事務な二人(後編)

作:ひらりん

・・・半年後(24週目)・・・
「プロデューサー!プロデューサー!」
「ん?」
凄い血相で飛び込んで来た律子を俺は不思議そうに見返していた。
「何かの手違いで会場が借りられ無いそうなんです。」
「なんだって!」
流石に驚いた俺は、時計を見た。
開演まで3時間・・・。ここに来て借りられないってのはどういう事だ?
「とりあえず、律子はここに居てくれ。1時間で戻る。」
「でも・・・。借りれないって・・・。」
律子は心配そうに俺を見ながら言う。
「良いな?」
「はい・・・。」
俺の強い言葉に、律子は渋々返事をして大人しくなった。
それを確認してから俺は部屋を出て、この会場の管理室へと急いだ。
コンコン
ノックをして返事が無かったが、少ししてノブに手を掛けると鍵は掛かっていなかったので開けた。
中には3人居て、一人はあからさまに事務の女性。もう一人は事務の男性。
そして、残った一人が責任者のようだ。
「失礼します。」
事務員の二人は一回顔を上げたが、興味無さそうに仕事へと思った。
「ん?どちら様かな?」
もう一人がそう言ったので近付いていって名刺を渡して挨拶をした。
「ふむ、先に今日予約していた所だな。」
あれ?どういう事だ?話が通ってるぞ?俺は不思議に思って相手の言葉を聞いていた。
「実は急遽使いたいと言う人が居てね。
お金を詰まれているし、お得意様からの話でどうしても断れないんだよ・・・。」
相手の責任者は辛そうに言う。
そういう事だったのか・・・。
こういうのは昔の仕事でもあった事だから分からなくは無いんだよな・・・。
「そちらの方はこちらに来ていらっしゃるんですか?」
「ええ、確か地下の控え室に・・・。」
「ありがとうございます。」
「あ、あの・・・。」
後ろから責任者の困ったような声が聞こえたが、
あえて無視して俺は地下にある控え室へ向かった。 


コンコン
「どうぞ?」
「失礼します。」
俺は返事を待って足早に中へと入った。
「あの、どちら様で?」
相手は訝しげに俺を見る。まあ、普通の反応だよな。
「私こういうものです。急な場所のご用達だそうで。」
名刺を渡しながら俺はすぐに交渉に入るべく話しかけた。
「ああ、二時間後に50名を臨時でな。」
名詞を見た後、横柄な態度に変わって言う。
ここの奴は皆そうだ・・・。俺はここの会社を知っていた。
胸にある社員バッジですぐに分かった。
「そうなると、会長のお客様ですね。」
「貴様・・・。」
相手の眼光が鋭く光る。
「私は以前会長とお話させて頂く機会がありまして。その時に同じような事があったもので。」
「ほう・・・。」
相手の俺を見る目が少し変わった。
「宜しければ、もっと良い場所をご紹介しましょうか?
そうすれば貴方の株も上がると思いますよ。」
実際、あの人の50人の来賓となると、ここは場所的に不適切かもしれない。
俺は何となくそう思っていた。
「貴様、嘘じゃないだろうな?」
ふふふ、食いついたな。俺は内心でにやりとしていた。
「そうおっしゃるなら、会長と直接話させて頂ければ分かりますよ。」
「やってみろ。リダイヤルで掛かる。」
そう言いながら相手は俺に携帯を渡す。迷わず俺はリダイヤルを押して掛けた。
「もしもし・・・。もっと良い会場は無いのか?」
出た瞬間に、懐かしい声が聞こえた。ただ、第一声が不満気な催促だった。
一瞬俺は笑いそうになったが堪えた。
「お久しぶりです会長。琴若です。」
「ん?琴若?」
会長は怪訝そうな声を出す。
「あの時の若造ですよ。覚えていませんか?
新宿新都心、新宿中央公園、センチュリーハイアット。これで如何です?」
俺はヒントを出しながら言った。 


