魔法のお菓子(後編)

作:426

あれから2週間が過ぎた。
CMの反響は予想以上に大きく、街を歩いていたら『デリ棒のお姉ちゃんだー』と、
子供達に声を掛けられるようになった。
また、やよいもしっかりそれに応えて手を振ったりと、まんざらでもないようだ。
歌番組などでも、美味しそうにデリ棒を食べる姿についてトークを振られたりと、
全てが良い方向に動いていた。………仕事だけは。

「………なくなんないよなぁ……全然」

やよいは久しぶりのオフ。俺は事務所で活動計画を練りながら、デリ棒をかじる。
大型段ボール2箱。おそらく……数にして約3000本。
事務所の皆にも協力してもらっているが、まだ半分も減っていない。
俺も毎日頑張って食べているんだが……
正直、一日15本を越えたあたりから苦痛になってくる。
子供の頃は、好きなだけデリ棒食べられたら天国だろうなぁ……なんて思っていたが、
いざ夢が叶ってみると、何とも虚しいものだ。

「ちょっと!事務所にそんな下品な匂いを充満させないでくれる?
キモいったらありゃしない」
どうやら、伊織が出社してきたらしい。
「そう思うなら、ちょっとは手伝って……」
「イヤ!」
うーん、言う間もなく断られてしまった。
「大体ねぇ、やよいの手前私も少しくらいは食べてるけど……
味が下品だから飽きるのよ!
おまけに何?このマスコット……
便利さんのパクリみたいで超キモいことこの上ないし!?」

伊織……言いたい事は分かるけど、
国民的漫画の主役に『便利さん』は身も蓋もないだろう……
それに、誰もが思うけど言っちゃいけない質問だぞ、それは。
ちゃんと、『デリえもん』という名前があるんだから…………だけど、何だろうなぁ…
伊織の言う事もある意味至極もっともな発言なんだよな。

「私のときは、もっと高級なイメージのあるCM仕事を取ってきなさいよね。
じゃ、レッスン行くから」
そう言って、伊織はさっさと出て行ってしまった。
困ったもんだ。無理強いはできないが、
出来る事なら1日1本でいいから強力して欲しいんだがなぁ。
亜美、真美はお気に入りのチョコレート味やキャラメル味しか食べないし……
甘いデリ棒は口直しになる貴重な味なんだぞ。
おかげで最近俺は、塩味たっぷりのヤツしか食ってない。
来年の社内健康診断は、覚悟しておいた方がいいかも知れんな。

雪歩は、親父さんが厳しいから家に持って帰ることは出来ないとか。
でも、こういうお菓子は家で食べさせてもらえなかったから、逆に凄く憧れていたと言ってたな……
確か昔……『吸血鬼アイス』とかいう、食べると口の中が真っ黒になるアイスを見て、
強烈に憧れたそうだが……勿論例によって、親父さんが許してくれるはずも無い。
ずっと欲しそうにしていたので、
それを見かねた組員…いや、社員の人がこっそり買ってくれたとか。
うん。やっぱり皆、思い出のお菓子はそれぞれあるんだな……

……と。そんなことより、今はこのデリ棒だ。
伊織に言われて気がついたが、会社に入ってきたらすぐ分かるんだよな……デリ棒の匂いって。
このままずっと食べ続けていると、本気で社内がデリ棒臭に侵蝕されてしまいそうだ。
接待や面接に使うような場所でこの匂いは………マズイよなあ、いくらなんでも。 


「今日はレッスンか……(ばりばり)最近うまく仕事が回っているようで何よりだ(ボリボリ)」
「ありがとうございます、社長。
やよいも張り切っているんで、(ボリボリ)次の流行情報をお願いしますよ」
「任せておきたまえ。で……(バリバリ)音無君、メンバーのスケジュールに無理はないかね?」
「そうですね…如月さんが頑張りすぎている感じがありますが、(もそもそ)皆さんいい調子ですよ」

会話だけならいつもの風景なんだけど………
いい大人が3人で、デリ棒かじりながら会議をしている図は、かなーり間抜けだと思う。
社長も音無さんも、協力してくれるのはありがたいんだけど………
この図は、何というか……人間的に負けているような気がしてならないのは、俺の気のせいか?

