引退

作:ギル龍

雪歩は沈みきっていた。

『トイVOX!』解散…

いつかは来るだろうと思っていた、その事実。

つい5日前、ついに解散通告を事務所で受け、
以来ずっと意気消沈したまま今日のインタビューに臨んでいる。
インタビュアーは善永記者。先日、奇跡的なオーディション合格より3週間、
雪歩たちの密着取材を行ってくれている。

「こんにちは、今日は取材と言うことで、インタビューさせていただきますね。よろしくお願いします」
「こんにちは。こちらこそよろしくおねがいします」
「…」

ぼーっとしていた雪歩は、律子に脇をつつかれた。

(雪歩、雪歩!)
「え?あ、はいっ。こんにちは」

あわてて返事を返す雪歩。
善永記者は苦笑しつつも、質問を続けた。

「さて、今日は、先頃行われた『トイVOX!』の解散という発表についてですね。
その話を中心に、これまでのお二人の軌跡とか、
今後の音楽活動の予定なんかをお聞きしていきたいと思います。
解散発表はファンにとってはたいへんショッキングなニュースだったわけですが、
今までお二人でやってこられて、どうでしたか?」
「そうですね…ふたりで1年とちょっと頑張ってきましたけど…
思い返してみると、いいことばかりだった気がします。
もちろん、すごく落ち込んだときもたくさんあったけれど、雪歩と励まし合ってこれました。
結果も十二分に出せたと思いますし、満足…しています」
「なるほど…萩原さんはどうですか?」
「…」
(雪歩!質問!)
「え、あ、は、はいっ。えと…」
(これまでのこと!)
「あ、あの…わたし…もっと、律子さんとやっていきたいなって…」

律子が頭を抱えているのが見える。

「そうなんですか?じゃあ、そのお答えを受けてちょっと核心に迫ってみます。
ズバリ、解散の理由は?」
「プロデューサーがそうしろってい(もがっ」

律子があわてて雪歩の口を押さえる。

「あ、あのですね、もう1年ちょっともやってきて、
そろそろ中だるみが起きてるんじゃないかなって思うんですよ。
ヒット曲もそこそこでましたけれど、最近はテレビへの露出度も減ってきてますし、
ここで一発リニューアルの時期じゃないかって思うんです」
「そうですか…と、言うことはお二人は音楽活動をやめる予定というわけでもない?」
「もちろんです。私はソロに戻って、このデュオの成果を試してみたいと思っていますし、
更なる高みを目指すつも」
「律子さんは!私が、私がじゃ、邪魔なんですか…っ」

雪歩はたまらなくなって、律子の言葉を遮った。

「雪歩!」
「私は…律子さんのおかげで…いっぱい色々教えてもらって…
律子さんとプロデューサーがいるから頑張ろうって…」
「雪歩…」
「私、律子さんが私のダンスを褒めてくれたとき、とっても嬉しかった…
だから、もっと頑張ろうって、おもって、それで…それなのに…」
「雪歩、それは…」 


その様子を、黙って眺めていた善永記者が静かに口を開いた。

「…差し出がましいですが、ファンとしての立場から、意見を言わせてもらってもいいですか?」
「え、あ、はいっ」

律子が我に返ったかのように返事を返す。

「私はこの3週間、ずっと『トイVOX!』を見てきました。
以前から注目はしていましたが、こうしてきちんと取材させてもらって、
はっきりとわかったことがあります」
「…」
「…」
「このユニットは、本当にお二人の力が作ったユニットなんだな、ということです。」
「ふたりの…力?」

雪歩はすっと、顔を上げた。 


「はい。秋月さんの伸びやかなボーカル。力強い生き生きとした萩原さんのダンス。
また、それらをお互いがかばい合い、より高めあっている。
萩原さんのボーカルも、秋月さんのダンスも、それぞれパートナーのそれを高めるように、
たかめるようにという意識が見て取れて、また事実そうなっている」

「…はい。」

律子は、何かをこらえるように黙って聞いている。
雪歩は、そのような律子の姿を初めて見た。

「それだけに、私などは1ファンとして、このデュオの解散を惜しいと思います。
私も芸能記者の端くれですから、いろんな理由で解散するデュオを見てきました。
喧嘩別れに近い物から、個人的な都合、今後の方向性の違い、事務所の都合…
今回は、お話を伺った限りでは事務所さんの都合なのかな?と思います。
解散する、それ自体はしょうがないことです。
都合というのは、たいていのことはそうそうひっくり返せる物ではありませんから。
けれど、解散するとしても、萩原さん。」
「は、はいっ」
「あなたは、もっともっと、ご自分に自信を持たれる方がよいと思います。
このデュオは、萩原さんだけの力でないことはもちろんですが、
秋月さんだけの力でもなしえなかった。それほどに奇跡的なデュオです。
先ほど、萩原さんは、秋月さんに自分のことを邪魔に思っているのか、とおっしゃいましたが…」
「は、はぃ…」
「そのようなことを秋月さんが考えておられないのは、端で見ている私にすらよくわかります。
私の想像ですが、たぶん、秋月さん自身も、未だ萩原さんと一緒にやっていきたいと考えておられる。
けれど、ここで一区切りつくのがしょうがないことであるならば、
より自分を高めていこうと。そうあろうと。そのような意志を感じます。違いますか、秋月さん」
「…はい。その通りです。
私だって、私だってできることなら、もっと、雪歩と…」(ぐすっ
「り、律子さん…」 


雪歩は、恥ずかしかった。
なんでこんなことがわからなかったんだろう。
これまで一緒に、認め合い、支え合ってきた仲間だったのに。

「ね。萩原さん」

善永記者がにこりと微笑む。

雪歩はたまらなくなって、しゃくり上げる律子の肩を抱いた。

「り、律子さん…ごめん、ごめんなさい…」
「…」

「さて!私の個人的な意見はこの辺にしてっと。お仕事に戻らせてもらっても、よいですか?」

「あ、は、はいっ」(ぐいっ
「はいぃっ」

「では、これまでの、『トイVOX!』の軌跡についてですが…」 



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