「おお!あの時の。何でこやつの電話でお前が出る?」
その疑問ごもっとも。そう思いながらも俺はすぐに答えた。
「実は急遽借りた先を、先行予約しておりまして・・・。」
「なんじゃと!さっき誰も借りておらんといっておったぞ。ふーむ、そういう事か・・・。」
怒りはするもののどういう事かの状況は把握してくれたみたいだ。
「それで、私の方がまた良い場所をご紹介できるかなと。」
「ふむ、して50人を何処に入れる?しかも準備まで入れて2時間切っておるぞ。」
俺を試すかのように会長は言う。
「一度切って、もう一度掛けなおしても宜しいですか?
残り20分以内に連絡させて頂いて、一時間半で準備させます。」
「ほほう、大きく出たな。吉報待っておるぞ。」
そう会長は言うと電話を切った。横を見ると、さっきまでとは違い相手が青い顔をしている。
「携帯借りますよ。」
「ど、どうぞ・・・。」
俺はすぐに昔の知り合い経由で電話を掛けまくった。
何とか15分でパークハイアットを押さえた。そして、すぐに会長に連絡を入れた。
「で、守備はどうじゃ?」
「パークハイアット、一時間半後OKです。」
「うむうむ、そこは譲ろう。その携帯の持ち主にすぐに向かうように行ってくれ。また、世話になったな。」
「いえ、こちらこそご無理を言って申し訳ございませんでした。」
「アイドルの育成が飽きたらうちにでも来るか?」
「勿体無いお言葉です。それでは、失礼足します。」
「うむ、その内食事でもな。」
最後に笑いながら言って会長は電話を切った。
「新宿のパークハイアットに一時間半後にセッティングしてありますので、
そちらへ向かって下さいとの会長のお言葉です。
お叱りを受けると思いますけれど、後でこういう事がばれた時の方が恐ろしい方ですから、
今後のご参考にでも。では、失礼致します。」
相手は返事をすることも出来ず、ぽかんとしていた。
俺は携帯を渡してから律子の待っている地上の方の控え室へと急いだ。 


「お待たせ、律子。」
控え室のドアを開けて声を掛けた。
「プロデューサー?」
律子は何を言っているのか分からないらしく俺を見ながら言った。
「先方が間違いだって分かってくれて、ちゃんと予定通りに出来る事になったぞ。
さあ、さっさと準備に入ろう。」
「あ・・・はい。」
律子は目をぱちくりして俺を見ていた。
「何してんだよ、私じゃないんだからボーっとしてないでしっかりしてくれよ、律子。」
「もう、何言ってるんだか。」
律子は苦い顔をしてから我に返って忙しく動き出した。

コンサートは大成功だった。時間ギリギリだったけれど、
裏方さんも頑張ってくれて良いステージになったと私は思う。
だけど・・・何で急に借りれる事になったのかな?
事務所の人もそれには首を捻っていたし・・・。プロデューサーが何かしたんだろうけど・・・。
「あの、プロデューサー・・・。」
「ん?どうした?」
いつものように掴み所が無い感じで返事をしてくる。
「何で急に会場が使えるようになったんですか?」
「ああ、さっきも言っただろ。先方が間違いだって言って来たって。」
いつもこんな感じだ、この人は・・・。
「本当ですかあ?」
私は思わずジト目になって聞き返す。
「私に言うなよ。言ったのは相手で本当にそうなのかなんて知らないって。」
うまーく逸らされてる気がするんだよなあ・・・。
「プロデューサーが無理矢理空けさせたんじゃないんですか?」
「あのなあ・・・。私にそんな力があるように見えるか?」
「見えない・・・。」
そう聞かれて私は思わず即答した。
「だろ?まあ、あれだ・・・良い事しとくと後で返って来るってとこか。」
笑いながら言うプロデューサーを見て、変に勘繰った私自身が馬鹿みたいに思えて来た。
「さあ、折角だからスタッフとかも一緒に打ち上げやるか?」
「んふふっ、良いですね。」
私の返事を聞くと、早速プロデューサーは携帯を掛けて場所を探し始める。
自分でやらなくても良いのに。ちょっと可笑しくなって私はくすくす笑ってしまった。 


