千早とお酒

作:ドタキャンSS書き 画:菘

千早のCDがミリオンセラーを達成した日、俺達は二人で手を取り合って喜んだ。
まだ活動を始めてから一年も経過していないのに、この快挙。
これも全て千早の頑張りがあったからである。
ろくに休みもせず、毎日トレーニングと仕事で追われる日々。
それがようやく報われたと言うところか。
だが、ここが俺達の目指すところではない。
「千早、まだまだ楽はさせないぞ?」
「はい。分かっています。私達が目指すのはトップアイドル、ですから」
そう、これは最初の一歩のようなものだ。
トップアイドルを目指す為の第一歩。
そして、千早が完全に吹っ切れたところからの第一歩。
今までの千早とは違う『本当の千早』が、
アイドル界をより、震撼させるだろう。
…だが、それより先にまずしたいことがある。
それは千早へのお祝いだ。
「千早、明日は仕事を休みにしよう」
「…さっき楽をさせないと言ったのは、プロデューサーですよ?」
千早はふふっと、笑いながら言った。
千早が素直に笑うようになったことが、とても嬉しい。
「確かにそうなんだが…ほら、今までろくに休み、取れてなかっただろ?
 だから一日くらいいいじゃないか。それに、お祝いがしたいんだ」
「お祝い、ですか?」
「そうだ。俺から、千早へのお祝いだ。明日はその為に休みにしよう」 


「そこまで言うのなら、仕方ないですね…」
千早は頬を赤らめながら、耳のあたりを触っている。
千早が照れているときの、いつもの仕草である。
「よし、じゃあ明日は俺と二人で出かけるぞ」
「ぷ、プロデューサーと二人で、ですかっ?」
千早は驚きの顔を見せる。
「ああ、言ったろ?俺から千早へのお祝いだって。
 明日は俺が千早の行きたいところに連れて行ってあげるよ」
「プロデューサーと二人で…行きたいところ…」
千早は顎に手をあてて、考えているようだ。
しばらくすると、顔がボッと赤くなって、固まっている。
「…千早はどこに行きたい?俺が連れて行けるところなら、どこでもいいぞ?」
千早は恥ずかしがって、言うのをしばらく躊躇っていたが、やがて口を開いた。
「…なら、プロデューサーのお家…に、行きたいです…」
「え?俺の…家!?」
俺は千早の言った場所に驚いた。確かに、一度も招待はしたことはないが…
「…プロデューサーがどんなところに住んでいるのか、見てみたいと思って…。
 それに、外だと色々と騒がれてしまうので…。駄目、でしょうか…?」
千早は上目遣いで俺を見てくる。その仕草にどきっとした。
「構わないけど…俺の家、何も無いからつまらないぞ?」
「いえ、いいんです…プロデューサーがいれば、それで…」
千早は全身を真っ赤にしている。つられて俺も赤くなってしまう。
「…分かった。じゃあ明日は俺の家で二人きりのパーティーを開こう」 


次の日の朝。
俺は今日の二人きりのパーティーの、準備をしていた。
まずは部屋の片付け。
俺の部屋は、仕事でほとんど帰っていないことが幸いして、そこまで汚くはない。
だが、一応散らばってる服とかは片付けておいた。
…今日は朝から妙にそわそわして落ち着かない。いつもより早く起きてしまったし…
まるで恋人を家に招待するときのような気持ちだ。
(…恋人?…千早が?俺の中での千早との関係は『プロデューサーとアイドル』
 という枠を越えているとは思っていたが…まさか俺は千早のことが…)
そこで思考を停止させ、掃除を再開した。これ以上を考えてはいけない。
…思ったより早く掃除が終わったので、買出しに出かける。
(ムードを重視して、ワインでも買うか…って、千早はまだ未成年だったな。
 グレープジュースで我慢してもらおうか…)
そんなことを思いながらも、買出しを続ける。
(夜飯は…俺の手料理でも披露しようかな。『プロデューサー秘伝のカレー!』
 といっても、二日前の残りだが…。それがまた美味しいんだよな)
千早の喜ぶ顔を浮かべると、思わず自分も笑顔になる。
…周りから変な目で見られていることに気づき、さっさと買出しを終わらせた。
待ち合わせの時間は一時。まだ十二時にもなっていなかったが、先に行くことにする。
待ち合わせ場所の公園についたのは、十二時ジャスト。
そこで千早を待とうと車を降りて、公園に向かう。
そのときだった。 

