ある年の忘年会

作:名無し

「かんぱーい!」
 その場にいた、十何人かの声が唱和する。
 今日は事務所の忘年会。
それぞれの参加者が思い思いの食べ物を用意したお陰で、
簡素ながらもそれなりに豪華に見える。
まぁ、この業界には、年末の区切りなど正直余り関係ないようなものだが・・・
一応、年末進行やら何やらでそれらしき物は存在する。
それに、何だかんだで弱小事務所のウチには、こういうアットホームなイベントが良く似合う。
所属アイドルの10人全員が勢揃いできるというのも痛し痒しではあるのだが。
 伊織は果汁100%のオレンジジュース、あずささんはグレープフルーツジュースと、
それぞれに個性が出ているのも面白いところだ。
 持ち寄った物もまた様々。
フライドチキン、サラダ、ケーキに肉まんに・・・いつの間に用意したのか、寄せ鍋に・・・。
「何これー。亜美、これ苦手ー」
「あんたねぇ、フォアグラを食べ慣れてないからそういうこと言うのよ。
世界三大珍味の一つなんだからね!」
「珍味に美味い物なしと言うからなぁ・・・」
「アンタは黙ってなさい」
 ぐ・・・。俺、一応プロデューサーなんだが・・・。
「三大ってことはー、あと二つあるんだよね?残りはなに〜?」
「そ、それは・・・」
 伊織が亜美と真美に絡まれているのを横目に見ていると、
同僚の音無小鳥さんにくいっと袖を引っ張られた。
「はい?」
「はい」
 手渡されたのは一見ジュースと思しきもの。
紙コップに鼻を近づけ、匂いを嗅ぐと、軽くアルコール臭がした。
「ああ。どうもです」
「いえいえ」
 律子の眼鏡がキラリと光ったが、今回はなんと!お許しが出ている。
スケジュールもどうにかやりくりし、新年の仕事は2日から。
最悪、呑む面子が酔い潰れても仕事には支障がでないようにしてある。
そんな調整ができるのも痛し痒し・・・っと、さっきもそんなこと思ったな。
まぁ、調整が出来たお陰で今回の飲酒許可が下りたんだが。
「くれぐれも、アイドル酔わすようなマネしないで下さいよ?あずささん以外は未成年なんですから」
「分かってるよ」
 しっかり釘は刺されている。差し当たり、テーブルの上に酒瓶が並んでいるわけでもなし。
飲酒組――社長、小鳥さん、俺――が気をつけていればまぁ、問題ないだろう。
「そうですかぁ?面白そうだ、とか言って呑ませそうなんですけど」
「どういうイメージ持ってるんだか・・・」
「細かい事は気にしない、気にしない。はい」
 言いながら律子が何かの瓶を傾けようとする。
「おっと・・・紹興酒?」
「はい。ウチの親からの差し入れです」
「へぇ〜」
いつの間にか空になっていた俺の紙コップに、茶色の液体が注がれる。
そこからは湯気と、甘い香りが立ち上っていた。
「ちゃんと燗してあるのか・・・いつの間に」
「冬ですしね。とりあえず、今年はお疲れ様でした」
「ん。律子こそ、お疲れ」
軽く、紙コップを合わせるだけの乾杯をすると、
「ふふっ」
律子が微笑んだ。
「ご機嫌だな」
「ええ。みんなで年越せるんだから、そりゃあ、ね。
事故も事件もなく。来年もこうでありたいですね」
「だな」
「あ、そうそう。差し入れは結構ありますから、どんどん呑んじゃってください」
「何本くらいあるんだ?
「確か、2ケース。24本ですね」
「・・・なんで、そんなに」
「集まる人数聞かれたので、10人ちょっとって言ったんですよ。
そしたら・・・。みんな呑む面子だと思ったんでしょうね」
「ああ、なるほど」
「む、紹興酒かね。私にも貰えるかな?」
「ああ、社長。どうぞどうぞ・・・はい、今年もお疲れ様でした」
 律子が社長の紙コップに紹興酒を注ぐ。なみなみと。
「む、これは・・・あ、ありがとう。律子君も、裏方までやってご苦労だったね」
「いえいえ」
 2、3言葉を交わすと、社長は他のみんなを労いに行く。 