・・・一年後(48週目)・・・
律子は押しも押されぬトップアイドルになっていた。
「プ・ロ・デュー・サー。」
嫌な予感がする・・・。響はそう思いながら、根粉で声を出す律子の方を向いた。
「何だ?」
「んふふ〜。聞いたんです。プロデューサーの事。」
「は?私の事?」
ニマニマしながら言う律子の意図が読めずに俺は聞き返した。
「そうですよ。プロデューサーいつも自分の事「私」っていうじゃないですか?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
(何となく言いたい事が分かったぞ・・・。)
響は全く分からない振りをして聞き返した。
「身近な人には「俺」って言ってるそうじゃないですか。」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって・・・。」
(そういう言い方って無いと思う。)
少しふくれっ面になって律子は言う。
「仕事の時は、私っていう事にしてるんだよ。」
「ふ〜ん。私の前で「俺」って言ってくれませんか?」
律子は手を合わせてお願いする。
「は?今言っただろ、仕事では私だって。」
呆れて俺の方から言い返す。
「そこを何とか。」
「何でそんな事熱心に頼むんだよ?」
余りに一生懸命にお願いする律子に苦笑いしながら俺は聞いた。
「ここまで二人三脚でやってきて、その話を聞いたら何だか寂しくなっちゃって・・・。」
「何だそりゃ。」
「んも〜!」
(鈍いんだからっ!)
律子は腰に手を当てて不機嫌そうに言う。 


「分かったよ。スーパーアイドルの秋月律子様のお願いだし断れんな。」
響は少し意地悪そうに言う。
「ああっ!そういう言い方ってずるいです。私が強制してるみたいじゃないですかっ!」
律子は響の目の前に迫って来て興奮気味に言った。
「最初にも言っただろ。俺は大人だしずるいんだよ。
そこは否定しない。強制じゃなくてお願いじゃなかったのか?」
俺は冷静に律子の顔を横に逸らしながら言う。
「あ〜も〜!ああ言えばこう言う人だな全く。」
右手で握り拳を作ってプルプル震えながら言う。
「理屈っぽいのは俺も律子も変わらないだろ?」
「プロデューサーのは屁理屈なんですっ!」
律子は再び向き直って力を込めて言い切る。
「分かった、分かった。俺が悪かったよ。こんな感じで良いんだろ?」
「あ・・・。」
律子はニヤッとして言う俺の言葉に動きが止まる。
「これで、少しは疎外感なくなったか?」
「・・・。」
(見透かされてる・・・)
律子は思わず無言になったが、静かに頷いた。 


・・・最終週・・・
楽しかった一時はあっという間に過ぎて・・・。
私とプロデューサーが一緒にいられる時間も後わずかになった。
最初に約束したオーディションに落ちたら引退しようという約束は最後まで果たされなかった。
でも、この時はそんな事を私は知る由も無かった。
縁の下の力持ち・・・。その言葉が一番似合う人だと私は思っている。
今回はインターナショナルコンサートのオーディションだった。
既に世界的にも認知されるようになった私はアメリカやイギリスで英語の歌だけでなく、
近くの韓国や中国にもコンサートに出向いていた。
世界的に有名なアーティスト達が日本にやってきて、
その中で歌えるのはトップアイドルの中でも2組だけ。
今回のオーディションでその内の1人として選ばれた。
「プロデューサー、やりました、やりましたよ。」
私は涙混じりにプロデューサーに抱きついた。
「ああ、やったな。これで歴史に名を刻むアイドルになったぞ。良かったな律子。」
プロデューサーは笑いはするけど、微笑む顔なんて珍しかった。
「俺の役目も終ったな・・・。」
そう言って、プロデューサーは椅子に座った。
「ヤバイな・・・限界かも・・・しれん・・・。」
そう言うとみるみるプロデューサーの額に脂汗が出てくる。
「えっ!?プロデューサー!?」
「ぐっ・・・り、律子・・・すまん・・・救急車・・・。」
プロデューサーはお腹を押さえながらその場で蹲ってしまう。
「だ、誰かっ。救急車をお願いしますっ!」
私は叫ぶように近くに居る人に言った。 