公園の前の道を歩く、蒼いワンピースの女性と目が合った。
その女性はだんだんとこちらへと、近づいてくる。
長くて綺麗な黒髪、真っ白な肌、すらっとした体格。
麦藁帽子で顔を隠してはいるものの、よく見たことがあるその女性は、
俺の目の前まで来て足を止めた。
「こんにちは。プロデューサー。やけにお早いですね?」
聞き覚えのある、張りのあって、可愛らしい声。
俺は見とれていて、挨拶を返すのが遅れた。
「あ、ああ。おはよう、千早」
「今はお昼ですよ、プロデューサー。どうしたんですか?慌てて…」
千早は帽子のつばの下から、俺を覗くようにして言った。
「…いや、なんだ。その…千早。
 その格好とっても似合ってる。…思わず見とれてしまったよ」
千早の顔が真っ赤に染まるのが、帽子の影で隠れていても分かった。
「…よかった、私の精一杯のおしゃれだったんです。
 こういうの、あんまり慣れてなくって。…本当に、似合っていますか?」
「ああ、本当に似合ってる。可愛いよ、千早」
「…よかった…」
千早はいつもの照れる仕草をしているが、格好が違うので新鮮だ。
「…とりあえず、いこうか。いつまでも立ち話してるのもなんだし」
「私はこのままお散歩でもいいですが?」
「ほら、見つかってスキャンダルとかになったら嫌だろ?」
俺は素早く車に乗り込んだ。
「…私は…プロデューサーとなら…見つかってもいい…ですよ…」
「…?ほら、千早、鍵は開いてるぞ?」
千早が外で何かを言ったようだったが、聞こえなかった。
千早は顔を赤くしつつ、「お邪魔します」といって俺の車に乗った。 


「それにしても千早、約束の時間間違えなかったか?」
車で移動中、俺は千早に聞いた。
「…プロデューサーこそ、一時間も速く着いていましたよね?」
「俺は、買い物が思ったより速く済んでしまったから…
 やることも他になかったし、速めに行って待とうと思ったんだ。千早は?」
「わ、私は…その…。…そうです、お散歩をしてたんです。
 私もプロデューサーが来るまでは時間があったので…」
千早が嘘をついているということがバレバレで、思わず笑ってしまう。
「ほぅ…。わざわざ散歩かぁ…。家で待ってればよかったのに?」
「うっ…それは…その…くっ。プロデューサー…苛めないでください…」
千早は拗ねたような表情でそっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。実は俺は、落ち着かなくて速めに着いただけなんだ。
 …実は千早もそうじゃなかったのか?」
俺がそう聞くと、千早は静かに頷いた。
「はい…そうです。…もう、プロデューサーも初めからそう言ってくれればいいのに…。
 …でも、おかしいですよね?二人とも速めに来て、同時に着いてしまうなんて…」
千早はふふっと笑う。
「そうだな、やっぱり息がぴったりだな、俺達」
俺も千早に釣られて笑う。
「当たり前です。息があっているから、ここまで辿り着けたのですよ?」

その後も俺達は、家に着くまで他愛もない話を続けた。 


「ここがプロデューサーの家…」
「どうだ、普通のマンションで感想が言えないだろう?」
「そんなことを自慢されても…」
俺の家はマンションの一室。…特に綺麗なところではない。
「まぁそれはそれとして…とりあえず、行こうか」
千早を俺の部屋へとエスコートする。
「…私、男の人の部屋って初めてです…」
千早は緊張しているようで、周りをキョロキョロ見回している。
「そんなに緊張しなくてもいいよ、俺の部屋には何にもないしな。
 …ほら、ここが俺の部屋だ」
部屋の前に立ち止まって、先に部屋に入る。
「まぁ何もないところだけど…どうぞ」
「はい。お邪魔します…」
千早が恐る恐る部屋に入る。
「わぁ…。これがプロデューサーの部屋…。思ったより綺麗に片付いていますね」
「思ったよりとはなんだ、思ったよりとは。まぁ、あんまり使ってないから、
 綺麗なんだけどな。ほら、俺は事務所で暮らしてるようなものだから」
今朝片付けたことは黙っておいた。
「ちょっと見て回ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
よほど男の部屋が珍しいのか、千早は嬉しそうに部屋を回り始めた。 