「おはようございます」

「おお、やよい君。今丁度君の話で盛り上がっていたところだよ……最近頑張っているね」
「あ、社長……ありがとうございます。やっぱり、ファンの皆さんが応えてくれるのが嬉しくって」

気のせいだろうか?やよいのテンションが低い気がする。
いや、待てよ……表情や重心はシャキッとしてる。外見だけだとどう見ても最高のテンションだ。
「おっはよっ!やよい。今日はボイスレッスンだからな。ドカンと一発、元気よく行くか?」
「あ……うん、頑張りますよ♪じゃ、社長、音無さん……行ってきますね」

それから俺達はレッスン場へ。
いつもなら最高のレッスンが出来るはずなんだが……やはり、やよいの様子がおかしい。
声に張りが無いというか……大声を出すのを我慢している気がする。
試しにちょっと、ダンスレッスンの真似事をやらせてみたが……ステップは軽快だ。
とすると、問題は声だけか……しかし、喉を壊しているとは思えない。
俺の経験から考えると……この感じは、口内炎とか……口の中を怪我している時特有の声だ。
まさか……

「やよい、レッスンは中止だ。ちょっとこの脱脂綿くわえてみろ」
「え……プロデューサー?どうして…」
「いいから!じっとして……口を開けて」

1分ほどくわえさせて、脱脂綿を取り出してみると……それは赤く染まっていた。
歯茎の裏側を切って、出血していたんだ。原因は……やっぱり、アレだよなぁ。
デリ棒の食べすぎ。俺もやったから良く分かるが、やよいもやっちまったか……
おそらく義理堅いやよいの事だ。全然減らないデリ棒を見て、出来る限り協力しようと
毎日けっこうなペースで食べていたんだろうな。
しかし………それで口を切ってしまうのは本末転倒だ。

「どうしてそこまでして食べていたんだ……いくら好きと言っても、限度があるだろう」
「………すみません。でも……デリ棒の賞味期限って、3ヶ月しかないし……
全然無くならないから、持ってきた本人が食べないとダメだと思って」
「事務所のことを思ってくれるのは有難いけど……実は口内を切るって、凄く危険なんだぞ。
万が一、雑菌でも入ったら、大変なことになるし……
場合によっては手術することだってあるんだから」
「………ごめんなさい」
「で……話してくれるかな、やよい?」
「え?」
「やよいがそこまで、デリ棒に執着する理由を、さ。今日はレッスンの後ミーティングだから、
ゆっくり話を聞けるしな」
「あの……プロデューサー、怒らないんですか?」
「怒るも何も……やよいだけ聞いて無かっただろ?お菓子の思い出を。
きっと……そこまでして食べようとした理由があるんだろうから、まずはそれを聞かないとな。
さて……レッスンスタジオが閉まる前に、着替えて来な。まずはそこからだ」
「はい……すみません、プロデューサー……でも、あの……ありがとうございます」

それから30分後。
俺達はスタジオ近くの公園にいる。
個室喫茶にでも行こうと思ったが……『勿体無いから』と
やよいに止められてしまって……ここになった。
確かにお金は掛からないが、ここでやよいを泣かせるような事があったらまずいんだけどなぁ。
悪徳記者にでも張られていたら一大事になる。
俺は念入りに周囲を確認して……やっと落ち着いたやよいとベンチに座った。
すぐそこの自動販売機で買ったホットレモンを飲みながら……
やよいはポツリポツリと、話してくれた…… 


「プロデューサーは、うちが貧乏なのは知ってますよね?」
俺は、黙って頷いた。ギャラの前借りをしてまで弟の給食費を払おうとする姿に俺は、
『絶対にこの娘を売れっ子にしてやる!』と誓った日の事は今でもはっきり覚えているから。
「6年くらい前だったかな……弟たちも小さくて、下の子はまだお母さんの
お腹の中にいた頃です。その頃が一番生活が厳しくて。
お母さんは……身重で働けなかったし、弟達を食べさせるので精一杯だったうちは、
当然、私の給食費もずっと払えてなくて……ある日、クラスで言われたんです。

『高槻、お前タダで給食喰うなよなー』

って……。その日から、毎日のように給食の時間に『タダ喰い』コールが起こって…
でも、お父さんもお母さんも一生懸命働いていたから、文句も言えなくて……
あまりに腹が立ったから、一時期、1週間ほど給食を食べなかったんですよね。
そんな事したって、何が変わるでもないのに……馬鹿みたいですよね、あはは…」

