ある年の除夜の鐘

作:名無し

(よりによって31日のこの時間に来る事になるなんてな)
 俺は、ため息をつきながら事務所を見上げた。
 そう、今日は12月31日。
幸い、年末年始と休みが取れた――そういうスケジュールが組めた――ので、
ゆっくりと骨休めするつもりだったんだが。
浮かれていたのか何なのか、年始の仕事関連の資料やら、新曲のアレンジデータやらを
自宅に送り忘れたのに気づいて夜半近くに出勤と相成ったわけだ。
(?)
 見上げた事務所の窓から明かりが漏れている。この時間に仕事・・・は、ないか。
泥棒なら、ご丁寧に明かりを点ける事ももないだろう。とりあえず俺は、事務所へ続く階段を上る事にした。
 ガチャ
 鍵のかかっていなかったドアを開けると、
「あれ?律子?」
律子がいた。
「プロデューサー?」
「ああ。どうしたんだ、こんな時間に」
 暖房もついていない室内で、白い息を吐きながら律子はいた。
「うーん。どうしたんでしょうね。今年もいろいろあったなぁって考えてたら、ここに」
 本気で、自分でも良く分かっていない様子だ。
「まぁ、本当にいろいろあったからな。律子はデビューの年だったわけだし」
「そうなんですよねぇ。去年の今頃は、アイドルやってるなんて夢にも思ってなかったし」
「そりゃそうだ。事務所に来たのは春からだったっけ?」
「はい。で、デビューが夏。本当にいろいろあったなぁ」
「激動の一年ってやつだな」
 俺は話をしながらデスクのパソコンを起動させる。
「あれ?これから仕事ですか?」
「忘れ物。家に送るの忘れてた」
「あーあ、結局抜けてるのは直せなかったかぁ」
 律子は笑顔交じりにそんな事を言う。
「お前ね・・・まるで俺の世話役みたいだな」
 キーボードを叩く俺の顔には苦笑が浮かんでいる。
「似たようなもんじゃないですかぁ」
「あー、まぁ、反論はしないが」
「ふふっ」
 後から律子にのぞき込まれながら、俺は必要なファイルを移していく。
「結構、曲のデータあるんですね」
「見たことなかったか?」
「はい」
「今度・・・来年になるか。まとめて渡すよ」
「ありがとうございます。でも・・・これだけの候補から曲を選んでいたんですか・・・」
「ああ。お陰で新曲選びは毎度時間がかかる」
「ふぅん・・・でも、ちゃんと私にあったものを選んで、結果を残せてるんですよね・・・。
ちょっと見直したかも」
「・・・」
「な、なんですか・・・?」
 多分、俺は驚いた表情をしていたはずだ。そして、律子の顔を見ながら、
「いや、何だか久しぶりに褒められたなぁと」
「わ、私だって・・・ちゃんと仕事してれば評価しますよぉ」
「そうか。ま、半分以上は律子の力だよ。一緒に仕事できて良かったと思ってる」
「う・・・。面と向かって言われるのも、なんだか・・・」
「照れるなよ、こんなことで」
「て、照れてませんよぉ」
 相変わらず素直じゃないと言うか・・・でも、顔に出てるぞ。
 ゴーン・・・
 そんなやり取りの最中、ずっしりと重く響く鐘の音が届いて来た。 


「あ」
「あ」
 ゴーン・・・
「・・・」
「・・・」
 響く鐘の音に聞き入って、二人とも無言になってしまう。
 ゴーン・・・
「・・・」
「・・・」
 ゴーン・・・
「・・・初詣にでも、行くか?」
「そうですね・・・でも、どこへ?有名なところはさすがにまずいと・・・」
「ほら、ここのすぐ側に神社があったろ?あそこでどうだ?」
「・・・うん、あそこなら人目も少ないし、いいかな」
「よし、決まり。んじゃ、早速行こうか」
「はい」
 俺は用の済んだパソコンに再び眠りを与える。
「あー、俺もマフラーして来るんだった」
 マフラーを結びなおす律子を見ながら、そんな事を呟いた。
「風邪なんかひかないで下さいね?」
「ん、気をつける」
 俺はコートの襟を立てながら答えた。
「向こうで甘酒でも飲みましょうか?暖まりますよ」
「売ってるかな?小さい神社だし」
「小さくても、少しは屋台とか出てますよ、きっと」
「期待しておこうかな」
「はいはい」
 事務所の明かりを落とし、鍵をかける。階段を下りれば、風も冷たい深夜の街。
(・・・いい年だったよな・・・)
 事務所を見上げながら、俺はそんな事を思う。
「何してるんですか、プロデューサー!」
「あ、ああ、悪い。今行くよ」
 既に神社へと歩き始めていた律子に呼びかけられて、俺は小走りに彼女の元へ向かう。
「ぼーっと事務所なんか見上げちゃって。どうしちゃったんですか?」
「・・・律子が、ここに来たくなった理由が少し分かったような気がしてね」
「そ、そうですかぁ?」
「ああ・・・。いい年だったろ?」
「ま、まぁそうですけど」
「来年も、いい年にしよう」
「もちろん。でも、その為には・・・」
「分かってる。だから、これからも力を貸してくれ」
「あ、改めて言われなくても分かってますよぉ。
プロデューサーのサポートなしに今の私はないわけだし、
私のサポートなしにプロデューサーがやっていけるとも思えないし」
「言ってくれるね」
「本当の事ですから」
「はははっ」
「ふふっ」
 冬の夜空の下、除夜の鐘が響き渡る。
俺は隣を歩く律子の横顔を見ながら、来年はきっと今年よりいい年になるなと思った。 



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