「すごい…プロデューサーも、相当な量のCDを持っていますね…」
「ああ、そりゃあ一応音楽関係の仕事についてるからなぁ」
「あ、このCD。私が好きなクラシック…」
「それは千早が薦めてきたから、買ってみたんだけど…すごいいい曲ばかりだったよ」
「もちろんです!これは私のお気に入りですから…あ、私のCD!
 プロデューサーも買ってくれていたんですね?しかもこんなに…」
「そりゃあ、俺は千早のファン第一号だから当然だよ」
俺は驚いていた。千早がこんなにも積極的に話す子だったなんて。
今までの千早が、自分を出し切れていなかった、というのは分かっていたが。
「…あ、すいません。少しはしゃぎ過ぎてしまいましたね…」
千早は俺の様子を見て、顔を赤くして照れている。
「気にするなって。そういう千早も俺は良いと思うよ」
「…はい、ありがとうございます…」
千早のこういう姿が見れるようになって、本当によかったと思う。
「…プロデューサー。このCD、かけてもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
千早が好きなクラシックの曲が、部屋に響き渡る。
「…この曲、大好きなんです。いつも家で聞いてました」
「確かに、この曲はすごいよな。迫力があるけど、どこか切なげで…」
「そうなんです。…この曲からイメージさせられるもの、たくさんありました。
 ………プロデューサーは…好きですか?」
「んっ!?」
「…プロデューサーもこの曲、好きじゃないですか?」
「…あ、ああ。もちろん、素晴らしい曲だと思う。俺も好きだよ」
「ふふっ。よかった…」
俺が一瞬ドキッとしたのは、千早を意識しすぎているせいだろうか…。 


その後俺達は、音楽を聴きながらずっと話し続けた。
気がづいたら夜になっていたので、晩飯(俺のカレー)を食べた。
千早が美味しそうに食べてくれたのが、嬉しかった。
「プロデューサーのカレー…、とっても美味しかったです!
 プロデューサーって、料理もできるんですね。すごい…」
「一人暮らししてると必然的に覚えちゃうものなんだよ」
俺と千早は一緒に食器を片付けている。
「食後のデザートはいかがですか?」
俺は今朝買っておいたケーキを取り出した。
苺のショート、モンブラン、チョコレートケーキ、チーズケーキ。
これだけ買っておけば、千早の好きなのもあるだろう。
「うわぁ…今日は特別な日でもないのに…。
 プロデューサー、本当にありがとうございます…!」
「気にするなって。それに今日は千早のお祝いの日なんだ。
 俺にとっては特別な日だよ。…さぁ、何がいい?」
「…プロデューサー。…じゃあ、モンブランを頂いても良いですか?」
「いいよ。…あれ?千早って苺ショートが好きじゃなかったっけ?」
「はい。…ですが、いつもプロデューサーがモンブランを美味しそうに食べているので…
 私も食べたいな、と思って。…いけませんでしたか?」
「いや、全然構わないよ。ちょっと残念だけどな…」
俺が笑いながら言うと、千早も笑った。
「ふふっ。では、二人で半分こに、しましょう?」
二人で半分にしたケーキを分け合って、食べた。
いつも食べているモンブランが、いつもより美味しく感じた。 