相当つらい思い出なんだろうな……話しながら泣きそうになってるやよいが痛々しい。
でも……だからこそ、事務所に頼み込んでまで弟達の給食費だけは払おうとしていたんだ。
自分と同じような辛さを味わってほしくないから。

「それで……いくら朝と夜は食べてるっていっても、
お昼を抜いて過ごすのって、やっぱりきつくて…
おかわり無しで、家のお手伝いから体育の授業まで終わると頭がくらくらして……
ある日、学校が終わった後の公園で、お腹が痛くて動けなくなっちゃったんです。
プロデューサー、知ってますか?人間って、空腹が酷くなると、お腹が痛くなるんですよ。
私、注射でも怪我でも……大抵の痛みで泣かない自信はあるんだけど………
あの時は別でした。お腹が空きすぎて………涙が止まらなくなったんです」


………なぁ、教えてくれ。今は本当に平成の世か?
死にそうな空腹なんて、俺でも経験無いぞ。それをやよいは、今よりも小さな身体で……
ずっとずっと、耐えていたのだろうか?

「公園のベンチで、普通に座るのもお腹痛くて、泣きながらうずくまってて……
意識がなくなって……気がついたら、デリシャス棒を食べてたんです」

ん!?何だか変な表現だな…… 


「……すまん、やよい。その辺をもうちょっと詳しく教えてくれ」
「えーっと……正確には、通りすがりのおじさんが、デリ棒を食べさせてくれたらしいんです。
わたしもはっきり覚えてないんですけど……おじさんが言うには、
泣きながら『おなかすいた』って、
うずくまっている女の子がいるから、放っておけなかった、って。
その時の味も、食べた種類すらも覚えてないけど……すっごく美味しかったんです。
もう、ガーンと来て、シュワーって抜けていくような……とにかく『美味しい』っていう言葉じゃ
表現できないくらい、すっごいんです!今でもその凄さだけは覚えているくらい」

なるほど……デリ棒に命を救われたような感覚なんだろうな。やよいにとっては。

「知らない人にものをもらっちゃいけません、って言われてたんですけどね……
あの時だけは、そんな事考えられなかった。
その後、落ち着いた私はおじさんにお礼を言いながら、
ベンチに座ってお話したんです。どうして空腹で倒れてたのか……とか色々。
私の話を聞いたあと、おじさんは私の肩に手を置いて、真剣な顔で……
何か言ってくれたんです。詳しくは全然覚えていないんですけど。
おじさんの目はとても優しくて……言葉は少なかったけど、すごくホッとして……
もう、次の日から何を言われても全然気にならなくなったんです。魔法を掛けられた様な……
私にとって、デリシャス棒ってそんなお菓子なんです。
だから、ずっと恩返しがしたかった……
プロデューサーがこの仕事を持ってきてくれた時は、
運命ってあるんだなぁって思ったんですよ」

話が終わったのか……やよいは缶の中身を飲み干して、空を見上げた。
夕日の向こうにある、過去の自分に話しているようにも見えたような気がした。

「そのおじさん……誰なのかわかるのか?名前とか」
「分からないです。名前を聞くのも忘れちゃったし……顔もほとんど覚えていなくて」
「デリ棒を持ち歩いているおじさんなんて、珍しいな……もしかしたら、スポンサー会社の人かも」
「うっうー……私もそう思って、撮影の時にちょっと聞いてみたりしたんだけど……
やっぱりヒントが少なすぎて、分からなかったんですよね……」
「なあ、やよい……次のオフは5日後だけど……出られるか?」
「え!?……特に予定はないですけど、一体何を?」
「諦めるのは早いって事さ。俺も協力するから、その人を探してみよう。
デリ棒もそうだけど、その人にも恩返ししなきゃいけないだろう?」
「う……うん!凄くしたい。見つけられるんだったら、何をしてもいいから」
「よし、それじゃ今日はもう上がりだ。口の傷、しっかり治しておけよ」
「はいっ!ありがとうございますプロデューサ……っっ!?」

そこまで言って、やよいは口をおさえてうずくまった。
いきなり激しく喋って、また切ったかもなぁ……
「ほら、嬉しいのは分かるけど無理するな。今回だけはハイテンション過ぎると逆にきついぞ」
それが聞こえたのか、彼女は口を押さえたまま2度、コクコクと頷いた。

