こなゆきほーりーないと

作:名無し@はげしく

「そっか…残念」
 少女は思わず肩を落としてうなだれてしまう。
そのことに気付いた相手の少女は慌てて取り繕うとした。
「ご、ごめんなさい…生放送の仕事があって、その…参加、できなくて…」
「あ、ううんいいの。雪歩が頑張っているの、
私もみんなも解っているから。だから気にしないで」
 そうはいわれたものの、気弱そうな少女、萩原雪歩はまだ申し訳なさそうにしていた。
「でも…一年に一回だけのことなのに、折角春香ちゃんが準備してくれたのに…」
「…雪歩、いい?プロになったんだから、アイドルとして自分に出来ることを頑張ればいいの。
それに、パーティなんていつだって出来るし、ね」
「そうよ雪歩。あなたはもう一人前のアイドルなんだから、細かいことは気にしないこと。わかった?」
 春香の言葉を後押しするように、眼鏡をかけた女性が言った。
「はい…ありがとうございます」

「じゃあ、行って来ます。よければ…テレビ、見てくださいね」
「というか、もう録画準備したんだけどね。いってらっしゃい」
 寒空の下で事務所の仲間に呼びかけ、乗用車に乗り込む。
少女を乗せた車のエンジンが唸りをあげ、やがて事務所さえ見えないところまで進んだ。
「はぁ…やっぱり、なんだか悪いことをしているような気がしますぅ…」
「…ごめんな。俺が身勝手なことを考えたから…」
 乗用車を運転している男が申し訳なさそうに呟いた。
そう、実は今から向かうところは仕事場ではない。生放送というのは偽りで、
まるで当日のように見せかけた演出を施してはいるが、
先日すでに撮影が終了しているのである。つまり、今日はオフ。
「いえそんな!そ、その…男の人と二人で過ごすなんて…初めてですし…
ぷ、プロデューサーとだから…すごく…楽しみで…」
「…ただ、やはり友人たちを騙しているのはいい気分じゃない…か。まあ同感なんだけどね…」
 12月24日、世間一般に言うクリスマス・イヴ。
この日を恋焦がれる相手と過ごすのは人々の憧れである(何故かと聞かれると私には解らないが)。
そしてこの二人も例外ではなかった。
男はこの日のために先月から準備を進め、少女は彼のために動いてきた。
すべてが順調に進んでいたはずだったのだが、思わぬ事が起きたのだった。
 765プロダクション主催、クリスマスパーティ(兼忘年会)である。
当然二人とも参加したかったのだが、それでは二人の時間が無くなってしまう。
恋をとるか、友情をとるか…悩んだ末に、パーティの不参加を決意したわけだ。
「…まあ、暗くなっても仕方ない。みんなには悪いが、出来る限り今日という日を感じよう」
 そういいながら男は、後ろめたさを振り払うかのようにアクセルを踏み込んだ。 


 すっかり日が落ちて暗くなったころ、その自動車は目的の場所に着いた。
駐車場に車を停め、先に車から降りた雪歩を探すと、その建物を見上げているようだった。
「はぁ…」
「…どうかしたのか?」
 俺の言葉に、魂ここにあらずといった感じだった雪歩が振り向く。
「いえ…すごく…大きいですぅ。…本当に、今日はここに泊まるんですか?」
「ああ。俺も来たのは初めてだから、ちょっと押されぎみかな。…じゃあ、行くか?」
 そう言いながら、俺は雪歩の手をとって建物の中へ向かった。
何も言わず、ただ俺を信じてついてきてくれる雪歩が嬉しかった。
フロントに着くと、他の客−殆どは男女二人−のなかに、新聞を読んでいる一人の男がいた。
「すみません、予約していた高木ですが」
 俺は予定通り、社長の名前で予約していた部屋を借りる手続きを済ます。
その間、男は何度か俺のほうを見ていたが、やがて興味を失ったらしい。
「じゃ、行こうか」
 手続きを終えた俺は、隣の雪歩のほうを向いて、手を引いてエレベーターに乗った。
と、そこで緊張の糸が解けた。
「ふぅ…危なかった。警戒こそしてたけど、まさか本当に記者がいるとはね」
 俺の言葉に、雪歩は面食らった様子だった。
「えっ!気づきませんでしたぁ…その、大丈夫だったんですか?」
「ああ。取り敢えず早めに部屋に入っておこう。あまり落ち着いていられる状況でもないしな」
 いくら記者とはいえ、流石に部屋の中までは入ってこれない。
食事は元々ルームサービスを用意しているから外に出ることもない。