ケーキを食べ終えて、俺は2つのワイングラスを用意する。
今朝買ってきたワインと、グレープジュースをグラスに注ぐ。
グラスをテーブルまで持っていき、ワインは俺の席に、
ジュースは千早の方に、念をいれて置いた。
「乾杯しようか」
「…はい。では…何に、乾杯するのですか?」
「そうだなぁ…。じゃあ俺は千早に、乾杯」
「えっ…?じ、じゃあ、私はプロデューサーに…」
千早と俺は照れながらも、グラスを鳴らした。
少しだけワインを口に注ぐ。千早も同じようにグレープジュースを飲んでいる。
「…プロデューサー。お願いがあるのですが…」
千早は顔を赤くして、俯いて言った。
「今日…プロデューサーの家に、泊まっても…いいですか?」
「ええっ!?」
俺は口に含んだワインを吹きそうになった。
「…いえ、駄目ならいいのですが…」
「いや…駄目ってことはないけど…。親には連絡は取ったのか?」
「…はい。帰りは明日になると伝えてありますし。明日の準備もあります」
千早は最初から泊まる気でいたのであろう、用意は済ませてあったようだ。
「…それなら問題ないな。まぁ汚い部屋だけど、泊まってくれ」
「本当ですか?…ふふっ、ありがとうございます!」
「礼を言われることはしてないけどなぁ…。ちょっとトイレ行ってくる」
本当に嬉しそうな千早をよそに、俺はトイレの中で考える。
今日気づいてしまったのだ、自分の気持ちに。
俺は千早に特別な感情を抱いている。
今までそれを否定していたが…今日、それを隠せなくなった。
…千早が好きだ。一人の女として。
プロデューサーの俺が感じてはならない、この感情。
俺はこの気持ちを抑えきれるかどうかが、ただ不安だった。 



俺がトイレから出て手を洗っていると、千早がふらふらとした足取りで、
こちらに近づいてきた。…今にも転んでしまいそうだ。
すると案の定、足を縺れさせてバランスを崩した。
「千早っ!」
俺は素早く駆け寄り、千早を抱きとめる。なんとか転ばせずにすんだ。
…抱いている千早の体はとても熱い。まるで病気にでもかかっているようだった。
「…千早、どうしたんだ?大丈夫か?」
俺が問い掛けると、千早は変な口調で返事を返してきた。
「…はい。だいじょうぶ、です…プロデューサーぁ…」
(…まるで酔っ払ったような感じだ。…ん?酔っ払った?)
俺は嫌な予感がして、部屋のグラスを見る。
すると、俺のグラスの中身が空になっていた。
「…千早、まさか俺のワイン…飲んだのか?」
千早はこちらをとろんとした瞳で見つめている。
「はい…。プロデューサーと…間接キス…ふふっ」
千早は顔どころか、全身がうっすら赤く染まっている。
どうやら完全に酔っているようだ。
「千早…、歩けそうか?」
千早に問い掛けたが、返事が返ってこない。
とろんとした瞳で、こちらを見つめているだけだった。
…その表情がとても色っぽい。
(…仕方ない、ベッドで寝かせるか…)
「千早、抱っこするぞ」
千早の足と肩のあたりを持って、持ち上げる。
いわゆるお姫様だっこの状態で、ベッドに連れて行こうとした。
…すると、突然千早の暖かい手が、俺の顔を包み込んだ。
そのまま千早は、俺の顔にどんどん顔を近づけてくる。
「千早、なにする…っ!」
俺の言葉が出る前に、千早に唇を塞がれた。
 
突然のキスに、俺は一瞬何が起こったか分からなかった。
俺の唇には、千早の柔らかい唇の感触が当たっている。
千早はずっと、俺の唇を離さなかった。
…一分くらい経っただろうか。千早はやっと俺の唇から離れた。
そして満足気な顔を浮かべて、こちらに微笑んだ。
「…ふふっ…プロデューサー…好き…」
「千早…」
俺の返事を待たずして、千早は再度キスをしてきた。
しかも今度は舌を入れようとしている。
先程のキスでは俺は驚いていただけだったが、今度は俺からも千早を求めた。
「…んんっ…ぁっ…」
舌と舌とを絡ませあい、より激しいキスをする。
「…ちゅ…ぅんん…ぷはぁ…」
舌で千早の歯茎の裏の当たりを舐めると、千早は声をあげた。
「…んぁあっ!…ふぅん…」
千早も真似をして、俺の口内を舌で舐める。
二人の舌が絡み合う音と、千早の声が、部屋に響いた。
「…プロデューサー…ぁ…なんだか…きもちいい…です…
 …体の奥まで…熱くって…。溶けてしまいそう…」
時より溢れる千早の声と、キスの感触。
俺は体中が熱くなってきて、だんだん何も考えられなくなってきた。
どうやら俺も酔ってきているらしい。…酒ではなくて…千早に。
完全に酔いが回るまえに、千早をベッドに運ばなければ。
…なすがままにキスをされながらも、何とか千早をベッドまで運んだ。
ベッドにそっと降ろして、寝かせようとする。
だが、千早は俺の首に回した手を、なかなか離そうとしなかった。
「プロデューサー…。キス、してください…」
俺は千早に覆い被さって、再度熱いキスを交わした。
長い長いキスの後、唇を離すと、二人の唾液が糸を引いた。
千早はようやく俺から手を離し、ベッドに寝転がる。
そこで俺はベッドに腰掛けて、一息ついた。 