やよいを家まで送った後、早速俺はスポンサーの会社に連絡して、
例のおじさんを探してみることにした。
彼女に魔法をかけた、お菓子のおじさん……絶対に見つけてみせる。
一番大きな『思い出』の欠片を見つけられた時、彼女はどんな成長を遂げるのか。
想像するだけで、背中がぞくりとする。
彼女についた多くのファンのため、彼女自身の笑顔のため、いつの間にか俺は走り出していた。 


子供と大人では、行動半径と情報検索能力の桁が違う。
音無さんやスポンサーの社内広報部、総務部の力を借りて……その人は見つかった。
やはり社内の人間で、営業部ひとすじで定年まで勤め上げた後、
退職して地元で駄菓子屋さんをしているらしい。
約束どおり、オフの日を使ってやよいと一緒にその駄菓子屋を訪ねてみた。

「ここ………だよな」
いかにも、という感じの屋根の低い木造の家。雑然といくつものお菓子が並べられ、
古いパチンコやルーレットと言った遊具が置いてある。
マニアに漁られそうなものは置いていないようだが……俺が昔、さんざん世話になった
記憶の中にあるレイアウトだ。
「やよい……いくぞ、準備はいいな」
「あ!……ちょ、ちょっと待ってくださいプロデューサー!
えっと……いきなり訪ねて、何ていったらいいのか…」
「そう言って、もう10分近く立ち止まっているだろうが……
ここまで来たら、何をやっても大して変わらんぞ」
「あの……ほら、『はじめまして』は違うし、
『お久しぶり』なんて言っても分からないかも知れないし」
「こんにちは、でいいさ。さぁ、俺は行くぞ」

俺は、半ば強引に中へと入っていくと、案の定、やよいも慌ててついてきた。
「いらっしゃい……おや?」
店の主人は、60を過ぎたくらいだろうか…落ち着いた品格のある男性だった。
白髪の多く混じった髪は年月を感じさせながらも、
しっかりと伸びた背筋が必要以上の老いを見せない。
思い出のおじさんは、やよいの顔を見て何かを感じたようだが……
彼女を覚えているのだろうか?
もし、覚えていなくてもCMアイドルという事で知っているかもしれない。
その時は、俺がしっかりフォローしてあげないと。
「やあやあ……大きくなったねぇ。ご飯はしっかり食べているかい?」

「おじ………さ……ん…」

やよいの時間が、急速に逆回転しているような感覚だった。
この人は、公園での事を覚えているみたいだ。やよいはしばらく硬直して……ゆっくりと、
おじさんの下へ歩み寄って………彼の手をとった。

「おじ…さん、あの、わたしのこと、覚えてくれてたんですか?」
「もちろんだよ。忘れたりなんてするものか……さあさあ、まずはお上がりならい。
茶でも飲みながら、ゆっくり話でもしようじゃないか。そちらのお兄さんも一緒にな」

この人……確かにやよいの言うとおりの感じだ。
言葉が多い訳ではないが、無性に説得力を持っているというか、誰かに似ている。
根拠や理屈に関係なく、人を引き込む力を持っているというか……そうだ、あの人だ。

『そこのキミ、そう。キミだよ。まぁ……こっちへ来なさい。うん、何といい面構えだ!』

俺達は、社長に似たおじさんに従って……店の奥、4畳半の和室に通された。
丸いちゃぶ台にお茶を乗せて、改めて俺達は簡単な挨拶を済ませ、
ここに来た目的や、会社にデリ棒が積まれている事などをかいつまんで話した。

「6年も経っていたのに、覚えていたんですね……やよいの事」
「はっはっは……忘れるものかね。平成の世に腹を空かせて泣いていた珍しい子の事を」
「あの時は…ありがとうございました。ろくにお礼も言えなくて……ごめんなさい」
「いいんだよ。あの時礼を言いたかったのはわたしの方なんだから」
「あの……出来れば、その時の事を教えていただけませんか?
やよいは空腹でほとんど覚えていなくて……
それに、何があったのか良ければ俺にも教えて欲しいです」

