「ファンレター」

作:とらきち

「〒○○○−○○○○
 東京都○○区……
 (株)765プロダクション
           三浦 あずさ様



 前略 初めてお便り致します。

 私は現在、○○刑務所にて服役生活を送っている一受刑者です。

 さて先日は、お寒い中、私どもの慰問にお越しいただき誠に有難うございます。
 私は貴女様のしっとりした歌声と穏やかなおしゃべりに、しばし服役生活の疲れ
を忘れて酔いしれておりました。
 特に、最後に歌われた「9:02pm」では、私を含めたたくさんの受刑者が、
『塀の向こう側』に置いてきた家族のことを思い出したのか、年甲斐もなく涙ぐん
でいました。


 さて、私はその夜、独房のベッドで貴女様の笑顔を思い起こしておりました。
 それを思い起こしていると、なんというのか、心のどこかに小さなぬくもり――
もうずっとずっと昔に忘れてしまった何かが甦ってくるのを覚えました。
 そして、これまでの自分の来し方を振り返ってみて、『自分はいったいいままで
何をしていたのか?』という思いが沸き起こってきました……」

 ・・・
「ファンレター読んでたんですか、あずささん」
 プロデューサーの声に、あずさは便箋を畳んで振り返る。
「はい。とっても変わった方からお手紙いただいたもので。
 なんでも、ご住所が刑務所とか……」
「どれどれ…」
 プロデューサーはあずさの前のテーブルに置かれていた封筒をつまんで、裏面に
書かれたリターンアドレスを確認する。
 そのリターンアドレスには見覚えがあった――先日、彼とあずさはその刑務所の
慰問に行っていたからである。
「続き、何て書いてあるんでしょうね?」
 プロデューサーはそういうと、あずさと一緒に手紙の続きを読み始めた。


「……私の両親は、私が小さい頃に離婚し、それからは母が女手一つで私を育てて
くれました。
 しかし、私の子供時代はいまとは違い、女性がひとりで子供を育てるのは大変難
しい時代でして、母は朝から晩まで働き通しでした。
 同級生は親に甘えてなんでも好きなものを買ってもらえるのに、私にはそれさえ
もかなわず、授業参観や運動会もいつもひとりぼっち。
 そんな淋しい日々の中で、私はいつのまにか心が荒んでいったのです。
 髪型や服装を、大人が眉を顰めるような形にしてみたり、ちょっと気に食わない
ことがあると、そこいらにいる人たちに喧嘩を吹っかけて警察のお世話になったり
……。
 いまから思うと、母がどれだけ心を痛めていたのか……。
 そして気がついたら、私は極道の世界に足を踏み入れていました……」


 そこまで文字を追っていたプロデューサーは、ふと横のあずさを見た。
 目で文字を追っているあずさの瞳が、心なしか潤んでいるように見える。


「……もし、私が一番すさんでいたあの頃に、貴女様のような女性が身近にいたと
したら……。私の人生は大きく変わっていたかもしれないです。


 これからますます寒くなります。
 貴女様も健康には充分留意して、健やかな日々をお過ごしください。
 そして、これからもすばらしい歌を、私たちに届けてください……」


「…………」
 あずさは手紙を読み終えると、そっと目頭を押さえていた。
 手紙の主の境遇に、何か感じるものがあったのだろう。

「この人、きっと心根はいい人だったんでしょうね…。
 そんな人がいったいどうして……、ホント、人生は解らないものですよ」
「そう、でしょうか……?」
「でも、いまこの手紙読んでみて、改めて気づきましたよ、俺」
「?」
 小首をかしげたあずさにプロデューサーは
「あずささんのあたたかさ、ですよ。
 うまくは言えないけど、何かこう、ほっとした気分にさせてくれる、というか…」
「まぁっ。
 そう言われると、私、ちょっと照れちゃいます〜」


 その夜。
 あずさは件のファンレターをくれた受刑囚に返事を書こうと思い立った。
「拝啓 寒さ厳しき折、いかがお過ごしでしょうか……」


了 

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