「ふぅ…プロデューサー…もう、外してもいいですか?」
 雪歩は部屋に着くなり、そういって眼鏡を外した。続いてウイッグ、髪飾りを外していく。
すると、見慣れない人物から、日本の人なら殆どが知っているであろう顔が姿を現した。
俺も雪歩に習ってマスク、サングラス、ウイッグ、コートなどを脱ぎ捨てる。
 ちなみに雪歩が簡単な変装なのに大して俺のは大げさなのは、自分に注意を向けるため。
いくら怪しまれたところで、俺は一般人でしかないので問題ない、
むしろ雪歩が目立たなくなるなら好都合、というわけだ。
所詮、いくら変装しようと見る人が見れば解る…実際今日はそのおかげで助かったようなものだ。
「うーん…微妙な曇り空、といったところか」
 窓の外は、星ひとつなく、また雪が降るわけでもない天候。
辺りを背の高い木々が囲み、大きな山が眼前にある…人里から離れた世界。
「でも…なんだかその…二人だけの世界みたいで…いい場所ですね…」
 俺と一緒に窓の外を見ながら、雪歩はそう口にした。
そうだ…今ここは都会の喧騒とはかけ離れた、誰にも邪魔されない、二人だけの世界…
 そんなことを考えながら数分、ふと思い出したかのように雪歩が口を開いた。
「えっと…そろそろ食事、ですか…?」
「ああ。…いや、すまんな。先にやることがあるんだった。悪いけど…もう一回変装しなおしてくれ」
 そういって慌てて着替える俺を見て首をかしげながら、雪歩も後に続いた。 


「三浦あずさ&如月千早クリスマスコンサート…?」
 エレベーターの中で、雪歩は手渡された紙を見ながら呟いた。
そこにはよく知っている二人の名前があった。
そう、この二人は同じ765プロ所属のアイドル…
つまり友人である(同僚というほど他人行儀な訳でもない)。
「一昨日知ったんだけどね。ちょうど同じホテルだし、ちょっと見てみたいかな…と思ってね。
雪歩にも、出来る限り楽しんでほしいし」
「あ…そう、だったんですか…よかった…」
 ほっと胸をなでおろす雪歩を見て、当然の疑問を口にする。
「え?もしかして俺、なんか変なこと言ったかな?」
「い、いえ、そうじゃないんです…もしかして、プロデューサーは二人でいるの、
退屈なのかなあって思っちゃって…」
「…ばーか」
 エレベーターが停止する。俺は雪歩の髪をくしゃくしゃにしながら目的のホールへと向かった。

「申し訳ございませんが、こちらより先は関係者以外は立ち入り禁止となっております」
 ホールの入り口から逸れて、楽屋のある場所へ向かうと、案の定警備員に呼び止められた。
「あの…ファンのものなんですが、プレゼントを渡したくて。…駄目ですかね?」
 そういいながらこっそりと名刺を渡す。
彼は一瞬だけ目を通した後にこちらを見つめ、数瞬ほどにらみ合った後に道を開けてくれた。
「…時間はあまりありませんから。手短に済ませてください」
 彼に軽く手を振りながら、雪歩と一緒に歩みを進める。
そう経たないうちに『控室』と書かれた扉を見つけ、軽くノックした。
「あずささーん。もう朝ですよー?」
「あ、はーい…今起きまーす…」
「あ、あのあずささん?いくらなんでも単純すぎではないでしょうか?」
 中から二人の女性の声が聞こえる。どうやら二人とも中にいるらしい。
雪歩と顔を見合わせて笑っていると、ゆっくりと扉が開いた。
「あ。二人ともどうしたのですか?今日は仕事だと聞いていたのですが…」
 扉を開けた少女、如月千早は当然の疑問を口にした。俺は事の次第を簡潔に説明した。
「そうでしたか…わかりました。今日のことは事務所の皆さんには黙っておきます」
「ありがとう、助かるよ…」
「いいえ…それにしても、萩原さんも大胆になりましたね。ふふっ」
 めずらしくいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った千早の言葉に、雪歩は顔を真っ赤にする。
「はは…それじゃ、本番は期待してるからね」
 そう言って、もはや動かなくなった雪歩をひきずってその場を後にする。
後に残った二人の女性のもう一人、三浦あずさがふと口を開いた。
「えっと…千早ちゃん?今の人たち、誰だったかしら?」
「…あはは…」
 その後、千早はこの人に教えていいものかどうか本気で悩んだのだが、その辺は割愛。 


「すばらしいコンサートでしたね…」
「ああ…」
 先ほどの余韻に包まれながら部屋の前に着くと、
ホテルの従業員と思われる、若い男性が立っていた。
傍らにあるものを見る限り、どうやら食事を持ってきてくれたらしい。
何かに気付いたように、すぐさまプロデューサーが駆け寄った。
「すみません、お待たせしてしまって」
「あ、気にしないでください。冷めないよう、5分前に作ったものですから」
 そういって笑顔でかえしてくれた。
これが営業用だとはわかっているが、それでも少しはうれしく感じた。
 部屋の扉を開けると、彼はすぐさま準備に取り掛かる。
テーブルクロスを出し、向かい合わせの座席に食器類を並べてゆく。
それぞれの皿に料理が盛り付けられていき、ワイングラスと二つのボトルを置いて、
最後にベッドの横に箱ティッシュを置いた後、一礼しながら去っていった。
「…って、最後のはちがうぞ!?あの人が勝手にやっただけで、
俺が頼んだわけじゃないから、いや、だからね?」
「えっ?違ったんですか?」

