アイドルの「形」

作:26

765プロダクション所属の水瀬伊織は、日本中に聞こえたカリスマアイドルであった。
 そのころ、オーディションを分領していた電脳プロダクションなど大名小名の手の者で、
『でこ伊織』を知らぬ者は、おそらく一人もなかっただろう。
それほど、伊織は光り輝くおでこと負けん気の強い性分で功名を重ねていた。
そのうえ、彼女の衣装はステージにおいて、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。
火のようなノエルアンジェリークを着て、ねこセットを纏った彼女の姿は、
敵味方の間に、輝くばかりのあざやかさをもっていた。

「ああノエルアンジェリークよ、ねこセットよ」と敵のアイドルは、伊織とのオーディションを避けた。
ユニットメンバーがくずれ立ったとき、
激浪の中に立つ巌のように敵勢をささえているノエルアンジェリークの姿は、
どれほど味方にとってたのもしいものであったかわからなかった。
また嵐のように特別オーディションを蹂躙するとき、その先頭に輝いている、
ねこみみとねこしっぽは、敵にとってどれほどの脅威であるかわからなかった。
 
こうして伊織のノエルアンジェリークとねこセットは、オーディションの華であり、
敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的であった。
「ねーねーいおりん、おり入ってお願いがあるんだYO→」と
中学生にも満たない双子のアイドルは、伊織に甘えた声で話しかけた。
「なあに?亜美、真美。そんなかたっくるしいこと言わないで。
お願いとやらを言ってみなさいな。にひひっ♪」と育ぐくむような慈顔をもって、
伊織は相手を見た。



その若いアイドルは、同じ事務所に所属する後輩であった。
そして、デビューのころから、伊織がお姉さん役として、
わが妹のようにいつくしみ育ててきたのであった。
「んっとねー。明日はルーキーズっていう新人オーディションを受けるんだよ〜
超絶対受かりたいYO→
だからいおりんのノエルアンジェリークとねこセットを借して欲しいのぉ。
あの服とねこセットを着て、ライバルをびっくりさせたいの」
「にひひっ♪可愛い事言ってくれるじゃないの」伊織は高らかに笑った。
伊織は、亜美真美の子供らしい無邪気な功名心をこころよく受け入れることができた。
「だけど言っておくわよ、あのノエルアンジェリークは、言わばこの私、
カリスマアイドル伊織の『形』よ。あんたたちがあのアイテムを身に着けるには、
この伊織の肝魂(きもたま)を持ってなきゃダメよ」と言いながら、伊織はまた高らかに笑った。

 そのあくる日、特別オーディション「ルーキーズ」で、
亜美真美は、他のアイドルとしのぎをけずった。オーディションが始まる前いつものように
ノエルアンジェリークとねこセットをスポットライトに輝かしながら、敵アイドルを尻目にかけて、
小さな亜美真美を大きく見せたかと思うと、
一気に全ジャンルにアピールしていった。
 呼応するように、審査員からの☆が確保できたところを、
ノエルアンジェリークの亜美真美は早くも三、四人のライバルをなぎ倒してまたゆうゆうと
控え室に引き返してきた。
 その日に限って、トゥインクルブラックを着て、
ナイト帽子をかぶっていた伊織は会心の微笑を含みながら、
ノエルアンジェリークの亜美真美のはなばなしいアイドルぶりをながめていた。
そして自分の『形』だけすらこれほどの力をもっているということに、かなり大きい誇りを感じていた。



伊織は第2節は、自分が出よううと思ったので、
ステージを乗り出すと、一文字に敵アイドルに殺到した。
 ノエルアンジェリークの亜美真美の前には、戦わずして浮き足立った敵アイドルが、
伊織の前には、ビクともしなかった。
そのうえに彼女らはノエルアンジェリークの『でこ伊織』に散々プレッシャーをかけられた恨みを、
このトゥインクルブラック&ナイト帽子のアイドルの上に復讐せんとして、たけり立っていた。

伊織は、いつもとは、勝手が違っていることに気がついた。
いつもは虎に向かっている羊のような怖気(おじけ)が、敵にあった。
彼女らが狼狽(うろた)え血迷う隙にアピールを重ねることなど、なんの雑作もなかった。
しかし今日は、彼女らは戦いをする時のように、勇み立っていた。
どのアイドルも十二分のアピールを審査員に対し発揮した。
伊織が二、三位に入賞ことさえ容易ではなかった。
敵のアピールの鋒先が、ともすれば伊織に興味を持った審査員の身をかすった。
伊織は必死の力を振るった。平素の二倍もの力さえ振るった。
が、伊織はともすればアピールし負けそうになった。
手軽にねこセットやノエルアンジェリークを借したことを、
後悔するような感じが頭の中をかすめたときであった。

敵アイドルの突き出した思い出が、審査員の☆を全て奪いさっていた。(完)



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