(ふぅ…千早って酒にこんなにも弱かったのか…しかもすごい酒癖だ…)
そんなことを考えていると、不意に後ろから手が伸びてきた。
そのまま千早にベッドに押し倒されたと思ったら、千早が俺の上に覆い被さった。
「…千早、…ちょっと何をするんだっ!」
千早の妖艶な表情を浮かべていて、俺の話を全く聞いていないようだ。
千早の綺麗な脚が、俺の脚に絡まり、体と体が密着する。
千早の胸と俺の胸が当たり、千早の柔らかさと、千早の鼓動を感じられた。
俺の心臓の高鳴りと、千早の心臓との高鳴りで、ハーモニーを奏でているようだ。
「…プロデューサー…感じていますか…?」
千早は腰をくねくねと動かし、体全体を俺に擦りつけてきている。
「…私、今すごく、プロデューサーを…感じています…
 プロデューサーの暖かさ…、プロデューサーの鼓動…。
 全てが全て…優しくて…。とても安心できるんです…」
千早はとても先程の妖艶な笑みではなく、とても優しげな表情をしている。
「プロデューサー…私…プロデューサーのことが…大好き…です…
 プロデューサーは…私のこと…どう思って…ますか…?」
千早は真っ直ぐに俺の瞳を見て、聞いてきた。
…俺は今まで抑えていた気持ちが、ついに抑えられなくなった。
(千早が愛しい。千早が好きだ)
…その俺の本当の気持ちを、千早にぶつけた。
「…俺も、千早のことが好きだ。プロデューサーとしてじゃなく、
 一人の男として。アイドルとしてだけじゃなく、千早の全部が好きだ」
俺がそう言うと、突然千早は泣き出した。
「…よかった…。本当に…よかった…!…私…不安だったんです…
 私だけが…そう思っているんじゃないかって…。
 プロデューサーは、仕事としてしか…私を見てくれて…いないんじゃないかって…」
俺は千早の涙を手で拭った。そしてそのまま顔を俺のところまで持っていく。
「…プロデュ…んんっ…」
今度は俺から、千早の唇を塞いだ。 


今日何度目か分からない、長い長いキスを交わして、唇を離す。
「千早…泣かないでくれ。…俺も悲しくなるだろ?」
「…悲しくはないんです…。とても嬉しいのですが…涙が止まらなくって…。
 今日やっと…今までの不安から…開放された気がして…」
今までの不安。その言葉を聞くと、胸が痛んだ。
…俺が気持ちを素直に表していれば、もっと早く不安から開放させてやれたのに。
「プロデューサー…。私の不安…これからも、ずっと取り払ってくれませんか…?
 ずっと私の側にいて…ずっと私を守ってくれませんか…?」
千早は未だに不安そうな顔をしている。…もう、千早にそんな顔はさせたくない。
「千早、安心してくれ。俺はずっと側にいる。ずっと千早のプロデューサーでいるから…
 だから、安心していいんだ。不安な顔なんて…させないよ」
俺がそう言うと、千早にようやく笑顔が戻った。
「…プロデューサー…。ありがとう…ございます…。
 …ふふっ、ずっと…私の…私だけのプロデューサー…でいてください…」
千早はそう言うと、ゆっくりと目を瞑り、俺の胸に顔を落とした。
「…千早。…もう俺、我慢できそうにないんだ…。だから………って千早?」
俺の我慢は限界に来ていた。…千早と気持ちを確かめ合った今、
この自分の気持ちを、抑える術はなかった。
…だが千早の返事はない。
すぅすぅと、可愛らしい声を立てている。…どうやら眠ってしまったようだ。
(………ふぅ、まぁこれで…よかったのかもな)
千早を俺の横にずらす。寝ているにも関わらず、俺の体を千早の手が離さない。
「…んんっ…プロデューサー…。一緒に…寝てください…」
寝言で千早は、小さくでそう言っていた。
「まったく…仕方ないな…」
俺はそのまま千早を抱きしめて、寝ることにした。
千早の香り、暖かさ…温もり。まだ眠るには少し時間がかかりそうだ。 