救急車の中で薄れそうな意識の中で俺はお腹の痛みと戦っていた。
「プロデューサー・・・しっかりして下さい。」
律子が涙交じりで言ってるのが聞こえる。
「大丈夫だ律子・・・。俺にとってはもう何度目にもなる事だ・・・。」
「えっ!?」
「くっそう、いつもながら痛えや・・・。」
俺は引きつりながらも、律子の方に笑いながら言った。
少しして救急病院に担ぎ込まれた。
「プロデューサー・・・。」
律子が心配そうに覗き込みながら言う。
「とりあえず・・・事務所に電話してくれ。くっ・・・それで、社長から指示を仰いでくれ。
いつっ・・・すいません、お願いします。」
俺はそれだけ言うと、救急隊員を促して運んで行って貰った。
処置室に入ると看護士にこっちから言った。
「とりあえず、採血先にして下さい。その後で痛み止めの点滴お願いします。」
「分かりました。」
そう言うとすぐに採血の用意をする為に注射をするがちっとも痛くない。
こりゃあ、かなりやばそうだな・・・。今回の暴れ方は酷そうだな・・・。
断続的に来るお腹の痛みの中、俺はそんなことを思っていた。
暫くして痛み止めの点滴が効いてきて、
俺は痛みを堪えるので疲れ切っていたのであっという間に眠ってしまった。

「んっ・・・ちっ、まだ少し痛むか・・・。」
俺は起きた直後にまだ、痛みがあるのが分かって舌打ちした。
「プロデューサー・・・。」
「うわっ!」
いきなり横から声を掛けられて俺は驚いて腕を振るうと点滴の入っている入れ物が揺れる。
「だっ、大丈夫ですか!?」
驚きながらも物凄く心配そうな顔をして律子が聞いてくる。
「ああ、まだちっとは痛むが大丈夫だ。社長に帰れって言われなかったか?」
「・・・。」
(こりゃ言われたけど無理矢理残ったってとこだな・・・。)
俺は苦笑いして無言になっている律子を見た。 


「響、大丈夫か?」
「あ、親父・・・。」
「えっ!」
少し離れた所から親父が声を掛けてきた。
流石に律子は驚いて気不味そうにそそくさと離れた。
「ああ、再発しちゃったよ。」
俺は苦笑いしながら言った。
「大丈夫なのか?」
「痛み止めで、大丈夫ってとこかな。」
「暫く入院か?」
「えっ!あっ・・・すいません・・・。」
いつも通りの会話を続ける俺と親父のやり取りの中、多分暫くってのに反応したんだろう。
律子が驚いた後、口を押さえて謝る。
「ん〜。今回は無理してでも二週間は外に出たいな。」
「先生から許可出るか?」
「ここじゃ無理だろうね。」
「地元に転院するか?」
「そうする。」
律子は俺と親父のやり取りを黙って交互に見ていた。
「律子、お前はもう帰れ。そんで、戻り際に社長呼んできてくれ。」
「え・・・。」
「良いな?」
「・・・はい・・・。」
俺が強く言うと律子は親父に頭を下げた後、病室を出て言った。
「良いのか?人気者だろ?」
「はっはっは、っていってぇ・・・。親父知らねえし。」
涙声になったが、親父の反応が可笑しくて笑ってしまった。
「失礼します。」
俺が笑い終わるくらいに、高木社長が入ってきた。
「初めまして。」
「初めまして。」
社長と親父が短く挨拶する。 


