ある日のロケバス

作:名無し

 たっぷり一日かけたロケを終え、バスは見慣れた風景の中に帰ってきた。
 帰り道の半分近くを寝て過ごしてはいたが、疲れは貯まってきているようだ。
首を回したら、ぽきりと音がした。
 傍らを見ると、窓際の席で少女が毛布に包まって眠っている。
猫も炬燵で丸くなる季節だが・・・ああ、ちょっと猫っぽいかもな。
「さて・・・と」
 ぐっ、と伸びをしてもう一度風景に目を向けた。ここからなら、事務所まで歩いて帰れる。
今回の番組のディレクターが彼女のファンで、いろいろと便宜を図ってくれる。ありがたいことだ。
その代わりといっては何だが、俺が酒に付き合わされることもしばしば。

単身赴任の愚痴を聞かされてもねぇ・・・。
彼女と同年代の娘がいるそうだが、まぁそれはそれで別のお話。

「やよいー、着いたぞー」
 バスが停まるのを見計らってやよいに声を掛けた。
しかし、一番後ろの座席の三分の一ほどを占領しているやよいはぴくりとも動かない。
「・・・?」
 やよいは寝起きが良いので、声を掛ければ大抵目を覚ますのだが・・・
まぁ、今日は朝からロケだったから疲れているのだろう。
「うーん、おんぶでもして帰るかな・・・」
 ぴくり、と毛布が動いた。
「む・・・」
 じっと見ていると、毛布の隙間からくりくりとした特徴的な目が見えた。
そして、しまった!とでも言わんばかりに顔を隠す。
(狸寝入りとは・・・新しい技を覚えたな)
 毛布をひっぺがすのもかわいそうなので、ちょっと付き合ってみることにした。
「やよいさーん」
 とりあえず毛布を捲り、顔だけ見えるようにしてみる。
「すー、すー」
 可愛いと言えば、可愛い寝息なのだが。さて。
「やよいさーん」
 と声を掛けながら
 ぷに
 頬を突っついてみた。
(お。柔らかい・・・)
 そりゃ、まぁ、いい年こいた男の頬に比べれば柔らかいはずだが。
 ぷにぷに
(うーん)
 ぷにぷにぷに
 ずっと突っついていてもそれなりに楽しそうだ。
 ぷにぷにぷにぷに
 やよいの顔がちょっと赤みを帯びてきた。我慢しているのかな。
 ぷにぷにぷにぷにぷに
 ぷにぷにぷにぷにぷにぷに・・・
「うっう〜、参りましたぁ・・・」
 頭を抱えるような仕草をしながら、やよいが目を開けた。
「おはよ、やよい」
「おはようございます〜」
 なんだか、ひどく残念そうな返事だ。
「寝るなら、家に帰ってゆっくり寝ような」
 家に着くまでが遠足とも言うからな。
「は、はぃい〜」
 俺は数歩通路を進んだが、後ろの動きが感じられないので振り向くと、
やよいは手をもじもじさせながらその場に立ったままだった。
「どした、やよい?」
「え、え〜っと・・・」
 なんだか恥ずかしそうにもじもじしたまま。うーん。
(ああ・・・)
「背中、貸そうか?」
「え?」
「いらない?」
「え〜っと・・・」
「はい、どうぞ」
 俺はその場にしゃがみこんで、やよいを待った。
「そ、それじゃ・・・」
 やよいの手が遠慮がちに俺の肩にかかり、そして背中全体に体重がかかるのを感じた。 


「よっと」
 やよいのお尻の下で手を組むようにして抱え込み、立ち上がる。
「落ちないように掴まってろよ」
「は、はい」
「やよいちゃん、顔が真っ赤よ〜」
 横の座席から、女性スタッフの茶々が入った。
「うっう〜・・・」
 からかわれるのは嫌かな、とも思ったが、
それでもやよいの手はしっかり首に回されているのでこのまま歩き出す。
 スタッフの横を通る度、
「やよいちゃん、可愛い〜」
だの、
「あ〜、こんな妹ほしいなぁ」
だのと声がかかる。恥ずかしいのか何なのか、やよいは俺の首筋あたりに顔を埋めていた。
まぁ、俺は笑うしかなかった訳だが。
 そして一番前のディレクターの横を通るときには、
「ああ、俺の娘もこんな風に甘えてくれたらなぁ・・・」
と、ちょっと切ない独り言が聞こえた。
「あ、そうだ」
 バスを降りたところで俺は振り向いた。
「ディレクター、荷物は後で・・・」
「事務所に送っておくよ。やよいちゃん、落とすなよ?」
「はい。ありがとうございます」
俺が軽く頭を下げると、
「ありがとうございます、お疲れ様でした〜」
と、背中からやよいの声がした。いつもより声が小さめなのは、
俺の耳の側で大声を出すわけにもいかないと、気を使ってくれたのかも。
「やよいちゃん、またね〜」
「気をつけて〜」
「落ちないようにね〜」
 バスの窓からスタッフたちが声を掛けてくれる。
やよいは、ちょっと恥ずかしげに手を振りながらその声に応えていた。
「なぁ、やよい・・・」
 バスを離れ、数分歩いたところで俺は口を開いた。
「あ!お、重いですか・・・?」
「ああ、いや、そうじゃなく」
「・・・?」
「ん〜、おんぶ、して欲しかった?」
「うっう〜・・・」
「・・・」
「この間、真美とおしゃべりした時に・・・」
「うん」
「寝た振りしてたら、真美のプロデューサーさんがおんぶしてくれたって・・・」
「うん」
「なんだか、うらやましくなっちゃって・・・えへへ・・・」
「そっか」
「はい・・・。あ、迷惑だったですか?
プロデューサー、恥ずかしいですか?うっう〜、ごめんなさいぃ・・・」
「そんなことないさ。やよいは軽いしな。アイドルをおんぶしたなんて、ちょっとした自慢になるし」
 俺は冗談混じりにそう答えた。
「自慢に・・・なりますか、私?」
「なるさ、もちろん。やよいのプロデューサーだって事も、結構自慢の種だ」
 こっちは本気。
「よ、良かったです〜」
 言いながら、ぐりぐりと首筋の辺りに顔を埋めてくる。
「ははっ、やよい、くすぐったいよ」
「えへへ」
(普段はお姉ちゃんだからな・・・たまには、こうして甘えたいんだろう)
 俺はそんなことを思いながら、事務所へと歩を進める。
「そうだ、やよい・・・」
 まだ、もう少し時間はある。話のネタは尽きないし、
こういう時でないと聞けないような話もあるだろう。
(もうちょっと、事務所から遠いところで降りても良かったかな)
 背中越しに響くやよいの声が、何だか少し心地良く感じられた。 



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