魔法のお菓子(前編)

作:426

「じゃ、毎度どうもー」
「はい、ご苦労様です」
宅配便のお兄さんを送り出して、
俺は事務所の奥に運び込まれた段ボール箱にしばし呆然とした。
家電製品でも入りそうなサイズの段ボール。
多分、春香までなら楽々入ってしまうのではないだろうか?それが………2箱。
縦に積まないと、確実にタタミ一畳を占領するぞこれ。

「これはまた……凄いのが来ましたね。
タイミング的には丁度良いんですけど、この量は…」
俺も、音無さんと同意見だ。仕事の成果とはいえ、
狭い事務所にこの大荷物はいただけないと思う。
「まぁ……ここで呆然としてても仕方ないですし、準備を進めましょう。
今日は目出度い日なんだから」
「そうですね。主役が来る前に、ある程度のスタンバイはしておきたいし」

事務所の机を軽く片付けて2つあわせ、大きなテーブルを作る。
周りにパイプ椅子、あとはテーブルクロスを敷いてちょっとした花を乗せて……下準備はOKだ。

準備をしているうちに、皆もやってきた。
仕事があるメンバーは残念ながら参加できないが……それでも、俺と音無さん以外に4人。
春香、律子、真、あずささんが来てくれた。
皆、オフだったり収録の後だったりするのに……ありがたい事だ。
特に、春香は早起きしてケーキを焼いてきてくれた。始発で来る身としては辛いだろうに。
「皆、わざわざ来てくれてありがとう。で……例のものは用意してきた?」
全員がこくりと頷く。さて、準備も整ったし、あとは主役の登場を待つだけか。

「おっはよーございまーす!人生フルスイングで今日もがんばりまっしょいー」

待つ間もなく現れた主役に向かって、俺達はクラッカーを鳴らした。
さすがに驚いているな。…無理も無いか。
やよいにはミーティングとしか教えていないのに、いきなりこのサプライズだし。
「え?……今日、何かあったの?わたし、誕生日でも何でもないよ??」
「何言ってるの?今日はやよいが主役の記念日よ。わが社のCMタレント第一号の、ね」 


そう。TV番組出演はあっても、テレビCMに出られる芸能人なんてほんの一握りなんだ。
俺達のような弱小プロダクションに、全国規模のテレビCM撮影という仕事が入ってきたことを、
『快挙』と言わずして何と言う?
夕方の子供向け時間帯といえど、ギャラがかなり安くても……俺がプロデュースする彼女、
高槻やよいがわが社ではじめてのTVCM出演という偉業を成し遂げた。
今日はその快挙に、ささやかながら会社を上げてのパーティーをしようという事になった。

「おめでとう!凄いよね…CM出るなんて。私感動しちゃった!」
「番組と違って、CMは何度も見るからね…顔を覚えられて、知名度が大幅に上がるわよ」
「ファンから逃げる練習もしないとね。
やよいなら…ボクと同じくらい運動神経あるから大丈夫だと思うけど」
「いいですね〜、やよいちゃんがコマーシャルに出るなんて…
わたし、その商品たくさん買っちゃおうかしら〜」

『…ざわ……』

あずささんの台詞に、やよいをのぞいたこの場の全員が凍りついた。
多分、この段ボールの中身、分かってないんだろうな……あずささん。
「あずささん。買うのは勿体無いです。
っていうか、買う気があるなら一部で良いからこれを持って帰ってください…」
「あら。そういえば〜このおっきな段ボール、一体何でしょうか〜?」

いかんなぁ…『あずさ時空』が発生している。
このペースに巻き込まれると、会話の流れが普段の3倍、遅くなるんだ。
こういうときは、現物を見せてしまった方が話が早い。
俺は早速、例の段ボール箱を開けに掛かった。
と、同時に……真ん中に置いてあるTVから、やよいの仕事………初のTVCMが流れてきた。