「先生の話だと暫くは無理との事なんだが・・・。」
「まあ、確かにそうですけどここじゃなければ外出許可位は出ますよ。」
「そうなのか?」
社長は不思議そうに聞いてくる。
「ええ、まず転院して地元病院に戻ってから、
必ず律子のインターナショナルコンサートには行きますよ。」
「分かった。三日後だが大丈夫か?」
「はい、律子にもそう伝えて下さい。」
「くれぐれも無理しないように。それじゃあお大事に」
そう言うと、一礼して高木社長は出て行った。
「響、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃなくても、彼女の一生が掛かってる。
後二週間は彼女の為にしてやれる事をしてやりたい。
その後だったら、ずっと入院でも良いさ。」
「そうか・・・分かった。」
「ありがとう、親父。」
いっつも無理言っても聞いてくれるからな・・・。心配掛けてすまん、親父。
俺はそう思いながら無言で去っていく親父の背中を見ていた。 


・・・三日後・・・
「白血球は大分減りましたけれど、炎症反応はまだ2以上・・・。
決して安心出来る数値ではありません。」
地元の病院で10年以上診てくれている先生は顔をしかめながら言った。
「お願いします。」
俺はは頭を下げてお願いした。
ただ、実際に今ベッドの上という事や、
点滴が全く外れていない状況から見てとても医師としてOKが出せる状態ではなかった。
「琴若さん・・・。」
先生は困ったように言う。
「6時間以内、点滴したまま、車椅子、付き添い有り。
これで、何とか・・・。若い子の一生が掛かってるんです!」
俺は頭を上げて再度言った。この病気自体若い子に多いから、
何となく分かってくれるかなと思って言った。
「わかりました・・・。しかし、良いですか、6時間ですからね?」
「はい、無理言ってすいません。」
渋々だが先生からの許しを貰って、
事務所の人に車椅子を押して貰いながら、会場へと向かった。 


プロデューサー本当に来れるのかな・・・。でも、休んでいて貰った方が良いかな・・・。
私の本音の葛藤がせめぎあっていた。
「律子君。」
高木社長が後ろから声を掛けて来た。
「社長・・・。」
「琴若君は今こっちに向かっているそうだ。」
「ええっ!」
正直驚いた。来て欲しいとは思ったけれど、来て大丈夫なんだろうか・・・。
嬉しい反面、不安な気持ちも大きくなっていった。

・・・開演10分前・・・
「律子、緊張してるな。」
「えっ!?」
後ろから声を掛けられて、驚いて振り向いた。
そこには車椅子に乗ったプロデューサーが居た。
「ほら、唇が震えてるぞ。」
「震えてませんっ!」
少し笑いながらも、視界がぼやけた。
「世界の秋月がそんなんでどうする。
さあ、行って来い。今までの集大成を俺に見せ付けて見ろ。」
「んふふっ、言いましたね。最後までへばらないで見て下さいよ。」
私はニッと笑ってから手を振って会場の方へと歩き出した。

「琴若君。」
「はい。」
「有終の美にはふさわしいかね?」
社長が小声で言って来る。
「いいえ、まだ最後の仕掛けがあります。
それが終ったら世界の秋月律子として誰かがプロデュースをしますよ。」
「さて、それはどうかな?」
「?」
俺は言葉の意味が分からずに首を傾げた。
その後見た律子は、世界で名立たるアーティストとなんら遜色なく輝いていた。
俺は満足して病院へと帰っていった。 


