こなゆきりばーすないと

作:名無し@はげしく

「さて…じゃあ準備しようかな」
 そう呟いて、春香はキッチンに向かった。
パーティに必要なもの…ケーキ、料理の類の準備をするためだ。
隣の談話室からはいくつかの元気な声と、何かの作業をしている音が響いてきた。
その音に耳を傾けながら、改めて今日のパーティに参加する人数を数える。
(私と律子さん…亜美ちゃん真美ちゃんやよいちゃんに、真と伊織…あと社長と音無さんか。)
 仕事の関係で欠員が出たが、その辺は仕方がない。
また別に機会があれば集まれるかもしれないし。次はなんだろう?お正月かな…?
 そんな事を考えながら、レシピどおりに九人分の材料を用意する。
「う〜ん、まずは…」
 時間がかかり飾り付けの為、少し冷やさないといけないケーキと
出来立てである必要のある料理、当然優先すべきはケーキのほうだった。
春香もその辺の理解はあったのでまずはそちらに取り掛かった。
 …というより、冷蔵庫の中には何故か食材が一つも入っていなかったのである。
「春香、調子はどう…あら、そういえば買い物をしないとなにも無かったんだっけ」
「あ、そうみたいです。ケーキの分は持ってきたからあるんですけど…」
 律子さんは隣の部屋の様子を見たあと、ふたたびこちらを向いた。
「そうね…じゃあ私が行って来るわ」

「えーっと。こんなところでいいとおもいまーっす」
 快活そうな少女、高槻やよいは作業の手を止めて周りに呼びかけた。
その声を聞いた人々も手を止めて、辺りを見回してみた。
「おーっ、さすがやよいっち。綺麗な仕上がりだね♪」
「さっすが省エネクイーンって感じだよね♪」
「そうだね、これ以上やるとごちゃごちゃしてかえって変になるかも。ボクもこんな感じでいいかな」
 テレビとちゃぶ台のみの殺風景な談話室。
それが彼女たちの手によって小奇麗なパーティ会場へと変貌していた。
事務室などから運んできた机、椅子などに布をかぶせて簡素な装飾を加え、繋げて配置する。
そこには机の集団などではない、見事な大テーブルが存在していた。
 もともと金銭的に裕福でない家庭のやよいは、
おそらくこういうアイディアでいつも一家を盛り上げているのだろう。
実に手馴れたものであった。さすが今回の作業の指揮をまかされただけはある。
「省エネクイーンはわからないけど…とにかくみんな、お疲れ様。
私は買い物に行ってくるけど、何かほしいものはある?」
 そう言った女性、秋月律子は、すでに外出の準備を済ませていた。
自分が行くという意思を示すことによる、簡単な気配りである。
「そうですね、えっとー…ロウソクと、タッパー買ってきてくださいっ!」
「…あ、そうね、うん…。わかったわ」
 こんなときでもしっかりしている中学生の少女に苦笑しながら、律子は寒空の下へ歩みを進めた。
…実を言うと、食材を買っておくのを忘れていた訳ではない。
春香にはケーキ作りに集中して欲しかったし、なにより…
「…流石に今日は、ドジ踏まれるわけにはいかないしね…」 


 クリスマスイヴだけあって、デパートには大勢の客がごった返していた。
それら人ごみを切り抜け、ケーキの甘い誘惑を断ち切って事務所に着くころには、
すでに日は落ちきっていた。
「ただいまー…って、どうかしたの?」
 律子が戻ってくると、何故か事務所の中は静まり返っていた。
誰の話し声もなく、誰かが動く音もなく…ただ、テレビの音だけは鳴り響いていた。
「あ、律子さん。もうすぐ雪歩が出るテレビが始まるんですよ。
折角だからボクらも見ようかな、と思って。律子さんはどうしますか?」
 少年のような少女、菊地真の言葉を聴いて時計を見ると、18時56分と書かれていた。
そうか、もうそんな時間か。
「確かに気にはなるけど…でもほら、録画もしてるんだからまずは準備するわ」
「あ、はじまりましたー!」
 その言葉に反応してモニターに目を移すと、
そこには先ほどまでここの事務所にいた内気な少女が映し出されていた。
司会の男性と簡単な会話をした後、歌の紹介に入った。
 律子はしばしの間テレビを見つめていたが、
手がしびれてきたので取り敢えずキッチンへと向かうことにした。