『みんな一度は食べている。ずっと大好きデリシャス棒!』


ナレーションと共に、美味しそうにデリシャス棒……通称、『デリ棒』を食べるやよいが映る。 


今から3ヶ月ほど前の話、オフィスに一枚のFAXが届いた。
夕方の児童向けアニメ番組のスポンサー枠に、この『デリ棒』のCMを流したい。ついては、
765プロダクション期待のアイドル、高槻やよいさんにCM出演をお願いしたい……
そんな内容だった。

ギャラ的には、相場を大きく下回る安さだったが…それは無理もない。
『デリ棒』自体は誰でも知っているようなメジャー商品だが、なにせ今でも一本10円。
チロリチョコが20円に値上げした今も、堅実に10円路線を守って必死に頑張っている。
コレは俺の推測だが……夕方のCM枠を買う事で、予算がギリギリだったのだろう。
超メジャータレントを雇うようなお金は……当然無い。
そこで……新進気鋭の庶民派アイドルである、
やよいに白羽の矢を立てた……そんなところか?

この話を聞いたやよいは、ギャラの話も聞かずに『絶対やります!』と即答する程乗り気だった。
やはり彼女も……デリ棒には、散々お世話になったらしい。
俺が知らない種類まで知っていたから、相当親しんでいるというか……イメージにピッタリだ。
かくして……話はとんとん拍子に進んで、撮影を終えたのが先月。

そして今、俺達の……
いや、765プロダクション初のCMアイドルが、社のテレビに映っているんだ。

「よーし、じゃ、乾杯しようか。まずは俺から『ワタベのジュースのもと』を入れるぞ。」

俺と音無さんで計画した、やよいの為のパーティー……
参加する人は一人一品、思い出のお菓子を持ち寄る事。
やよいに気を使わせては悪いので、かならず【一人分100円以内の予算で】用意する。
……ちなみに俺の持ってきたこれ。一袋5円也。オレンジとグレープ5袋づつで……50円。

「やよい……CM出演、おめでとう。乾杯ー!」
グラスのぶつかる甲高い音がフロアに響く。いい雰囲気でパーティーが始まった、と思ったが……
「うーん……何かこれ…不味いわけじゃないんですけど、微妙な味ですね…」
「粉ジュース特有の安っぽい味よねー……何か白い粉が底に沈んでるし」
「何と申しましょうか〜、オレンジよりオレンジっぽい味がしますよね〜」

美味しくはないよなぁ……やっぱり。俺の子供の頃は、こんなジュースでも飲めること自体が
イベントだったんだよな。10円で2袋飲めるし、粉だけ舐めたりするのがまた楽しかったんだけど。 


「次はボクでいいかな?えーと、誰でも知ってると思うけど…」
そう言いながらクーラーボックスを開けて、真が取り出したのは……

「これ。ご存知の通り『カリカリ君』だよ。ソーダ味の何てこと無いアイスなんだけどね。
ちょっと前までボク、カートに乗ってたんだけど……あれ、マシンからメンテまでお金かかるんだよね。
だから、ほかの事にまで手が周らなくてさ、上位に入賞した時だけ父さんが買ってくれたのが、
このアイスなんだ。オヤジっぽいかも知れないけど…レースが終わってこのアイスをかじった時、
『あぁ……ボク、このために生きてるんだなぁ』って思うほど美味しかったんだぁ♪」

「いいお父さんね……アイスより、お父さんの喜ぶ顔が、真にとって嬉しかったんじゃない?」
「ありがと、春香……確かに味もそうだけど、
あの時、父さんがアイスを渡してくれた顔の方が記憶に残ってるよ」
「……勝利と思い出の味、ね。私も素敵だと思うわよ、真」
「では〜、次はわたしの番ですね。これ……分かります〜?」

あずささんが出したのは……水あめだ。
1本20円くらいだが、とにかく食べるまでに時間が掛かるアレだ。
「水あめって……私、お料理に使うけどこんなに硬くなかったはずですよ?」

