はドーンと大きく、その名も『アイドルマスター』なーんちゃって。

……あれ?本当にドーンって音が聞こえたような。
それにわたしたち、何か忘れてる気がするんだけど。


「ぐぅっ…………こ、腰がっ……どうしてこんなところにバナナの皮が」
「きゃあぁぁぁっ!?しゃ、社長ー!?」 


………あれから2週間。社長は幸いにも軽い打撲で、3日ほどの入院で済んだ。
春香がマットを片付けてしまった事が災いしたが……彼女に罪は無い。悪いのは私たちなのだから。
わたしと亜美、真美はそれぞれの給料明細を見て罪の重さを再認識するのだった。

「減俸………10%で2ヶ月かぁ……」
「うぁーん、お小遣いめっちゃダウンー、泣きそう」
「あんたたちはお小遣いでしょ!私は完全に生活費なんだからね!………まぁ、
これでわかったでしょ?していい事と悪い事が」
「わかったー……もうこりごりにょー」



我等が765プロダクションが、もっといいオフィスを構える日は……いつになるのかなぁ…? 

上へ

inserted by FC2 system