「よーし、なかなかの力作!あとは料理だけだね」
「あら、なかなかいい香り…これは期待できるわね、春香」
 キッチンに入ると、丁度一区切りついたらしい春香がいた。
律子は買ってきた材料を置きながらねぎらいの言葉をかけた。
「はいっ!今日のは結構自信あるんですよ。ほら、みてください!」
 春香が差し出してみせたそれは、赤い服を着た初老の男性…
いわゆるサンタクロースをかたどったケーキであった。
見たところ赤いところはイチゴジャム、白いところはホイップクリーム
…細工も細かく、市販品でもあまり見かけないほどの出来だった。
「へぇ…意外と器用だったのね、春香」
「い、意外って…まあ、これで律子さん評価もアップ、給料もアップ。と」
 冗談なのか本気なのか判りにくい発言に苦笑していると、
においにつられたのだろうか、騒がしい双子、双海亜美と真美の二人がキッチンに入ってきた。
しばらく辺りを見回していたが、当然すぐにケーキを発見した。
「あ、サンタさんだ!はるるんすごーい!」
「あ、そうかなぁ?はは…ちょっと恥ずかしいかも」
「うんすっごいよ!…でも…」
 そこで何故か言葉が途切れる。
春香と律子が次の言葉を待っていると、真美が言いにくそうな表情で言った。
「でも…これにナイフを突き立てるのって、ちょっとグロいよね…」
「うん…というか、切り分けて顔の半分だけお皿に乗ってたりしたら…ちょっと引くよね…」
 沈んだ表情で立ち去る二人を、春香は何も言わずに見つめていた。
「…ほ、ほら!早く料理のほう作りましょ?社長が帰ってくる前に仕上げないと!」
「……そう、ですね…」
 そういいながらも、春香の意識はすでにケーキのほうに注がれていた…。 


「やあ諸君、メリークリスマス!」
 声のしたほうを見ると、そこにはサンタクロースに扮した社長が立っていた。
「あ、メリークリスマス、社長!」
「社長サンタだー☆プレゼントちょーだい!」
「亜美たちいい子だからたくさんほしいなー♪」
 小さな子は社長からプレゼントを強奪しに近づき、
残りの者はその様子をほほえましく見つめていた。
「にぎやかね。まあ、こういうときくらいはお咎めなし、かな」
「そうですね。せっかくのパーティなんですから楽しみましょう!」
「…黒サンタ……」
「え?どうかしたの真…?なんか表情暗いよ?」
「あ、いや。ちょっと思い出したことがあって…。気にしないで」
 一名除く。
ちなみに黒サンタとは、赤サンタとともにやってきて、悪い子に嫌がらせをするおいちゃんである。
他にも人の家から勝手にプレゼントを持っていく緑サンタなどの悪いサンタもいるので、
よいこは知らないおじさんについて行かないようにしましょう。
「あ、みんなのジュースと社長のお酒、買って来ました」
 少し遅れて音無さんが現れる。これで今日の登場人物は全員揃ったわけだ。
テーブルにはすでに様々な料理が並び、おいしそうな香りを放ち、
やよいはタッパー片手に今か今かと待ち焦がれている。
「みんな、それじゃあ乾杯しましょう。乾杯の音頭は…真にやってもらいましょうか」
「…いや、でもシルエット表示だから黒く見えるだけで…え?
ボ、ボクですか?照れるなあ…じゃあ…」
 まだ気にしていたらしい真は、それでも気を取り直してポケットからひとつの紙片を取り出し、
なにかを読み上げ始めた。
「それは雪の降る聖なる夜。大きな街頭の下、
私は一人、くるはずのないあの人を待ち続けていた。
降りしきる雪、過ぎ行く人々…そんな幾千もの動きの中に、
私の目はあの人を捉えていた。来れないといったはずなのに…なぜ…?
私は駆け寄った、何も言わず。あの人もこちらに気付いて歩み寄ってくる。
ああ、これが、これが神様からの私へのプレ・・・」
「「かんぱーい!!」」 