「社長、プロデューサーは?」
「琴若君なら、タイムリミットとかで病院に帰ったぞ。」
「そう・・・ですか・・・。」
「世界の秋月律子は素晴らしかった。と伝えてくれだそうだ。」
「ありがとうございます。」
私は嬉しくて、涙がこぼれてきた。
「感極まっている所申し訳ないんだが・・・。」
「はい?」
私は気不味そうにしている高木社長を見て不思議に思って見ていた。
「今回のコンサートで君の活動を一旦終りとする。」
「えっ!?それってどういう・・・。」
意味が分からなかった・・・。
「今回のコンサートで、琴若君のプロデュースは終りになる。」
「・・・。」
私は驚きで声が出なかった。ここまで上り詰めたのに?
プロデューサーとこんな別れ方をするの?
頭がぐるぐると回ってフラフラし始める。
「律子君!大丈夫かね!?」
「あ・・・な、何とか・・・。」
大丈夫な訳ない・・・。
「琴若君は何かを考えているようだ、明日にでも病院に言ってみると良い。」
「わかり・・・ました・・・。」
私はフラフラと会場に戻って行った。
正直、そこから、自分が何をやっていたのか殆ど覚えていなかった。
まるで夢の中の出来事のようだった。 


・・・一週間後・・・
また、無理を言って俺は律子のラストコンサートを舞台袖から見つめていた。
今日は点滴も車椅子も無し。俺にとっての最後の律子を目に焼き付けていた。
ラストコンサートは大成功。
俺なりの律子に対する事の全てをやったつもりだ。
明日からは世界の秋月律子として大きく羽ばたいてくれるだろう。
最初に地味な事務員二人が、アイドルとプロデューサーとなりここまでになった。
高木社長には感謝しないとだな。
「プロデューサー!」
ラストコンサートが終り、控え室に律子が戻って来た。
「お疲れ様。」
俺はそう言って、お茶の入っている紙コップを渡した。
「ありがとうございます。」
私は紙コップを受け取って一気にお茶を飲んだ。
「ふぅ・・・。プロデューサー、今日は体調良いんですか?」
「うん、まあな。」
「後で少しお話があるんですけれど良いですか?」
「世界の秋月律子様のお言葉となれば行くしか有りませんな。」
俺は茶化しながら言う。
「んもうっ!」
ほんっとうにこの人は変わらないな・・・。私は怒りながらも少し笑いながら言っていた。
少し落ち着いてから、二人は打ち上げパーティーの最中に抜け出してきていた。
「プロデューサー・・・。」
私は背中を見ながらそっと呼びかけた。
「もう、俺はプロデューサーじゃないぞ。」
俺は振り向いた後、いつもの口調で言った。
「じゃあ、何と呼べば?」
「任せるよ。」
「私は何て呼んで貰えるんですか?」
私はちょっとドキドキしながら聞いてみた。
「そうだな、その口調じゃりっちゃんかな。」
「どういう・・・意味です?」
良く分からなかったので私は聞いた。
「事務員のりっちゃんだよ。」
「意味が分かりません!」
私は何となく分かっていたが不機嫌そうに言った。
「そういわれてもなあ・・・。」 


「答えて下さい・・・響さん。」
俺は律子の言葉にドキッとした。
響さん何て言われたのは初めてだったし、何か顔赤くしながら言ってるし・・・。
「まだ、足りない。」
真剣な眼差しで言う響さんに私はドキドキしている。
「色気ですか?」
違うかなと思いながらも聞いてみる。
「違う・・・。経験、かな。」
色気は十分にあると思うぞ俺は。まあ、流石にこの雰囲気でこれは言えんが。
「経験・・・。」
「今、秋月律子の目の前にいる人間に魔法をかけられているのかもしれない。
そうでなければ、自分から魔法をかけて欲しいと願っているのかもしれない。」
「・・・。」
私は黙って言葉を聞いていた。
「一時的な感情なのかもしれない、もし時間が経っても変わらないのなら、
それは魔法でなく現実なんだろう。俺から離れて違う世界を色々見て来い。
そうすれば俺が言っている意味が分かるさ。」
「つまり・・・。」
「今、律子を受け入れられない。」
「!?」
な、なんで・・・。私は驚いて声も出ない。
「世界へ羽ばたいて、色々なものを見て経験して来い。また合う時があればその時にな。」
そう言う響さんを私は呼び止める事が出来なかった。
ただ、去っていく背中を見つめるしかなかった。
いつの間にか頬に涙が伝っていたのにも私は気付けなかった。