「ああ。構わんよ……老人の昔話になるが、それでも良いなら、ね」
俺達がコクコクと頷くと、おじさんは茶を淹れなおしてゆっくりと話し始めた…… 


「私は知っての通り、お菓子メーカーの営業マンだった。
若い頃、走り回って営業をしながら、カバンにお菓子を一杯詰めて……
子供達に与えて周るのが私の趣味でね。
趣味と言っても、半分は仕事なんだ。下手な店に営業に行くより、
子供達に美味しいものをあげたなら…
彼らは、自分の足で探してくれるからね。
昔も今も、お菓子というものは子供にとって特別な食べ物なんだろうね。
貧しい子も、親を亡くした子も、身体の不自由な子も……
皆、お菓子をあげると最高の笑顔を見せてくれるんだ。
私はそんな子供達の顔が見たくて……ずっと頑張ってきた。
だが、平成の世にもなると……お菓子もコンビニで買えるありふれたものになったり、
物騒な事件が起きたりしてね、
公園でお菓子を配るおじさんなんて、怪しい人にしか映らなかったんだろうね……
通報されたり、石を投げられるような事もあって……
時代に合わなくなってきたのかも知れないね。
そろそろこんな事は辞めようか……と思っていた頃だった。そんな時さ。

「まさか……その時に公園で会ったのが?」
俺の問いに、おじさんはゆっくりと頷いて、ふたたびお茶を注いだ。

「びっくりしたさ。平成の世に、お腹を空かせて泣いている子供がいたんだもの。
それを見た私は、いてもたってもいられなくて……水とお菓子を出していたんだ。
キミは、しばらく夢中で食べた後……『ありがとう!これ、すごく美味しい』と言ってくれたんだ。
嬉しかったよ……その一言で、私は自分の営業に迷いが無くなったんだ。
もっとも……定年間近になってやっと気付くというのも間抜けな話だが、それから定年までの
4年間は、充実したものだったよ。いつの時代も、子供の笑顔は変わらなかったんだねぇ……」

「では……あの時、やよいに何て言ったかは覚えていらっしゃいますか?」
やよいは、ただ黙っておじさんのリアクションを待っている。
やはり、気になるんだろうなぁ……自分でも覚えていない、魔法の言葉なんだから。
「ああ……確か、こんなかんじだったかな」 


『給食費を払うのは親の仕事。給食を食べるのは子供の仕事なんだ。
片方が仕事を休んだからって、自分も仕事をしなくて良いわけではないだろう……
たくさん遊んで、美味しく食べて、心も身体もぐんぐん大きくなって……明日の日本を支えてほしい。
給食費が気になるのなら、大人になってグンと大きくなって、倍にして返せばいいんだよ。
お腹が空いていて、ご飯がそこにある……なら、遠慮する事は無い。しっかり食べなさい。
それがキミ達が今やるべき事だ』

「……と、まぁこんな感じのことを言ったような気がするね」
確かに……言葉に重い説得力がある。人生を経験した人ならではの感じがする。
社長の言葉も、こんな風にあたたかくて、不思議と人をその気にさせるんだよな……

「そうだ!……だからわたし、『人生フルスイング』って言葉も好きになって、
貧乏でも明るく、精一杯生きるって決めたんだ……今やれることを全力で頑張ろうって。
おじさん……ありがとう、ほんとにほんとに……ありがとう。
あの時のデリシャス棒のおかげでわたし、今アイドルとして歌えるんです!」

思い出の欠片を見つけ出したやよいは……最高の笑顔で、おじさんに抱きついた。
「うん……うん。よく来てくれたね……私こそ、ありがとう。キミのおかげで、
定年までバリバリ働いて、この店を持つ決心も出来たんだ。
やはり……私はいつまでも、子供の笑顔が好きだと気付いたんだからね」
「建物は新しいようですが、この駄菓子屋さんは……まさか?」
「ああ、退職金で建てたのさ……何だかんだでけっこう忙しくやっているよ」

「おっじさーん!こんにちはー」

子供達がわらわらと店に入ってきた。
「おお……来た来た。明日が遠足だったね。東小の限度額は、300円だったね……よし、
じっくり選んでいきなさい。5分で決められたら、くじを一回引かせてあげよう」
「やっりー♪俺、デリ棒30本で決まり」
「馬っ鹿でー。そんな質より量なラインナップイケてないって。リュックに入んないじゃんさー」
「そうだよー。お前それでゲロったらサイアクだぜー」
「うっせぇ!お前らこそ何だよ、その甘いものだらけの組み方は!?大体だなー……」

