ある日の昼休み

作:名無し

 俺はデスクに肘を突き、ゆっくりと船を漕いでいた。
昼飯を食った後というのは、どうしてこうも眠いのだろう。
 ゆらり
 ゆらり
 ガクッ
 そして、ちょっと回りを見渡して・・・。
 ん?
 ふと気が付くと、俺の後ろを千早が行ったり来たりしていた。
「何してるんだ、千早?食後はゆっくり休んでいた方がいいぞ」
「えっ!あ、はい・・・」
答えは返ってきたものの顎に手を当てたまま、また右へ左へ行ったり来たり。
千早が何かものを考えているときの癖だ。もっとも、その姿勢のまま歩き回っているのは珍しい。
 たっぷり、5往復ほどするのを見届けてから、
「千早?どうした?」
と、また声を掛けてみる。
「えっ!あ、ええと・・・」
 少しの逡巡。うーん、本当に珍しいな・・・が、放っておく訳にもいかない。
まがりなりにも彼女のプロデューサーなのだから。
「何か、悩みがあるなら・・・」
「プロデューサー、疲れていらっしゃるんですか?」
「へ?」
「あの・・・この数日、毎日のように居眠りを・・・」
 見られてた。まぁ、隙を見ては意識を無くしていたんだから仕方がない。
ああ、今日の居眠りは昼休み中の出来事だ。念の為。
「疲れてるというか・・・多少、寝不足かな」
「いけませんよ?きちんと眠らないと。最近仕事も増えてきているんですし・・・」
 どっちがどっちのプロデューサーだか。
「そうだな。気をつけるよ」
「はい・・・ええと・・・その、肩でも、お揉みしましょうか?」
「珍しいな」
 俺は思わず笑みを漏らしてしまう。
「そ、そうでしょうか・・・」
 千早の顔は既に真っ赤だったりするのだが・・・そんなに決意がいるようなことなのだろうか。
まるで、告白でもしたみたいだ。
「じゃ、お願いしようかな」
「は、はい!」
 千早は早速俺の背後に回る。
「上手いの?」
「ど・・・どうでしょう?あまりしたことがないので・・・」
「ん、分かった。結構注文うるさいぞ?」
「は、はい。お手柔らかに・・・」
 真面目なのは千早の長所。時にそれが過ぎることもあるが。
とりあえずこういう時は、もうちょっとお気楽で良いと思うぞ。
 千早は早速俺の肩を揉み始める。
が、『あまりしたことがない』の言葉通り、正直上手くはない。
もっとも、力の掛け方が分からないと言った方が正しいのかもしれないが。
「い、いかがですか・・・?」
「んー、もうちょっと体重掛けても良いかな」
「は、はい。・・・男の人って、皆・・・こんなに背中、堅いんですか?」
「どうだろう?比べたことないからなぁ」
「多分こういうのを、凝ってる、というのだと思いますけど」
「そか。んじゃ、しっかり揉みほぐしてくれ」
「はい」
 背中の方から、『んっ』とか、『くっ』とか言う声が聞こえる。
俺の指示通り凝っている所を揉んでくれるし、
千早自身も段々コツも掴んできたようで、かなり効くようになってきた。
「あ〜、気持ちいいなぁ・・・結構上手いじゃないか」
「そ、そうですか?何だか・・・嬉しいです」
 肩や背中を揉む千早の手から伝わる体温が心地いい。また眠ってしまいそうだ。
「ふふっ。眠そうですよ、プロデューサー」
 少しまどろむ意識の中、耳元で千早の声がした・・・ような気がする。
距離感がおかしくなってるかな。
「あー、うん。いい気分だ・・・」
 これなら熟睡できそうだ・・・。
「あ、もう昼休みが終わってしまいます。目を覚まさないと・・・」
「う?」
「プ、プロデューサー、目を・・・」
「あ〜〜〜、うん」
 千早にゆさゆさと揺られながら時計を見ると、残り5分。
時間というのは、こういう時だけ進むのが早い気がする。
「ふぅ〜、いよっと」
 ぐっと背伸びをした後、ぐるりと首を回してみる。
「お〜、楽になったよ。ありがとう、千早」
「い、いえ・・・。お役に立てて、良かったです。
ご、午後はポーズレッスンですよね?準備してきます」
 頭を下げて、千早は足早にレッスンルームへ向かった。
「ん〜っと」
 まだ覚めきらない眠気と戦いながら、俺は窓の外に目を向けた。
 いい天気だ。
「・・・」
 ほんの少しの間、街の風景に思いを馳せて、
「よし、行くか」
俺は立ち上がった。さぁ、千早の元へ行こう。
 窓の外に見えた風景、そこに降り注ぐ陽光は冬に包まれた街に温もりを与えていた。 



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