普通はこんな硬い水あめの食べ方なんて知らないよな。
早速横にいた律子が練り方を教えている。
真も、あまり良くわからないから律子のやり方を見ている。
……やよいは…さすがだ。分かっているみたいだな。

「これは〜、練りこむ程に空気が入って柔らかく美味しくなるんですよ〜♪練るのが楽しくて、
ついつい時を忘れるほど練り続けてしまうんですよね……」
「……確かに、あずささん向けのお菓子かも」
「それで〜、ある日3時間ほど練り続けていたら、晩御飯の時間になってしまいまして……
ここで食べてしまうのが勿体無くなって、
ご飯を食べてから、再び練り直して………お風呂に入るまで〜」

この流れはやばい。あずささんには悪いけど、結論を先に言ってもらおう。
「……結局、いつまで練っていたんですか?」
「えーとぉ……あれ?いつまででしょう……練るごとに楽しくなって……
あとはあんまり記憶が…あぁ!」
「思い出したんですか?」
「えぇ〜、結局落として食べられなくなってしまったんですよ……泣いちゃいましたね〜あの時は」
「そんなオチですかっ!?」
「でも、どうしてそこまで練り続けたんですか?もう十分柔らかいでしょうに…」
「えーと……何だか、続けるうちに練れば練るほど天国にいけるくらい美味しくなってると思って……
それなら人類史上最高の水あめを作ってしまおうと思ったんですよね。何ていうか…
『アメリカの王様も食べられないような水あめ』を、
わたしが作って食べてしまうなんて、ドキドキしません?」
「手段と目的が、入れ替わってしまったんですね……って、
アメリカは大統領制ですよあずささん!?」
「うふふ〜、恥ずかしいんですけどあの頃、国で一番偉いのは王様だと思ってたんですよ〜」

俺の脳内に、王冠をかぶりながら玉座で水あめを舐めるあずささんの姿が浮かんだ。
突っ込みどころ満載の絵だと思うが……ややこしくなるのでこの場は気にしないでおこう。
何にせよ、これを練り続けるまでちょっと時間掛かりそうだから、次に行くべきだろうな。
次は……お、律子の番か。 


「またアイスになっちゃうんだけど……私はこれね。ロッ手の『宝石箱』っていうの」
「あ〜、わたし知ってますー。綺麗で好きだったんですよね……」
「うわぁ……バニラの中に綺麗な宝石みたいなのが入ってますよ♪」

「うち、実家が商店だったから……これを取り扱っていたことがあったの。
中に入っている宝石がどうしても欲しくてね。溶けないうちにバニラアイスだけを必死に平らげて……
その宝石を良く見てみると、何て事の無いただの『色の付いた氷』だったのよね」
「そうだったんだ……やっぱり、ショックでした?」
「当たり前よ。でもね……結局宝石が本物かどうかは関係無くて、
【見る人がどう思うかが】全てなのよね。
少なくとも、あの時、宝石を見ながら感じてたドキドキ感だけは本物よ。
それから私は、ハッタリというのもけっこう馬鹿に出来ないと思うようになったの」

人に歴史あり、というけど本当だよなぁ。
まだ四半世紀も生きていない子達が、ここまでお菓子一つに思い出を持ってるんだから。
律子の子供の頃からの分析癖や、ハッタリを好んで使う理由も分かるし面白い。
さて……最後は春香かな?

「えっと……私はそんなにおっきなエピソードとか無いんですけど…これです。クッポーラムネ」
「あー、1袋10円のアレだ。懐かしいなぁ…でもどうしてラムネ?」
「ほんとほんと。ボクが思うに春香とラムネってイメージ的に繋がらないんだけど…」
「………う……ちゃんと説明するから……笑わないで聞いてくださいね」