「あんなになみなみと注ぐもんじゃないだろ?」
「いいんじゃないですか?ほら、一本空いたし」
 律子は笑いながら空き瓶を振って見せた。俺は苦笑するしかなかったが。
「プロデューサーさ〜ん。呑んでますかぁ?うふふ〜」
「あずささん・・・。あずささんもご機嫌ですね」
「はい、楽しいです〜」
 頬に僅かに朱が差しているのは気のせいだろうか。
「飲んでるのは・・・グレープフルーツジュース、ですよね?」
「はい〜。なんだか、いつもより美味しいです〜。うふふ〜」
(???)
 いくらなんでも、ちょっと様子がおかしいんじゃないだろうか・・・。
「あずささん、ちょっとコップ貸してもらっていいですか?」
「はい〜。お飲みになりますか?間接キスです〜」
 あずささんは頬に手を当てて顔を赤らめている。
「って、いや、そうじゃなく」
 俺はとりあえず、あずささんから受け取ったコップに鼻を近づける。
(やっぱり)
 かなり強い、酒の匂い。誰だ、ブルドッグなんか作ったのは。
 辺りを見回すと、小鳥さんと目が合った。あなたですか・・・。
 小鳥さんがとたとたと小走りに近寄ってきて、
「いや、ほら。あずささんもお酒を呑める年頃だし、いいかなぁ・・・なんて」
と、ぺろっと舌を出しながら言い訳してくる。
「初心者にはきついと思いますよ、あの具合だと」
「私は、ドライなのが好きだから。ここだと複雑なの作れないし」
「そうですか・・・作った残りは、どこに?」
「一応、酒呑み組のテーブルに。スクリュードライバーもあるわよ?」
「・・・ないですよ・・・」
「えっ!?」
 俺と小鳥さんの背中を、嫌な汗が伝った次の瞬間、
「うわーん!」
伊織の鳴き声が響き渡った。
「ごめんねー、みんな。こんなに恵まれててごめんねー」
(・・・泣き上戸?いやいや、そんなこと思ってる場合じゃない)
 俺は伊織の側へと行く。手にはオレンジジュース、もとい、スクリュードライバーがあった。
そして、滝のように涙を流しながら、
「ごめんねー、やよいー。私がお金持ちだからやよいが貧乏なんだよねー、グスッ」
「伊織、それはちが・・・」
「え〜、そうだったんですか〜」
「ごめんやよい、話がややこしくなりそうだからちょっと春香の所に行っててもらえるかな?」
「は、はい〜」
「ごめんね、千早ー。グスッ。私の方が年下なのに、ナイスバディで魅力に溢れててごめんねー」
(伊織・・・わざとか?)
「ち、千早、気にするな」
「別に・・・もともと気にしてませんから・・・」
 くるりと背を向けて、千早も春香の方へ。
小さく、『くっ・・・』と漏らしたような気もするが、この際聞かなかったことにする。
「ごめんねー・・・」
「伊織、ちょっと落ち着こうか」
「アンタにも謝らないと・・・オーディションで満点取れなくて、
憂さ晴らしに車のドア蹴っちゃったのー。ごめんねー」
(アレはやっぱり伊織の仕業か)
「あ〜、いや、それはもういいから・・・」
「グスッ。ごめんねー、真。真に行くはずだったフェロモンを、全部私が取っちゃってごめんねー」
「なっ!」
 真は真っ赤な顔で拳を握り締めている。
(あ、あずささん!)
 必死のアイコンタクトはどうやら通じてくれたようだ。
「ま・こ・と・ちゃ〜ん。じゃれあいっこしましょ〜」
「おわっ!あ、あずささん!?」
どうにか怒りを逸らしてくれたようだが・・・うん、方向性は問わない事にしよう。
「さ、さて伊織・・・」
「くー、くー」
 嵐を呼ぶだけ呼んどいて、寝るのか、伊織・・・。
まぁ、沈んだら浮かんで来そうにない雪歩とか、
さらに嵐を呼びそうな亜美真美に言及しないでいてくれただけ良しとしよう。 