「…雪歩がいないから…ほんとはこのポジションはボクじゃなくて雪歩なのに…」
 ずっといじけている真を放置してパーティは進む。
テーブル上の料理があらかた片付いた(やよいのタッパーは三つほど満たされた)ころ、
春香が真っ白なケーキを運んできた。
「じゃじゃーん!みなさんお待ちかねのクリスマスケーキでぇっす♪」
「わー…あれ、はるるん?さっき見たやつとなんか違うよ?」
「ほんとだー。なんかあったのかな?」
「…春香が…あのあと、意地になって作り直したの…」
 テーブルに載せられたのは、先ほどまでの人型ケーキではなく、
全面をクリームでコーティングされた丸いケーキで、
チョコクリームで"Merry X'mas"と書かれているものだった。
「見た目はクリームだらけだけど、イチゴジャムとかがはいってる普通のケーキですから。
それじゃ切り分けますね」
「ム、いいねえ。どんどん切り分けてくれたまえ」

「はわわ…おいしそうです!でも…みんなにも持って帰りたいし…」
 手渡されたケーキを見つめ、やよいは本当に悩んでいた。自分も食べたい。
でもそれと同じくらい、兄弟たちにも食べさせてあげたかった。
長くにわたる葛藤の末にやよいは、それをタッパーに入れた。
で、その一部始終を見ていた者が一名。
「…やよい、私のあげるわよ。どうせうちに帰ったら大きいの渡されるんだから…
これはアンタが食べなさい」
「え…伊織ちゃん、いいの?…でも、せっかく春香さんが作ってくれたんだし…」
「いいのよ。それに、だからこそアンタもちゃんと食べなきゃ失礼でしょうが」
「そ、そうですね。そうだ!じゃあ半分コしようよ」
「…仕方ないわね」
 そういいながらも、伊織はまんざらでもなさそうにケーキに切込みを入れた。
ちょうど上下に分かれるように。
「うんうん…って、ちょ、ちょっと待って二人とm」

 Q.作り直す前と同じ中身のケーキ、全面をコーティングされているもの。
   そう、実を言うとこれは形を変えた同じケーキです。
   では、何故人型のものが丸いケーキになったのでしょうか?

 A.分解→再構築(たのしい錬金術・入門編より抜粋)

 カシャーン…
 フォークが落ちた、乾いた音がその場を支配した。
「いおりんとやよいっちにはいいトラウマが出来たみたいだ」
「オーディションで励ましてあげよう」
「そこ、プロデューサーの真似なんかしなくていいの」 


「…まあ…こうなるんじゃないかな、とはうすうす感じていたんです」
 事の発端は、子供たちが社長のお酒に興味を示したことでした。

「あっ社長、それ飲んでみてもいいですかー?」
「ム、いいねぇ。どんどん飲んでくれたまえ」
「あ、やよいっちいいな〜。亜美も飲むー!」
 すでに出来上がっていた社長はそのままみんなにお酒を振舞い、
さらに酔った子たちが他の子に飲ませて…

「…で、こうなったわけです」
 私はまるで誰かに説明するように(実際誰かに聞いて欲しかった)呟きながら、
再び辺りを見回しました。そこに広がるのはパーティという名の混沌。
今この場を取材されたらイメージLvが下がることうけあい。
 それで私は今、それから目をそむけて夜空を見ています。
星の一つでも見えないかと思ったのですが、あいにくの曇り空です。
「あっれー?なーにやってんれすかことりさ〜ん。
こっちでいっしょにわたしのけーきたべましょーよぉ〜」
「あ、いえその…。私はもう食べましたからのこりは春香さんが食べたほうが」
「え〜っ、わたしがたべたいんれすかぁ?だいたんなんですねぇ〜」
「あーずるーい。それはボクがねらってたのにぃ…」
「ふむふむ…じゃあはるかとまことは、このろせんでいきましょう?」
「うっう…私なんて、どうせ私なんて…」
「いおりんないてるー!じゃああみも泣く〜!」
「駄目だよ亜美ー。いおりんも泣かないのー。まったく真美がいないと駄目駄目なんだからぁ…」
「ことりさんって胸大きいですよねー…ハイ、ターッチ!」
「ひゃっ!や、やよいちゃん?」
「いいねぇ。どんどんやってくれたまえ。ハッハッハ」

 引きずられて輪の中に戻る前にもう一度だけ空を見上げると、一瞬だけ白いものが見えました。
それが流れ星なのか雪なのか、よく見えませんでしたが。
特別な日…こういう風にみんなで騒ぐのもたまにはいいと思います。
でも、わたしは流れ星だと信じて…。
「来年こそは、素敵な男の人と二人っきりで過ごせますように…」
「ム、私しかいないっしょ!」
「…社長、ごめんなさい」 



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