そして、春香は真っ赤になりながら少しづつ、語りはじめた。

「あの……私、小学校2年くらいの頃かな……えっと……好きな男の子がいて……
それで……ある日、珍しく女の子の友達と駄菓子屋さんに行ったんだけど…その男の子がいたんです。
彼が私の見てる前で、このラムネを買って……美味しそうに食べてて……で、その……
翌日、彼がいないのを確認して、急いでそのラムネを買って……食べたんです。
今でもラムネだけは見るだけでドキドキして、味とか覚えてなくて……でも、思い入れだけはあって」

そこまで言って、春香は真っ赤になってうつむいてしまった。
いくらルールとはいえ、そんな話を公開してまで思い出のお菓子を用意してくれるとは……
今更ながら、春香の一生懸命っぷりには頭が下がる。
ケーキを焼いてくれただけでも十分なのに。

「笑ったりしないよ春香。素敵な思い出じゃない!」
「そうだよ。ボクも何てゆーか……気持ちわかるし」
「私も…好きな人に関係するものって、触れるだけでドキドキするんですよね〜」
「あ…あのっ!でもでも、今はその男の子のことは、何でもないんですよ!
結局、告白も出来なかったし、別の中学校へ行っちゃったし、今は……」
「はいはいそこまで!……それ以上言うと自爆が増えるだけよ」

そういえば、やよいの反応が薄いな…と思って見てみると……
やよいは一人、主賓席でうつむいている。
主役を無視して盛り上がりすぎただろうか?
いや、やよいはそんな事ですねるような子ではないはずだ。
「お、おい。やよい……?」 


「う……ひっく…あのね……みんな、ありがとう……」
「あらあら……やよいちゃん?」
「嬉しいです、皆がここまでしてくれて……プロデューサーがいないと何も出来なかったわたしが、
アイドルとして活動できて……みんなと一緒にレッスンしてお仕事して……
ひっく…確かにCDも売れて、
給食費を前借りしないで済むようになったけど……それよりも、
みんなと一緒にこの事務所で頑張れる事が、
今は一番嬉しいです。すっごく……幸せなんです」

律子に、とん、と背中を押された。
……どうやら、涙を拭いてあげるのはプロデューサーの役目でしょう、という意思表示らしい。
春香や真も、目を潤ませてやよいを見ている。

「そうだな……俺も、やよいをプロデュースできて幸せ者だよ。皆も同じ気持ちだ。
だから……もっともっと、幸せになろう。皆と一緒に芸能界の頂点へ上り詰めるんだ」
「うぅ……それちょっと怖いかも…だって、今日のみんなの気持ちだけで死にそうなくらい幸せなのに」

……気持ちはわかるけどな。やよい……合計195円で死なないでくれ。
勿論、お菓子以上に皆の気持ちが入っているのは分かるけど、こんなささやかな宴会でこれでは、
ミリオンセラーを達成した時が思いやられる。マジで。

「さあさあ、涙を拭いたら再び楽しく騒ぎましょう♪
口直しに、実家近くの湧き水を持ってきましたから」
音無さんが、冷たい水を注いでくれた。安いけどアクの強いお菓子を食べた後には、
こういう美味しい水が何より有難い。
何よりも……この段ボール、スポンサーのお菓子会社から送られてきた、
大量の『デリ棒』と格闘するには絶対に必要だろうな。
俺の持ってきたジュースのもとだけでは、地獄絵図になっていたところだ。今後は気をつけよう。

「よし、それじゃあやよいの稼いできたデリ棒も加えて、パーティーの再会だ。
後でしっかり運動しておけよ」
「あはは……ケーキにこれだけのお菓子食べたら、凄い事になりそうですよね」
「んー…今日の晩御飯は、食べられなくなりそう…」

その日は……皆でけっこう遅くまで楽しく騒いだ。
後から社長が『ボワジュース』を持って途中参加してくれたりと、嬉しいおまけもあった。
やよいにはいい思い出も出来たし、これからますます頑張っていこうか……と思っていた俺だが、
この大量のデリ棒が、何事も無くハッピーエンドを迎えさせてはくれなかったんだよなぁ………


後編へつづく。 

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