「メリークリスマス…乾杯」
 互いにグラスをぶつけった後、二人同時に中身を飲み干す。
ちなみに未成年の私のグラスの中身は、子供用のシャンパンもどき。
プロデューサーは白ワイン。早くおとなになりたいなぁ、と痛感。
「でも、本当によかったんですか?その…私なんかと、二人きりって…」
「ん?何を言ってるんだ雪歩?アッハッハッハ!」
 …プロデューサー、その、流石に弱すぎだと思うんです…。
正直言って、今日はいろいろとお話ししかったから、ちょっと残念かも…。
「ハハ…。今だから言うんだけど、実を言うとさ、
雪歩をプロデュースしようと思ったのって…親近感みたいなのかな」
 ふと、改まったような口調で話し始める。まあ、なんかフラフラしていて緊張感はまるで無いけれど。
「雪歩って、本当はいつも自分はできるって思ってる。
だけど臆病だから、弱音を吐いてそれを否定されたい。『そんなことない』『雪歩なら出来る』って」
「え…?きゅ、急にどうしたんですか?」
「でも、そうやっているうちに本当に自信がなくなって…、
いつの間にか、その周りの言葉にさえ自信がもてなくなった。…違うか?」
 私は、それを否定できず、何も言えないでいた。
まるでそれは、私だから…鏡の前でいつも否定してきた、私自身だから。
「…なんてな、冗談。これは昔、社長に言われたことなんだ。
だからさ…どうも他人に見えなくてね。
自身を持たせてやりたかったから…俺が社長に助けてもらったみたいに」
 そう言って、彼は恥ずかしそうに視線を逸らした。その動作だけ、いつものプロデューサーだった。
「そう、だったんですか…」
 思えば、プロデューサーが自分のことを話してくれたのは、これが初めてかもしれない…。
酔った勢いとはいえ、好きな人のことが少しだけわかったのはなんだかうれしいかもしれない…
いや、うれしい。
「まあ…今一緒にいるのはそんなんじゃなくて…まあ、アレだ。…好きだから」
 そういってまた一杯飲み干す。その姿を見つめながら思う…知りたい。
その『好きだから』の、本当の意味を。
 だから私は、
「うん…って、雪歩!?」
 再び液体の注がれた、彼のグラスを手に取り、
「私は…好き、じゃないんです」
 欲しいものは、ほんの小さなきっかけ。
「だって…」
 口に当てて傾ける。
「愛して…ますから…」 


 視線が交わって、彼の姿を改めて認識する。
それは、それこそ何がなんだかわからないといいたげな顔をして。
「やっぱり…プロデューサーは嘘をつくの、下手ですね…ふふっ」
 なんてことは無い、炭酸の抜けただけのそれ。確信したのは、話が終わってからだけど。
「あ、その…嘘ついてごめ」
「私アルコール苦手ですから、その、酔っちゃったかもしれないですぅ…」
「…え?」
 彼の言葉をさえぎって私は宣言する。頬が紅潮するのがわかる。
おそらく、傍から見れば本当に酔っているように見えると思う。
「…Like、じゃないんですぅ。わ、わたしは…」
「I Love You…愛してるよ、雪歩…」
 そういいながら、彼は小さな紙袋を私に差し出した。私はつい、反射的に受け取ってしまった。
「誕生日おめでとう。あんまり高いのは買えなくて、安物で悪いけど」
 袋の中の小箱、その中に入っていたそれは、深青色の石がついたネックレスだった。
「えっと…ごめん、名前忘れた。指輪はまだ渡せないから代わり…ということで」
「え、そそ、そんな…宝石なんて、こんな高価なもの悪いですぅ…」
「そんなことは聞いてない、嬉しいかどうか…それだけでいいよ」
「あ…ありがとうございますぅ…その、大切にしますね」
 さっそく着けようかな、それともしっかりとしまっておこうか…えっと、どうしたらいいのかな…?
「…ああもうやめやめ。今日だけ俺プロデューサー辞めるわ。雪歩も一人の人として接してくれ」
「はい。今日だけはプロデューサーと教え子じゃなくて…そ、その…恋人同士、ですね」
 無意識に見つめあってしまい、恥ずかしさからすぐに目を逸らす。と、ちょうど窓の向こうが見えた。
「ゆき…?あ、雪です、雪が降ってますぅ!」

 空から舞い降りる白いこなゆきは
 まるで神様からのプレゼントのようで

「あの、プロデューサー…?」
「いや、出来ればプロデューサーと呼ぶのもやめて欲しいんだが。で、なんだ?」

 聖なる夜に生まれた雪は
 聖夜に生まれた少女を祝福する

「その…私からのクリスマスプレゼントも、受け取ってもらえますか?」

 私と貴方 ここは二人だけの世界
 今はただ 流れに身をまかせたいの… 



上へ

inserted by FC2 system