ハイテンションが売りのやよいが、テンションで押されている。凄いな、このパワーは……
「子供達の目を見てごらん…キラキラしているだろう?」
おじさんに言われてみると、確かに子供達は、喧嘩しながらも良い目をしている。
「少ないお小遣いを握り締めて、迷って迷ってお菓子を買う事で……彼らは社会を学ぶんだ。
喜んだり後悔したり……彼らはそうして大人になるんだよ。
キミも、もうすぐだけど……大丈夫だね、周りは良い人たちばかりみたいだから」
「え、わたし!?そ、そうかな……あ、でもプロデューサーはすっごく良い人ですよ♪」
「その人たちを、大切にしなさい……あとは、身体にだけは気を付けて、しっかりな。
それと……大好物ならいつまでも美味しく食べ続けて欲しい。
嫌いになるまで食べるなんて……自分にとってもお菓子にとっても、悲しい事だと思うからね」
「はいっ!本当にありがとうございました」
「あー……そうだ。最後に一つお願いがあるんだ。
折角だから、キミのサインが欲しいんだが、いいかな?」

おじさんは、照れくさそうに言った。それくらいならお安い御用だ。
「喜んで!それで……何に書きましょう?プロデューサー……」
「うーん……色紙持ってきてないよなぁ。そこらへ走って買ってくるか?」
「それには及ばんさ。ちょっと難しいだろうが、これに書いて欲しいね」

そういっておじさんが出したのは……デリ棒だった。
「元いた会社の主力商品だからね……お守りにする意味でひとつ、頼むよ」
デリ棒にサインか……こういうのもまた、やよいらしいな。
しかし……これはある意味、凄いお守りになりそうだな。
サイン入りデリ棒なんてそうそう無い……

「!?」
……プレミア……サイン……デリ棒……これ、いけるんじゃないか?

そうして、おじさんに何度もお礼を言いつつ俺達は駄菓子屋を後にした。
車の中で感動冷めやらぬやよいに、俺はサインの練習をしておくように言っておいた。
今週のレッスンはキャンセル。その代わり……デリ棒にサインをしてもらおう。合計2500本ほど。 


あれから俺は、スポンサーに電話して、あるコラボレーション企画を立ち上げた。
『デリ棒販促キャンペーン』と銘打って、やよいのサイン入りデリ棒をファンクラブ会員に配り、
食べた後の袋を送ってくれた人に、レアグッズをプレゼントするというものだ。
一部だけ見れば赤字だが、スポンサーからの資金が出ているし、やよいとスポンサー両方の
イメージアップに大きな効果をあげた。稀に『未開封デリ棒』のままでプレミアをつけようと
する人もいるらしいが……さすがにその辺だけは、自己責任で何とかしてもらおう。

事務所のデリ棒はそれでほとんどなくなり……めでたく大型段ボールも撤去できた。
大きな思い出を手に入れたやよいは、歌と踊りに磨きを掛け……
今や数々の歌番組に出演するまでに至った。
ついでに……ドラマの出演依頼が沢山来たが、そのどれもが
『貧しい家の健気な美少女』だったりする。
芸能界におけるやよいのキャラが定着してきたなぁ………
やよい本人は、苦笑いしながらも嫌な気分ではないらしい。

今回の一件で、成長したな、やよい……そして、本当に良かった。
この仕事を受ける事でかなりドタバタしたが、今の彼女の笑顔を見ていると、
そんな苦労もまったく気にならなかった。
俺はデスクで書類整理をしながら、かなり少なくなったデリ棒を一本空けてかじりついた。
デリ棒おじさんの、優しい味がしたような気がした……

そして、数日が過ぎ……今俺がいるのは夜中の765プロダクション。
社長も帰った事務所内で、シュレッダーの電源を点けている。
こういうやり方は好きではないが、他の人には見せられないしなぁ……
大丈夫だとは思うが、万が一誰かが来ないうちにさっさと片付けてしまおう。

「プロデューサー、何してるんですかっ!?」

いきなり事務所の電気がついて、ドアの前には音無さんが立っていた。
やばい。いきなり見つかってしまうとは……
「昼間に挙動がおかしいと思ってたら……
そのシュレッダーに、何を入れるつもりだったんですかっ!」
「音無さん……落ち着いて。別に犯罪に手を出す訳じゃないから」
「だったらどうして昼間に事務所でしないんですか!
文書の勝手な処分は懲戒解雇だって知ってるでしょう」
「知ってるんだけどさ……やよいの前でするわけにはいかなくってね……コレは」

俺は観念して、一枚の文書を音無さんに差し出した。その内容は…… 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
拝啓  765プロダクション様

急なご挨拶、失礼致します。VTR製作会社の●本と申します。
秋冷の候、いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?