「じゃあ〜、次はこれとこれ混ぜてみよーよ!」
「だねだね!」
 何をしてくれてますか、亜美さん真美さん。
「何を混ぜるって?」
「あ、にーちゃん!丁度出来上がったところだよー」
「はい、どうぞー」
 そう言って差し出してきたのは紫色の粘度の高そうな液体。何を混ぜればこうなるんだ・・・。
「あ、ああ。でも、今飲んでるのがあるから」
「じゃあ、それは真美が飲んであげるから!」
「いやっ!分かったありがたく頂きます!」
 亜美真美に酒を呑ませたらどうなることか。
俺は亜美の手元から紫色のソレを奪うと、臭いはかがずに一気に飲み干した。
まぁ、明日は一日寝ていられるしな。
「おお〜、にいちゃん漢だねっ!」
「漢だねっ!」
「あ、あはははは・・・ありがとう・・・」
 一瞬にして遠くなりそうな意識を必死で引き止めつつ、辺りを見回す。
と、視界の片隅に何かが横たわっているのが見えた。まさか・・・。
「えーっと、春香。これは何事?」
「あ、プロデューサーさん。ついさっきまで、愚痴を・・・」
 春香は苦笑いしながら、千早を見下ろす。
千早は春香の膝を枕に、すーすーと寝息を立てていた。
「済まんな、変なとばっちり受けさせたみたいで」
「いえ、いいんですよぉ。千早ちゃんの本音も聞けたしっ」
「そうか。ところで、千早は何を飲んでた?」
「グレープフルーツジュースです」
「通りで」
 呑んで愚痴るとは、千早もストレス溜まっているな。今日の場合、原因は伊織だろうが。
「で、そっちは?」
 雪歩の膝を枕に、やよいが眠っている。
「え、えーっと・・・。オレンジジュースを飲んだら、スイッチが切れたみたいに・・・」
 やよいも呑んでしまっていたか。まぁ、この反応が普通だと思うが。
「・・・どのくらい?」
「一口・・・か、二口くらいですぅ」
「そうか。なら、大丈夫だ」
「ひぅっ!ど、毒でも入ってるんですか!?」
「い、いや、そうじゃなく。実はアレは」
「も、もしかしたら私も毒を・・・」
「って、毒じゃなくて」
「はっきり言って下さい!私の命はあとどのくらいなんですか!」
 いかん、テンションがおかしくなってきてる。雪歩も呑んだな。
「だから雪歩、あれは毒じゃなくて」
「ううぅ。まさか、こんなに早く埋まる事になるなんて・・・。やよいちゃん、一緒の穴に入ろうね」
 やよいの体がビクッと反応した。
「だから、お酒が混ざっていたんだって」
「お酒・・・」
「そう、だから命がどうとかいうのは全然心配ないから」
「お酒、でしたか・・・。ご、ごめんなさい!
私、早とちりして・・・私なんか、私なんかぁ・・・やよいちゃんと一緒に埋まってますぅ」
 だから、何故やよいと・・・。
「ああ、いや、埋まらなくていいから。な?」
「ひとつ掘っては・・・」
 ダメだ、聞いてない。それどころか、やよいが悪夢を見そうだ。
「や、やよいをソファーに寝かせてくるから」
「ふたつ掘っては・・・あ、はいぃ。・・・プロデューサーも、一緒にですか?」
「ん?いや、まだ寝るには早いけど」
「そうですか・・・私はプロデューサーと一緒の方が・・・」
「俺は寝ないけど・・・」
「うぅ、そうですよね・・・じゃあ、このまま掘ってますぅ」
「わ、分かった!じゃぁ・・・ちょっと狭いけど、みんなで寝るか?」
「いいんですか!でも、プロデューサーはやよいちゃんと二人きりの方が・・・」
 雪歩・・・何を考えてるんだ・・・。
「いや、別にそんなことはないけど」
「それじゃぁ、3人でですか!?そ、そんな・・・」
 言いながら雪歩は顔を赤らめている。
いろんな意味でツッコミ所満載だと思うが、それは置いといて。
「だから、ソファーで眠るだけだって」
「あ、ああ、そうですよね・・・。私ったら・・・うぅ、やっぱり」
「さ、雪歩、行こうか」
 堂々巡りになりそうなので、話の流れをぶった切る。
やよいを抱え込み――所謂お姫様抱っこというやつだ――雪歩を従え、応接室へ。
やよいを横にして、雪歩を待たせ、大急ぎで毛布を取りに行き・・・。
まぁ、何だかんだあったが敢えて中略。横になってしまえば、
雪歩もあっという間に眠りに落ちてくれたのでありがたかった。 


(ふぅ・・・)
 安堵のため息をつきながら、
俺は忘年会の会場――普段は仕事場なわけだが――に戻ってきた。
「お?随分減ってますね」
「千早は社長室のソファーに寝かせてます。
亜美と真美は、お父さんが迎えに来てくれたので、帰っちゃいました」
 春香が俺の問いに答えてくれる。
「伊織は新堂さんとか言う・・・執事、とか言ってたかな?その人が迎えに来てくれたから」
律子が後を継いでくれた。
「なるほどね・・・社長、その左手は?」
「これかね?亜美君と真美君に『改造』されてしまってね」
 言いながら社長は、
『改造』された手――ダンボールやら何やらで、ロボットのようになっている――で
ぽりぽりと頭をかいている。結構気に入ってるみたいだ。
「大変でしたねー」
 小鳥さんが、そう言いながら紙コップを手渡してくれた。中身は、さすがに酒じゃなかったが。
「なんていうかまぁ・・・呑みなおしましょうかね」
 俺は紙コップの中身を一息に飲み干してそう言った。
「何がいいですか?」
「んー、紹興酒」
「はい」
 春香がとくとくと紙コップに紹興酒を注いでいく。なみなみと。
「あ、ありがとう・・・」
「どういたしましてー」
 律子が笑っている。この注ぎ方は、律子に教わったんだな。
(さて・・・と)
 改めて呑みなおそうとしたところで、
「ちょっ、あずささん、も、もう、うわっ!」
「うふふ〜、真ちゃん、かわい〜」
(・・・すまん、真。この一杯だけはゆっくり呑ませてくれ)
 とりあえず・・いつも通りに事務所は平和だな、と俺は思った。
 できれば来年は、もう少し『平和』でありますように・・・。
「まったく、こうなるんじゃないかとは思ってたのよね」
 すまん、律子。 



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