本当に受け入れられないのは俺の方なんだけどな・・・。すまんな律子。
俺はお前が思うような男じゃない・・・。俺は振り向く事無く真っ直ぐと夜道を歩いて行った。 


・・・あれから2年後・・・
律子はあれから半年してアイドルを引退。
一部では次にプロデュースした人間と合わなかったとも言われていた。
そして、今では事務所を辞めて自分が社長となりプロデューサーとしても手腕を振るっていた。
「プロデューサー、好きな御相手は居ないんですか?」
「ふふっ、居るわよ。何でそんな事聞くの?」
プロデュースしているアイドルから言われて律子は微笑みながら答えた後聞き返した。
「ご結婚なさらないのかなって、みんなの噂です。」
「さあ、どうかしら?それじゃあ、明日のスケジュールね。」
さらっと流してすぐに打ち合わせに入った。

「それじゃあ、また来週ね。」
「はい、お疲れ様でした。」
打ち合わせが終って、律子は相手を見送っていた。
「さてと・・・。野暮用か・・・。」
スケジュールを見て苦笑いしながら空港へと急いだ。
福岡から東京への便に乗って機内ではすっかり眠っていた。

「遅い・・・。」
(高木社長まだかしら・・・。)
律子は少しイライラしながら空港のロビーで時計を見ていた。
「何をイライラしてるんですか?」
「いきなり何ですかっ!」
律子は不意に声を掛けられ思わずそっちを見て睨んだ。
「って、えっ!?な、何でここに?」
律子は驚いていた。
「久しぶりだな律子。」
目の前には微笑む響が居た。
「あっ!まさか高木社長、騙したわねっ!」
律子は思わず口に出してしまう。
「はっ?高木社長?俺もう関係ないよ。」
「へっ?」
笑いながら言う響の言葉に素っ頓狂な声を上げる。
「さっき、ここに来る前に誰か知らない人に捕まってたっぽいけどね。」
「助けなくて良いの?」
律子はジト目で言った。 


「すっかり立派になったな。事務員のりっちゃんは何処へやら。」
響は問いに答えずに少し悪戯っぽく言う。
「事務員じゃ無いです・・・。」
律子は膨れながら言う。
「そういう可愛い所は変わらないな。」
微笑みながら響が呟く。
「な、何言ってるんですか。」
律子は赤くなりながらも怒鳴る。
「俺相手に敬語は止めないか?」
「えっ?」
「二年経ってどうだ?」
響は矢継ぎ早に聞く。
「ど、どうって・・・。」
(物凄くドキドキするのは変わらない・・・。)
顔を逸らして律子は小さい声で言う。
「俺は変わらず好きだ。あの時は俺の方が意気地が無かった。」
響の方が気不味そうに小さな声で言う。
「・・・バカ・・・。」
そう言いながら律子は横目で少し響の方をみる。
(照れてる・・・。)
初めて見る光景に律子は驚いていた。
「でも、色々なもの見て経験してきたろ?」
照れ隠しのように響が聞く。
「経験・・・積んだよ・・・。変わらない・・・あの時と・・・。」
律子は赤い顔をしながらも、呟きながら響の瞳をじっと見つめる。
「むしろ・・・今の方が・・・。」
響の方も言いながらじっと律子の瞳を見つめ返す。
「貴方も・・・。」
「貴女も・・・。」
律子と響はそれだけ言うと、微笑み合って絡めるように手を繋いだ。


了 



上へ

inserted by FC2 system