事度、弊社のスタッフで製作しております番組『早速!ゴールデン伝説』におきまして
『1週間、デリシャス棒のみ食べて生きるアイドル』という企画が進行しております。
つきましては、御社の成長著しいアイドル、
高槻やよい様に是非出演をお願いしたく連絡しました。

お部屋など、生活環境はこちらで用意させていただきます。
1週間、デリシャス棒のみ1000本食べきるまで過ごしていただく企画となっております。
出演料など、詳しいお話は下記に記しておきますので、
高槻様のご予定と照らし合わせていただきまして、
可能でしたら是非、前向きな検討をお願い致します。

                            敬具    
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^


「プロデューサー、これ……」
「ああ。凄く高額のギャラだろ。でもなぁ……どうしても受ける気になれなくて、ね……」
「うーん。やよいちゃんなら……絶対断らないでしょうね。義理堅い娘だから……」
「だろ。だからさ……特にやよいに見つかる前に処分したかったんだ。何せ、
この企画に出演した芸能人は、全員好物だったものが、見るのも嫌いになって帰ってくるからな」
「うわぁ…わかりますね、それ。やよいちゃんにそんな事はさせたくないですよね」
「だからお願い!見逃してください音無さん」

そう言って、俺は両手を合わせて拝むように音無さんに頭を下げた。
「はぁ……見くびってもらっては困りますね」
彼女はそのまま、俺に背を向けた。やっぱり駄目か……

「それくらいの事、私や社長に一言相談してくださればいいんですよ。いくらギャラが高額でも、
私たちがやよいちゃんにこんな仕事やらせるはずが無いでしょうっ!」
「え……それじゃぁ」
「お断りの連絡から関係者への謝罪まで、私たちがバックアップすると言ってるんです。
もちろん、やよいちゃんには秘密にね♪」

悪戯っぽく笑って、音無さんは俺から受け取った文書をシュレッダーに押し込んだ。
すぐに機械の稼動恩が聞こえて……文書は紙片となって吐き出される。
「社長には、私から言っておきますからご心配なく。じゃ、さっさと上がって下さいな」
「音無さん……ごめん。信用してないわけじゃなかったんだけど……」
「分かってますよ。こういう汚れ仕事みたいなことを広げるのはイヤだったんでしょう?」
「え、あ……はい。そうですが……」
「でもねー、それならもうちょっと上手くやったほうがいいですよ。仕事中にやたらとキョロキョロ、
周囲を窺うなんて……何かやるって丸分かりなんですもの」

音無さんは、意味深な台詞をいいながら、事務所の電源を落とし始めた。
まぁ……確かに用が済んだなら、いつまでもここにいるべきじゃないよな。

「さーて、たまには一緒に飲んで行きましょうか?誰かさんを見張るために遅くなっちゃいましたし」
どうやら、迷惑料とバイト料を含めて一杯おごらなくてはいけないらしい。
ま、いいか。これくらいで済むなら安いほうだ。
あのおじさんも言ってた事だけど……やっぱり、大好物は美味しく食べてこそだ。
嫌いになるまで食べ続けるなんて、間違ってるよな。

「プロデューサーとして、当面の目標って何ですか?やっぱり……年末の紅白狙ってるとか!?」
「そうですね……それじゃ、詳しい話はあったかいものでも食べながらしましょうか」
「はーい♪私、鍋が大好物でーす!」
「はいはいはい……でも、フグとか蟹は勘弁してくださいよ。俺だってそんなに給料多くないんだから」

人間って、美味しいものを食べている時は本当にいい顔するよな……子供に限らず。
ここにいる音無さんも、石狩鍋をつつきながら仕事で見たこと無いような笑顔をしている。
今のやよいなら、このまま伸びれば紅白に出ることだって夢じゃないかもしれない。
そうだな。まずは……ここにいる隠れた策士に、今後のやよいの活動について相談してみようか。
俺は、鍋の具を継ぎ足しながら……俺のために、事務所のために、そして……
やよいの明日のために、音無さんとの臨時ミーティングをはじめた。

「ねぇ、音無さん。仮にね、仮にだよ……紅白に出たいなら、どう攻める?」
事務所のすぐ下。居酒屋『だるい屋』の夜は、こうして更けていった………


おしまい。 



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