次の日の朝。
俺は千早より先に目が覚めた。
…今日はいつもより安心して寝れたような気がする。
千早の温もりが、そうさせたのだろうか。
目の前には千早の顔がある。…寝顔がとても可愛い。
ずっと見ていたい気もするが、今日から仕事だ。仕方なく起こすことにする。
「…千早…千早?」
俺が優しく呼びかけると、千早は体をもぞもぞと動かした。
「ふぁ…」
千早が小さく欠伸をする。そんな姿を見るのが初めてで、新鮮だ。
やがて目をパッチリ開き、俺に気づいたようだ。
「……ぷ、ぷろでゅーさー…?」
「おはよう、千早」
「…え…は、はい。おはようございます…。…なんで私、プロデューサーと一緒に…!?」
千早はまだ目覚めたばかりで、混乱しているようだ。
「千早、昨日のこと、覚えてないのか?」
「昨日の…こと?」
千早は目を瞑って考え出した。すると突然、千早の顔がボッと赤くなった。
そのまま千早は布団の中に隠れてしまった。
「わ、私…酔っ払ってしまって…。…それで、プロデューサーにあんなこと…」
千早は布団から顔を半分出して、照れながらこちらを見ている。
「千早が酔うと、あんなに大胆になるなんて…驚いたよ」
俺が拍車をかけるかのように煽ると、耳から首まで、体中全部真っ赤になった。
「…恥ずかしい…。…私、はしたない子…なんでしょうか?」
千早がおどおどしているのが、とても愛らしい。
「そんなことないよ。俺は、ああいう千早も好きだ」
俺は千早を無理やり布団から引っこ抜いて、そっとキスをした。
「…プロデューサー。…昨日言ってくれたこと、全部信じても…いいんですよね?」
「もちろん。俺は千早に嘘をついたことなんて、ないよ」
「じゃあ、昨日のように…熱くて…気持ちいい…キスを…」
そこまで言うと、千早は口篭もらせて、布団に半分潜る。
「…ああ。お安い御用さ」
俺達は昨日のように、熱いキスを交わした。 


「…千早、走れ!」
「はいっ!」
朝の十時。
朝、のんびりし過ぎたせいで、仕事に遅刻してしまった。
車を降りて駐車場から全力で、事務所へと向かう。
すると、社長と小鳥さんが仲良く部屋の前で待っていた。
「社長!すいません、遅刻しましたっ!」
社長に全力で謝ると、社長はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「…オホン!仲良きことは、素晴らしきこと、かな」
小鳥さんも、社長と向き合って笑みを浮かべている。
「二人で朝まで何をしていたかは知らないが…遅刻はいかんよ?
 だが、今回は千早君の活躍に免じて、許してあげよう…」
俺はホッとした。…が、二人で朝まで居た、ということはばれていた。
確かに、一緒に走ってきたし…千早は顔を真っ赤にしているし…ばれるのも当然か。
「お二人の新しいスタート、ですね。頑張ってください!」
小鳥さんも俺達を煽るようなことを言ってくる。俺も恥ずかしくなってきた。
「…とりあえず、千早。部屋に入ろうか…」
「…はい。社長、小鳥さん。遅刻してすみませんでした」
社長と小鳥さんに会釈をしつつ、部屋に入った。
「…千早」
「はい?何でしょうか?」
「さっきも小鳥さんが言ったとおり、ここが俺達の新しいスタートだ。
 これからも二人で頑張って行こう」
「ふふっ、そうですね。…二人の力で、頑張りましょう、プロデューサー」
俺達は昨日のことで、より深く絆を深めることができた。
昨日は千早にとっても、俺にとっても、いい思い出になっただろう。
そして、一つ良い教訓ができた。
『千早に酒は飲ましてはいけない』ということだ。
「…プロデューサー?…のんびりしずに、遅れた分のレッスン、頑張りましょう!」
「ああ、ごめんごめん」
千早は扉の前で、準備完了!と言わんばかりに待っている。
「よし、行くぞ千早」
俺達は、ここから新たな一歩を踏み出した。 

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