おはよう!朝ご飯

作:2

「おはよーございます!プロデューサー」
「おっ!今日も元気いっぱいだな、やよい」
「えへへ、今日は朝ご飯2回もおかわりしちゃいました。
プロデューサーは朝ご飯、きちんと食べましたか」
「や、時間なくってさ、ケロリーメイトと缶コーヒーだよ」
「いけません!お昼までもたなくてバタンキューってしちゃいますよっ」

高槻やよいは765プロ一番の元気娘だ。
デビュー前には事務所前の掃き掃除が日課だった。
掃除をいやな顔せず楽しんでいるその様子には、
イマドキのギャルとは一線を画したものが伺えた。
「きっと・・・ご家族の雰囲気がいいのだろうな」
お父さんが職を転々としているせいか「今日はお風呂の日です」などと言っては
周囲のアイドルから意味不明とのリアクションをもらってしまうことも多いが
本人は臆することなく、日々、レッスンと仕事に励んでいる。

そんなある日。
「プロデューサー、イメージビデオの撮影って、どんな表情をすればいいんでしょうか」
「基本的にはやよいの隠れた素顔が欲しいな。そうだな、家庭で弟や妹に接するような」
しばし思考をめぐらせる。
「そうだ!近所の幼稚園ロケしてみようか」
幸いにして許可がおりたので幼稚園へと向かう事になった。

慣れ親しんだロケバス。運転席のすぐ後ろはやよいの指定席だ。
興味深そうに運転席をのぞきこんだり、
すれ違う路線バスの運転手に手をふったり、ちょっとした遠足気分である。
すれ違う笑顔の運転手は、「高槻やよいちゃん、ほら、あの朝ご飯の女の子に手を振られちゃったよ」
なんて夕餉で娘や息子に語るのだろうか。

やよい2枚目のシングル「おはよう!朝ご飯」は恋愛を歌うヒットチャートの中で、その親しみやすさと
やよいの元気なキャラクターの相乗効果により、スマッシュヒットCDとなっていた。 



幼稚園に到着する。前もってお願いしておいた撮影許可もすんなり下りたうえに、
幼稚園総出で出迎えてくれていた。
「わーいテレビのお姉ちゃんだー」「やよいおねえちゃんだー」
やよいのテンションも上がったようだ。とても嬉しそうな顔をしている。

セッティングも済んだようだ。遊具で無邪気に子供達と戯れるやよい。
その1カット1カットをデジタルビデオに封じ込めていく。
首尾よく撮影の素材がそろったところで、保育士にサインを求められ困惑するやよいの表情もまた
好ましいものであった。
CDに合わせてやよいが踊る。園児も整列して真似する。

「あれれ、あの子・・・」
一人、うつむきがちな、元気のない男の子に、やよいの視線は釘付けになった。

「どうしたの?なにかあったの?」
「うん・・・おねえちゃん、あのね、朝ご飯、パン1枚だけだったんだ・・」
「はわわ・・それは大変ですっ!ちょっとまってて!」
やよいはロケ弁当から、ツナサンドを一枚、こっそり男の子に渡した。

「今はこれしかないです・・うう・・・でもこれで、お昼までもつよね」
「うん!ありがとうやよいおねえちゃん。ボク、前沢ゆうき!おねえちゃんの歌、大好きだよ」
「うっう〜、ゆうき君、これからも元気元気!やよいお姉ちゃんとの約束!だよ!」
「わーい!パパとママにも教えてあげなくちゃ!
朝ご飯のお姉ちゃんにおいしいサンドイッチ、もらったって!」 


休憩を挟み、元気になったゆうき君も加えて振り付けのレクチャーは続いた。
「♪バランスも大切〜 ほーら、みんな片足でやじろべえみたいに、立てるかな〜」
クラクラとバランスを崩す女の子、しりもちついちゃう男の子。
幼稚園の園庭は幸せな笑い声で溢れかえった。

「おねえちゃんさようならー」
幼稚園の皆に見送られながら、ロケバスが事務所へと向かう。
「お疲れ様、やよい。今日の仕事、どうだった」
「うっう〜わたしがシャキーンと元気もらっちゃいました!」
「そうか。よかったな」
「でも、気になることがあったです」
「あの男の子のことか・・・しかし家庭の事情が悪い、というわけでもなさそうだし
元気になってくれたみたいで、いいじゃないか」
「えへへ、そうですね」
「さーて、いいプロモビデオになりそうだな。やよい、大きくなったら保母さんなんてどうだ」
「はわっ!将来のことは、よくわからないです・・・でも今日みたいに楽しいんだったら、それもいいかも」
「冗談冗談。これからもやよいにはアイドル街道、驀進してもらわないとな」
「えへへ」 


それから1週間後、事務所に不意の来客が訪れた。
七三分けの髪型に紺のスーツ、生真面目なその容姿は芸能プロダクションの来客としては
いささか不釣合いなものであった。
「高槻やよいさんの事務所はこちらでよろしいでしょうか」
「はい。高槻は現在都内のダンスレッスン場におりますが」
小鳥さんが応対する。
「プロデューサーさーん、ご来客です。応接室にお通ししてますので、いらしてくださいね」
「?なんだろ?」

応接室に入ると、小鳥さんの入れてくれたコーヒーが2組、セットされていた。
訪れた男性と向かい合い、挨拶をかわし、名刺を交換する。

「わたくし765プロダクションでプロデュース業をさせていただいております」
「これはこれは。わたくし実はこういうものでして」
名刺には「文部省 前沢貴志」とあった。
前沢・・・まえさわ・・・どこかで聞いたことのあるような、ないような・・

「先日は息子を助けていただいて、本当にありがとうございました」
「ああ、あのサンドイッチの!」
まさか食中毒の苦情か?施しを与えた事に関する苦情か?
それなりの覚悟はしていたが、男性の口から発せられたのは
意外な言葉であった。

「はずかしながら、共働きで朝早くに家を開けるため、
週に数度は息子に一人で朝食をとらせておるのですよ。
教育現場における朝食の重要性を旗印にしておきながら、
なんともはや恥ずかしいかぎりです。朝ご飯のCD、聴きました。
これは我々が推進する『食生活指針』にも合致するものですし、
息子が歌を聴き、やよいさんと触れ合ったことで
家族の会話もでき、朝の時間を大切に考えるよう夫婦で話し合いました」
「その、それで・・・本日のご用件というのは」
「おはよう!朝ご飯、実に素晴らしい曲です。東京都下の幼稚園、
およびそのご両親を中心に啓蒙ソングとして
文部省が全力でバックアップしたいのですが。」

とんでもない方向に話が動きはじめた。
官公庁のバックアップ、イメージアップは通常の仕事の何倍にも匹敵する。
「わかりました。全力で当たらせていただきます。」
「そういってくださるとこちらも、ここまでやってきた甲斐があるというものです」

レッスンを終え事務所に帰ってきたやよいに、事の次第をレクチャーする
「えええキャンペーンソングですか!か、勝たなきゃ!」
なにか使い方が間違っている気がしないでもないが、そこはつっこまないでおこう。 


やよいと「おはよう!朝ご飯」の快進撃が始まった。
都内幼稚園にくまなく配られた振りつきDVDを見て
振りを覚えた園児は帰宅すると両親にそれを披露し、料理と朝が苦手な若い世代の母親にも
「トースト、サラダ、オムレツにミルクくらいなら私にも・・・」
「納豆は育ち盛りの子にもいいっていうし」と抵抗なく受け入れられていった。
おはよう!朝ご飯は公共CMとしてブラウン管を賑わせたのみならず
テーマパークでその年の夏に開かれた親子招待ライブはプラチナチケットとなり、
急遽1ステージが追加されるほどの賑わいを見せた。

「おつかれ、やよい」
ライヴ後のやよいに声をかける。
「うっう〜大成功です!いぇい!」
「いぇい!」
お約束のハイタッチをかますやよいの頬はピンクに上気していた。
「さあ、あとひとふんばりだ」
「はい!フルパワーでいってきまーっす」
ペットボトルの水を一息に飲み込むと、追加ステージの袖へと駆けてゆく
(まったく・・すごいパワーだな)
持ち前の元気のよさ、ハードさを増したスケジュールにもへこたれない根性が
やよいを、以前よりも一回り大きなアーティストへと成長させていた。 


ZZZ・・・ZZZ・・・

元気娘やよいとはいえ、まだまだ中学生。
ライブ翌日の午前中の授業は、朝ご飯の満腹感と疲れも手伝って
睡魔がこっくりこっくりと忍び寄ってくるのであった。

板書のチョークの音が、こつこつと教室に響きわたる。
「では田中、4行目から読んでみろ」
野球部員の田中は、教科書をついたてにしてこともあろうに授業中に弁当を食べていた。
いわゆる早弁というやつである。

「こらっ!お前!早弁とはいい度胸してんな!」
「せんせー!だって高槻がTVで『ごはんは大切』って歌ってるじゃんよ〜」
教室が爆笑に包まれる。

「じゃ高槻、続きを読んでみろ。・・・おい、高槻!」
「ふぁい・・えどじだいには・・ちょうみんはおすしやおそばを・・・」
「こらーっ!今やっとるのは弥生時代じゃ!そのまま立っとれ!」
さらに教室が爆笑に包まれる。
ぼーっとした頭でやよいは
(おひるごはん、まだかな〜)
と、考えていたのだった。(完) 



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